(あまりにも遅くなったが)夏場所が終わって | 郵便局員のごった煮よもやまブログ

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いつの間にか6月に入りました、6月は私の誕生月になりますのであと何日かしたら39歳になってしまいます(つまり30代最後の年!)、時の流れはあまりにも速いものです。

さてあまりにも遅くなってしまいましたが、先週の日曜日に千秋楽を迎えた大相撲夏場所の話を書かせていただきます。


まずは白鵬関、優勝おめでとうございます。ただ稀勢の里と優勝を争っていた事から千秋楽の日馬富士戦で観客が稀勢の里の優勝を望んで白鵬が負けて優勝決定戦に持ち込むのを望んで日馬富士コールが沸き起こったという逆風に心を痛めた事だと思いますが、それを振り切っての勝利は流石男の中の男だと感じました。だから翌日の記者会見拒否はそういった事が理由かなと思ったのだが、何か諸々の説が出ているらしく(本人は理由を明らかにしてないが)協会も理解を示している所から余程の事があったんだなと思います。

とりあえず来場所優勝すれば節目の30回目、まだ20代と若いから大鵬関の32回を超えるとは思いますがぜひ来場所頑張って下さい。


新横綱の鶴竜は9勝6敗で終わってしまいましたが、まあ新横綱ですから日馬富士の時と同様長い目で見て欲しいです。過去新横綱の場所で途中休場した力士もいたのでそれに比べたらマシな方ですから、とにかく来場所に気持ちを切り替えて頑張って欲しいものです。


正直日馬富士は惜しかったよな~、優勝争いに加わったんだから調子は悪くなかったのだが稀勢の里戦で反則負けにされたのがあまりにも惜しかったんだよな~。まあこれも気持ちを切り替えて来場所頑張って欲しいものです。


稀勢の里は見事に調子を取り戻して13勝2敗の準優勝となったのだが、問題は来場所なんだよね・・・、またプレッシャーに潰されないか心配なんだよね…、来場所は期待よりも心配なんだよな…。


豪栄道は8勝7敗だから大関獲りとしては振り出しに戻ってしまったのだが、白鵬を破った相撲で(その日私は国技館で直に見ました)見事に殊勲賞を獲得したのだが、逆に鶴竜戦で反則負けとされてしまったのは不運だった(しかしここ何年かで髷を掴んでの反則負けが出てきた感があるんだよね、長いことそういった事がなかったのに何でだろうね…。)、まあこれも気持ちを切り替えて来場所はまた大関獲りに再チャレンジして欲しいものです。


さて今場所初めて髷を結った遠藤ですが、せっかく横綱鶴竜を破ったのに残念ながら負け越してしまいました。まあ今は上位の厚い壁に揉まれる時期だと思うのでこれから(すぐであろうが時間がかかろうが)どう乗り越えていくかが大きなカギであると思います。


そして最後は新入幕の息子の方の佐田の海である。見事に敢闘賞を受賞したのだが、実は親父の佐田の海も新入幕の昭和55年11月場所に敢闘賞を受賞(しかも初日から9連勝という快進撃)したので史上初の親子の新入幕三賞受賞となったのである(これは貴乃花・若乃花兄弟でも達成できなかった)、私はリアルタイムで親父の佐田の海の相撲を見ていたので息子が活躍するのを見て時の流れの速さを痛感したものであります。


さて来月の名古屋場所はどうなるのでしょうか?楽しみである。



 追伸


・プロ野球巨人軍原辰徳監督の父であり、東海大学系列校野球部顧問の原貢さんが亡くなられた。高校野球では三池工業・東海大学相模の監督として全国大会優勝に導き、大学野球でも東海大学の監督として首都大学リーグ7連覇を達成するなどアマチュア野球の名匠としてその名を轟かせ、東海大学相模高校・東海大学時代の息子の辰徳を身近で育て上げた。

・観相学者の藤木相元さんも亡くなられた。顔からその人の素質や性格を割り出す「観相学」の第一人者として活躍、『笑っていいとも』などの番組出演でお茶の間にも広く知られていた。

・落語家の春風亭柳桜師匠も亡くなられた。平成5年に真打に昇進、難病ビュルガー病のために両足を切断しながらも釈台を置いて椅子に座りながら高座を務めたが、その高座姿と反する明るく軽快な高座を(特に末広亭で)何回も拝見しました。


 合掌