郵便局員のごった煮よもやまブログ

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とにかく私自身の趣味・思うことなど書き込んでいきます。

今記事も訃報の記事になります…。


主に阪神で活躍した元プロ野球選手のジーン・バッキーさんが亡くなられた。右総腸骨動脈瘤の手術を受けたが、術後の合併症により脳卒中に罹ってしまい意識不明の状態になってしまったそうです…。


先年亡くなられたジョー・スタンカさんと共に1960年代のプロ野球を飾った外人助っ人投手であった。アメリカのマイナーリーグに在籍している時に当時新聞記者だった有本義明さんに見出され、昭和37年に阪神タイガースの入団テストを受けて合格して7月に入団。当初は球威はあれどコントロールが良くなかったそうだが、鍛えて研究を重ねていくうちに上手と横手からの両方から繰り出される投法とナックルボールを決め球にするスタイルを作り上げた。だからどちらかと言えば元からのエリート的な実力者と言うよりは日本仕込みの叩き上げ的な要素があった。


昭和39年に主力投手の一人だった小山正明がトレードで東京オリオンズに移籍すると出番が多くなり村山実と並ぶ二枚看板として活躍するようになり、それに応えて29勝9敗の好成績を挙げてこの年のチームのリーグ優勝に大きく貢献し、自身も最多勝利・最優秀防御率のタイトルを獲得し更に外国人選手初の沢村賞も獲得した。

その後も翌昭和40年にはノーヒットノーランを達成し、昭和43年まで5年連続で二桁勝利を達成し同年通算100勝を達成、阪神の看板投手の名を欲しいままにした。


しかしその昭和43年の9月18日にプロ野球人生が一気に暗転する事になった。この日の対巨人戦で王貞治への投球が危険球の状態となった事をきっかけに王の師匠にあたる荒川博コーチとの乱闘に発展してしまい、これにより右手の親指を骨折してしまい、これを機に翌昭和44年に近鉄に移籍したものの今度は腰も痛めてしまい1勝も挙げられずにその年限りで引退してしまったのである。あの日の出来事が無ければその後も活躍が見込まれていただけに大いに惜しまれたものであった。


引退後はアメリカに戻り中学・高校教師を長年務め、その後は牧場を経営してそれを息子に任せてからは余生を送っていたそうです。


もちろん私が生まれる前の頃の選手だったので当然リアルタイムでは見てなかったが、資料などで存在は知っておりました。

しかしまた古き良き時代に活躍された方がいなくなるのは世の必然とはいえ残念な事であります…。



 合掌

記事にするのが少し遅くなりましたが、残念な訃報がありました…。


作家の安部譲二さんが亡くなられました。4年前に大腸がんの手術を受けたが、その後転移が見つかった後に転倒骨折した事により体力が弱まって行ったそうです…。


中学時代より極道の世界に身を置き、その傍らで飛行機のパーサーやキックボクシングの解説者を務めるなどの異色の経歴を持っていた。

その後極道の世界から足を洗い昭和58年頃から作家活動を開始、翌昭和59年頃に雑誌に自らの刑務所服役体験を元に書いた『府中木工場の面々』を連載し、昭和61年にはその連載をまとめて単行本化した『塀の中の懲りない面々』を発売して大ベストセラーとなり、更に翌昭和62年に映画化もされて一大ブームを巻き起こし人気作家としての地位を築く事になった。本業の作家としては『塀の中のプレイボール』や自らの猫好きから書いた『もう、猫なしでは生きていけない。』などの猫絡みの作品や漫画『RAINBOW-六舎二房の七人-』の原作を手掛けるなど活動していた。


その一方で強面ではあるが親しみやすいキャラクターで多くのテレビ・ラジオ番組に出演しタレントとしても活躍していた。その中で驚いたのは平成5年の元旦放送の『第11回ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』にツアー参加者として登場していた事である、沖縄で行われたこの回では出番こそ多くないが殿(ビートたけし)から「地元の暴力団の方ですか?」とイジられ他の芸人たちに混じって「○×爆破クイズ」に参加したりしていたのを見て「よく引き受けたな。」の思ったものであった。


正に唯一無二の方であった、もうこんな人は出てこないだろうな…。


 合掌

さて令和に改元された事により平成が終わったので、当ブログの平成を振り返るシリーズとして1年ごとに亡くなられた方の名前を書き記して墓碑銘として記事にさせていただきます。これもある意味平成のある年・ある時期の側面・裏面を語る上で大事な事だと思いますので御容赦願います。


今回はプロ野球楽天イーグルスが初の日本一に輝いた平成25年の墓碑銘になります。


<1月>パティ・ペイジ(歌手・1日・85歳)、石川洋(アナウンサー・6日・53歳)、原哲男(喜劇俳優・11日・78歳)、大島渚(映画監督・15日・80歳)、鳳凰倶往(大相撲元関脇・16日・56歳)、大鵬幸喜(大相撲元横綱・19日・72歳)、柴田トヨ(詩人・20日・101歳)、鈴木文彌(アナウンサー・20日・88歳)、井上昭文(俳優・25日・85歳)、安岡章太郎(作家・26日・92歳)

<2月><二十四代>式守伊之助(元大相撲立行司・1日・93歳)、<十二代>市川團十郎(歌舞伎俳優・3日・66歳)、高野悦子(映画運動家・9日・83歳)、荘則棟(元卓球選手・10日・72歳)、本郷功次郎(俳優・14日・74歳)、本多知恵子(声優・18日・49歳)、飯野賢治(ゲームクリエイター・20日・42歳)、光本幸子(女優・22日・69歳)、大塚道子(女優・26日・82歳)、克美しげる(歌手・27日・75歳)、今邑彩(作家・57歳)

<3月>須藤薫(歌手・3日・58歳)、納谷悟朗(声優・5日・83歳)、石坂まさを(作詞家・9日・71歳)、田中宥久子(ヘアメイクアーチスト・19日・67歳)、登川誠仁(民謡歌手・19日・80歳)、大橋鎭子(暮しの手帖社社主・23日・93歳)、坂口良子(女優・27日・57歳)

<4月>マーガレット・サッチャー(元イギリス首相・8日・87歳)、西沢利明(俳優・11日・77歳)、大友工(元プロ野球選手・12日・88歳)、<三十代>式守伊之助(元大相撲立行司・14日・77歳)、三國連太郎(俳優・14日・90歳)、島森路子(広告評論家・23日・66歳)、田端義夫(歌手・25日・94歳)、佐野洋(作家・27日・84歳)、アニマル・レスリー(元プロ野球選手・28日・54歳)、牧伸二(漫談家・29日・78歳)

<5月>中坊公平(元弁護士・3日・83歳)、夏八木勲(俳優・11日・73歳)、相澤秀禎(サンミュージックプロダクション会長・23日・83歳)、ジョルジュ・ムスタキ(歌手・23日・79歳)

<6月>長門勇(俳優・4日・81歳)、塩屋俊(俳優・5日・56歳)、なだいなだ(精神科医、作家・6日・83歳)、内海賢二(声優・13日・75歳)、尾崎行雄(元プロ野球選手・13日・68歳)、<十四代>酒井田柿右衛門(陶芸家・15日・78歳)

<7月>武智文雄(元プロ野球選手・1日・86歳)、加賀八郎(「ザ・グッバイ」メンバー・2日・55歳)、吉田昌郎((当時)東京電力執行役員・9日・58歳)、石井晶(元プロ野球選手・15日・73歳)、梅津正彦(ボクシングコーチ・23日・44歳)、葛城隆雄(元プロ野球選手・27日・76歳)、戸井十月(作家・28日・64歳)、<六代>笑福亭松喬(落語家・30日・62歳)、三原葉子(元女優・80歳)

<8月>高崎一郎(司会者・10日・82歳)、藤圭子(元歌手・22日・62歳)、藤沢嵐子(元歌手・22日・88歳)、土橋正幸(元プロ野球選手・24日・77歳)、五味龍太郎(俳優・31日・80歳)

<9月>川上のぼる(腹話術師・7日・83歳)、レイ・ドルビー(音響研究家・12日・80歳)、石田太郎(俳優・21日・69歳)、酒井雄哉(僧侶・23日・87歳)、山崎豊子(作家・29日・89歳)

<10月>河西昌枝(元バレーボール選手・3日・80歳)、桜塚やっくん(芸人・5日・37歳)、やなせたかし(漫画家・13日・94歳)、連城三紀彦(作家・19日・65歳)、天野祐吉(コラムニスト・20日・80歳)、明日香(歌手・25日・49歳)、岩谷時子(作詞家・25日・97歳)、川上哲治(元プロ野球選手・28日・93歳)

<11月>小松原三夫(プロゴルファー・2日・93歳)、島倉千代子(歌手・8日・75歳)、神楽坂浮子(歌手・20日・75歳)、来宮良子(ナレーター・25日・82歳)、津島利章(作曲家・25日・77歳)、堤清二(元セゾングループ代表、作家<別名 辻井喬>・25日・86歳)、ポール・ウォーカー(俳優・30日・40歳)

<12月>ネルソン・マンデラ(元南アフリカ大統領・5日・95歳)、すまけい(俳優・7日・78歳)、ピーター・オトゥール(俳優・14日・81歳)、かしぶち哲郎(音楽家・17日・63歳)、大木伸夫(歌手・30日・88歳)、大瀧詠一(音楽家・30日・65歳)

<命日不明>芦沢俊美(元アナウンサー・67歳)・珠めぐみ(女優・63歳)


・何と言っても32回の幕内優勝を誇る戦後日本を代表する大横綱大鵬関の初場所中の死は大いに衝撃を与えた。1960年代の大相撲界を柏戸と共に一時代を築き上げ、若い頃は日本人とウクライナ人のハーフのイケメンという事もあって人気を上げ、横綱に昇進してからは絶対王者として大いに活躍した。親方になってからは若くして脳梗塞を患ったために理事長こそ成れなかったが、多くの関取を育て上げたり大相撲中継の解説でも活躍していた。あれだけの人だけに死後に国民栄誉賞を贈られたのは当然であった。

・そして戦前より活躍し昭和歌謡史に大いにその名を轟かせた田端義夫先生もこの年に亡くなられた。「大利根月夜」「かえり船」「島育ち」などヒット曲は数知れず、舞台上での「オース!」の掛け声と電気ギターを弾きながらの哀切ある歌声で多くの人の心を掴み、昭和歌謡のカリスマ的存在として長きにわたり活躍した。平成に入り戦前から歌われた方が次々と亡くなられていく中で大きな砦のような存在であったが、田端先生が亡くなられた事に寄り戦前が大いに遠くなった感があった…。

・田端先生だけでなくこちらも昭和歌謡史に大いにその名を轟かせた島倉千代子さんも亡くなられた。昭和30年のデビューから「この世の花」「東京だよおっ母さん」「からたち日記」など数知れずのヒット曲を出し、姉と慕う美空ひばりに肉薄する存在として長年にわたり活躍、『紅白歌合戦』に初めて30回連続出場の偉大な記録を達成した。その後も「人生いろいろ」のヒットでで若い世代にも知られるようになったりと活躍を続けていたが、死の3日前に新曲をレコーディングした話は凄みを感じたものであった…。

・田端先生や島倉さんだけでなくこの年は歌謡界の訃報が多かった1年であった。1960年代中期に「エイトマン」「さすらい」で知られた克美しげる・昭和50年代中期を中心にポップスシンガーとして活躍した須藤薫・かつてバンド「ザ・グッバイ」のメンバーとして活躍した加賀八郎・昭和40年代中期に凄みのある演歌で一時代を築き、宇多田ヒカルの母でもあった藤圭子・日本のタンゴ歌手の第一人者であった藤沢蘭子・「花ぬすびと」のヒットで知られた明日香・有名どころでは最後のうぐいす芸者であった神楽坂浮子・浪曲師から歌謡曲に転向し「涙の酒」がヒットした大木伸夫・「はちみつぱい」「ムーンライダーズ」のメンバーとして活躍したかしぶち哲郎・「はっぴいえんど」出身で自ら歌うだけでなく曲の提供やプロデュースでも活躍した大瀧詠一といった歌い手が相次いで亡くなり、裏方でも前述の藤圭子さんの一連のヒット曲を手掛けた石坂まさを・越路吹雪が歌うシャンソンの訳詞や、数多くの歌謡曲の作詞を手掛け長年にわたり活躍した岩谷時子も亡くなり、更に歌番組『演歌の花道』のナレーションを長年務めた来宮良子さんも亡くなられた。

・選手としても監督としてもプロ野球界に一時代を築き上げた川上哲治さんも亡くなられた。戦前から巨人の中心打者として活躍し、戦後は赤バットを使って国民的人気を得てプロ野球初の2000本安打を達成した。現役引退後は巨人の監督としてチームを多く優勝に導いたが特に昭和40~48年の9年連続日本一(V9)は空前絶後の未だに輝き続けてる大記録となった。戦後プロ野球を国民的スポーツに盛り上げた功労者であった。

・俳優の三國連太郎さんが亡くなられたのもこの年であった。個性的で独特な演技で元祖「怪優」と呼ばれ多くの映画・ドラマで活躍していたが、何と言っても映画『釣りバカ日誌シリーズ』のスーさんこと鈴木建設社長鈴木一之助役を20年以上も演じた事で「怪優」のイメージが消えて「スーさん」と国民から愛されていった。個人的な話だがその『釣りバカ』の舞台挨拶で生の三國さんを見たのも懐かしい思い出である。

・他にも「テネシー・ワルツ」などのヒットでロックンロール時代以前から活躍したパティペイジ・吉本新喜劇で「誰がカバやねん!」で大いに知られた原哲男・「日本ヌーベルバーグ」の旗手であり世界的にも活躍した大島渚・時代劇の名悪役である一方で『西部警察』の浜刑事でも知られていた井上昭文・アニメ『ルパン三世』の銭形警部の声と言えばこの方納谷悟朗・日米野球でニューヨークヤンキース相手に完投勝利をした巨人の投手大友工・ウクレレを弾いての「やんなっちゃった節」で長年にわたり一線で活躍した牧伸二・「南海キャンディーズ」の山崎静代のボクシングコーチ梅津正彦・『三匹の侍』の桜京一郎役をはじめ時代劇で槍を持たせたら右に出る者がいなかった長門勇・浪商高校から東映フライヤーズにかけて速球派投手として活躍した尾崎行雄・名悪役として活躍する一方『刑事コロンボ』のコロンボの二代目吹替えでも知られていた石田太郎・千日回峰行を二度も満行した天台宗大阿闍梨酒井雄哉・浜崎あゆみ似のイケメン顔から強烈なツッコミを繰り出し魅了した桜塚やっくん・今や国民的アニメにもなった絵本『アンパンマン』の作者やなせたかしもこの年であった。


次回は平成26年の墓碑銘になります。



さて令和に改元された事により平成が終わったので、当ブログの平成を振り返るシリーズとして1年ごとに亡くなられた方の名前を書き記して墓碑銘として記事にさせていただきます。これもある意味平成のある年・ある時期の側面・裏面を語る上で大事な事だと思いますので御容赦願います。


今回は東京スカイツリーが開業した平成24年の墓碑銘になります。


<1月>真樹日佐夫(空手家、漫画原作者・2日・71歳)、栃纏勇光(大相撲元幕内・7日・52歳)、二谷英明(俳優・7日・81歳)、石岡瑛子(アートディレクター・21日・73歳)

<2月>芦野宏(歌手・4日・87歳)、大平シロー(漫才師・9日・55歳)、左右田一平(俳優・10日・81歳)、ホイットニー・ヒューストン(歌手・11日・48歳)、久島海啓太(大相撲元幕内・13日・46歳)、三崎千恵子(女優・13日・91歳)、マイク・ベルナルド(元格闘家・14日・42歳)、淡島千景(女優・16日・87歳)、河村保彦(元プロ野球選手・21日・71歳)、北公次(「フォーリーブス」メンバー・22日・63歳)、<四代>中村雀右衛門(歌舞伎俳優・23日・91歳)、宇治みさ子(元女優・27日・79歳)、青葉笙子(歌手・28日・93歳)、泉大助(タレント・28日・84歳)、デイビー・ジョーンズ(歌手、俳優・29日・66歳)

<3月>諏訪根自子(ヴァイオリニスト・6日・92歳)、山口美江(タレント・7日・51歳)、浜かおる(女優・12日・64歳)、榎本喜八(元プロ野球選手・14日・75歳)、吉本隆明(評論家、詩人・16日・87歳)、桜田誠一(作曲家・19日・76歳)

<4月>安岡力也(俳優・8日・64歳)、青野武(声優・9日・75歳)、荒木しげる(俳優・14日・63歳)、土田世紀(漫画家・24日・43歳)、小池清(アナウンサー・28日・80歳)

<5月>長良じゅん(長良プロダクション会長・2日・74歳)、井上登(元プロ野球選手・5日・77歳)、大谷洌子(声楽家・8日・93歳)、ヴィダル・サスーン(ヘアドレッサー・9日・84歳)、新倉イワオ(放送作家・9日・87歳)、吉村達也(作家・14日・60歳)、中原早苗(女優・15日・76歳)、小林すすむ(タレント、俳優・16日・58歳)、ドナ・サマー(歌手・17日・63歳)、ロビン・ギブ(「ビージーズ」メンバー・20日・62歳)、新藤兼人(映画監督・29日・100歳)、尾崎紀世彦(歌手・30日・69歳)

<6月>三笠宮寬仁親王(皇族・6日・66歳)、伊藤エミ(元「ザ・ピーナッツ」メンバー・15日・71歳)、塚越孝(アナウンサー・26日・57歳)、小野ヤスシ(タレント・28日・72歳)、地井武男(俳優・29日・70歳)

<7月>遠藤太津朗(俳優・7日・84歳)、山田五十鈴(女優・9日・95歳)、小島秀哉(俳優・17日・78歳)、池田隆政((当時)池田動物園園長・21日・85歳)、トニー・マーティン(歌手・27日・98歳)

<8月>津島恵子(女優・1日・86歳)、浜田幸一(元衆議院議員・5日・83歳)、稲葉光雄(元プロ野球選手・11日・63歳)、トニー・スコット(映画監督・19日・68歳)、山本美香(ジャーナリスト・20日・45歳)、内藤武敏(俳優・21日・86歳)、南安雄(作曲家、指揮者・21日・81歳)、ニール・アームストロング(宇宙飛行士・25日・82歳)、横森良造(アコーディオン奏者・27日・79歳)、春日野八千代((当時)宝塚女優・29日・96歳)

<9月>佐々木敢一(「和田弘とマヒナスターズ」メンバー・17日・78歳)、アンディ・ウィリアムス(歌手・25日・84歳)、玉川スミ(三味線漫談家・25日・92歳)

<10月>大滝秀治(俳優・2日・87歳)、金子哲雄(流通ジャーナリスト・2日・41歳)、馬渕晴子(女優・3日・75歳)、大山克己(俳優・9日・82歳)、<二代>古今亭圓菊(落語家・13日・84歳)、丸谷才一(作家・13日・87歳)、山田吾一(俳優・13日・79歳)、今井和子(女優・14日・81歳)、成田一徹(切り絵作家・14日・63歳)、シルビア・クリステル(女優・17日・60歳)、若松孝二(映画監督・17日・76歳)、桑名正博(歌手・26日・59歳)、長野洋(脚本家・26日・78歳)、石川進(歌手・29日・79歳)、藤本義一(作家・30日・79歳)

<11月>桜井センリ(「ハナ肇とクレージーキャッツ」メンバー・10日・86歳)、森光子(女優・10日・92歳)、三宅久之(政治評論家・15日・82歳)、井上雪子(元女優・19日・97歳)、宮史郎(歌手・19日・69歳)、豊岡豊(バンドマスター・30日・82歳)、日高利昭(「和田弘とマヒナスターズ」メンバー・78歳)

<12月>小月冴子(女優・3日・89歳)、<十八代>中村勘三郎(歌舞伎俳優・5日・57歳)、佐藤允(俳優・6日・78歳)、川島廣守(元プロ野球コミッショナー・9日・90歳)、小沢昭一(俳優・10日・83歳)、米長邦雄(将棋棋士・18日・69歳)、中沢啓治(漫画家・19日・73歳)、西川幸男(新栄プロダクション会長・26日・87歳)、千石規子(元女優・27日・90歳)、岡本敦郎(歌手・28日・88歳)、榎木兵衛(俳優・29日・84歳)


・この年は国民栄誉賞を受賞した大女優森光子さんの死が国民に大きな衝撃を受けた。『放浪記』『おもろい女』など多くの舞台で活躍し、ドラマ『時間ですよシリーズ』などで「日本のお母さん女優」の代表選手となり、ワイドショー『3時のあなた』では司会として長年活躍し、若い頃の関西での経験を生かしザ・ドリフターズと組んでのコントでも活躍したりと長年にわたり多岐にわたって活躍し、多くの後輩からも慕われた「芸能界のゴッドマザー」的存在でもあった。活躍振りは子供の頃から見ていたから「常にいるもの」といった存在だっただけにいなくなってしまうと本当に寂しいものです…。

・この年は森光子さんだけでなく山田五十鈴さん・淡島千景さんといった日本を代表する大女優も相次いで亡くなられた。長年映画やドラマや舞台で幅広く活躍し女優としては初の文化勲章を受章した山田さん・宝塚出身で映画『夫婦善哉』『喜劇駅前シリーズ』など数多くの名作で長年活躍した淡島さん、森さんと同じくいずれも戦前から長きにわたり活躍された方で失ったものはあまりにも大きかった感があった。個人的な事を申さば淡島さんが亡くなられた当時当ブログでの淡島さんの追悼記事は4人にまとめた中の一つとしての小さい扱いで、当時は大女優としては知ってはいたが魅力がまだわかっていなかった、その後『喜劇駅前シリーズ』を見るようになり淡島さんの魅力が少しばかりはわかるようになったので、もし淡島さんの存命中に『喜劇駅前シリーズ』を見るようになっていれば当ブログの訃報の記事も大きく変わっていたかもしれない事を思うと大いに悔やまれる次第であります…。

・平成の歌舞伎の中心的存在の一人でこれから先の歌舞伎界を更に引っ張っていくだろうとされた<十八代>中村勘三郎のまだ若い死も国民に大きな衝撃を与えた。幅広い演目・役柄をこなして昭和後期から平成にかけての歌舞伎界の中心として活躍し、一方で歌舞伎以外の現代劇の舞台にも積極的に活動し歌舞伎のみならず日本の演劇界の中心人物と言えた。しかし勘九郎から勘三郎を襲名してまだ7年、この翌年に新装なる歌舞伎座のこけら落とし公演も控えてこれからの歌舞伎界での更なる活躍を期待された中での死はあまりにも早過ぎる…。

・女優だけでなく、日活アクション映画を経てドラマ『特捜最前線』でシブい魅力を見せた二谷英明・ドラマ『北の国から』『太陽にほえろ!』などで活躍し、晩年は散歩番組でも活躍した地井武男・劇団民藝の中心として舞台やドラマや映画で味わいのある演技で長年活躍した大滝秀治・個性派の俳優として活躍する一方長年にわたりラジオのパーソナリティーとして活躍した小沢昭一・かつて新国劇で主役を張る一方で時代劇『大江戸捜査網』の二代目隠密支配役でもあった大山克己といった男性の名優も相次いで亡くなられた。

・流通ジャーナリストとして多くの番組で活躍していた金子哲雄さんの若過ぎる死も大きな衝撃を受けた。『ホンマでっか!?TV』で明石家さんまから「(島田)紳助!」とイジられるなど数多くの番組で活躍したが、その後肺カルチノイドという難病に侵され活躍最中に若くして亡くなられたのもショックだが、死を覚悟して自分の葬儀の手配を自ら行っていたのにも余計に悲しさを感じた…。

・バラエティ番組『オレたちひょうきん族』のメンバーであった大平シロー・小林すすむ・安岡力也といった御三方もこの年に亡くなられた。漫才コンビ「太平サブロー・シロー」で一時代を築くも解散後は御世辞にも活躍したとは言えなかったシローさん・お笑いトリオ「ヒップアップ」のメンバーでその後はドラマ『花より男子』の主人公つくしの父親役で知られた小林さん・芸能界最強伝説に名が上がる武闘派の役者だが『ひょうきん族』ではホタテマンで一世を風靡した力也さん。私はひょうきん族世代だっただけにこの相次ぐ訃報は時代が遠くなっていく寂しさを感じた…。

・他にも日本のシャンソン黄金時代の代表歌手の一人だった芦野宏・映画『男はつらいよ』のおばちゃん役で御馴染みの三崎千恵子・波乱万丈の人生を送ったフォーリーブスのメンバー北公次・卓越した腕前と可憐な容姿で国際的な活躍をしたバイオリニスト諏訪根自子・しば漬けのCMで脚光を浴び元祖バイリンギャルとして活躍した山口美江・昭和30~40年代のパリーグを代表する打者の一人で元祖「安打製造機」と言われた榎本喜八・日本の自主製作映画の先駆者的存在であり『裸の島』などの名作を手掛けた新藤兼人・「また逢う日まで」をヒットさせ、ダイナミックな歌唱力で幅広い世代に愛された尾崎紀世彦・ザ・ピーナッツの双子の姉伊藤エミ・ラジオパーソナリティーとして活躍するもライブドアの騒動で人生を狂わされた塚越孝・「国会の暴れん坊」として活躍し典型的な「記憶に残る政治家」だった浜田幸一・数々の番組で活躍し日本のアコーディオン奏者の代名詞的存在だった横森良造・「ムーン・リバー」などの歌でアメリカを代表する歌手の一人で親日家でもあったアンディウィリアムス・漫画『はだしのゲン』の作者の中沢啓治・「白い花の咲く頃」などの清潔なラジオ歌謡のヒットで知られた岡本敦郎もこの年であった。


次回は平成25年の墓碑銘になります。

さて令和に改元された事により平成が終わったので、当ブログの平成を振り返るシリーズとして1年ごとに亡くなられた方の名前を書き記して墓碑銘として記事にさせていただきます。これもある意味平成のある年・ある時期の側面・裏面を語る上で大事な事だと思いますので御容赦願います。


今回は東日本大震災という未曽有の大災害が起こった平成23年の墓碑銘になります。


<1月><五代>中村富十郎(歌舞伎俳優・3日・81歳)、吉村光夫(アナウンサー・3日・84歳)、山下敬二郎(歌手・5日・71歳)、高見澤宏(「ダークダックス」メンバー・7日・77歳)、横澤彪(プロデューサー・8日・73歳)、細川俊之(俳優・14日・70歳)、和田勉(演出家・14日・80歳)、喜味こいし(漫才師・23日・83歳)、花柳小菊(女優・26日・81歳)、ジョン・バリー(作曲家・30日・77歳)、斎藤武市(映画監督・86歳)

<2月>浦里はる美(女優・13日・76歳)、和崎俊哉(俳優・15日・72歳)、上田忠好(俳優・27日・77歳)、与那嶺要(元プロ野球選手・28日・85歳)

<3月>大前均(元俳優・1日・75歳)、日向明子(女優・5日・56歳)、松田暎子(元女優・9日・58歳)、坂上二郎(コメディアン、俳優・10日・76歳)、エリザベス・テイラー(女優・23日・79歳)

<4月>奥山英志(レポーター・10日・61歳)、山下律夫(元プロ野球選手・10日・66歳)、田中好子(女優、元歌手・21日・55歳)、成田文男(元プロ野球選手・21日・64歳)、サティヤ・サイババ(スピリチュアルリーダー・24日・84歳)、田中実(俳優・25日・44歳)

<5月>団鬼六(作家・6日・80歳)、岡田茂(元東映会長・9日・87歳)、川喜多雄二(元俳優・9日・87歳)、上原美優(タレント・12日・24歳)、サムエル・ワンジル(陸上選手・15日・24歳)、児玉清(俳優・16日・77歳)、藤間哲郎(作詞家・19日・86歳)、長門裕之(俳優・21日・77歳)

<6月>川上とも子(声優・9日・41歳)、平田隆夫(「平田隆夫とセルスターズ」メンバー・12日・72歳)、羽島山昌乃武(大相撲元関脇・13日・89歳)、ピーター・フォーク(俳優・23日・83歳)、セーラ・ロウエル(タレント・28日・50歳)

<7月>和田慎二(漫画家・5日・61歳)、大町正人(「ボニージャックス」メンバー・8日・73歳)、宮尾すすむ(タレント・12日・77歳)、原田芳雄(俳優・19日・71歳)、中村とうよう(音楽評論家・21日・79歳)、エイミー・ワインハウス(歌手・23日・27歳)、小松左京(作家・26日・80歳)、伊良部秀輝(元プロ野球選手・27日・42歳)

<8月>前田武彦(タレント、放送作家・2日・82歳)、松田直樹(<当時>プロサッカー選手・4日・34歳)、ジョー山中(歌手・7日・64歳)、平光清(元プロ野球審判員・9日・73歳)、日吉ミミ(歌手・10日・64歳)、二葉あき子(歌手・16日・96歳)、高城淳一(俳優・18日・86歳)、竹脇無我(俳優・21日・67歳)、滝口順平(声優・29日・80歳)

<9月>吉國一郎(元プロ野球コミッショナー・2日・95歳)、湯木博恵(元バトミントン選手・7日・62歳)、岩がん太(元芸人・13日・68歳)、コラ・ヴォーゲル(歌手・17日・93歳)、杉浦直樹(俳優・21日・79歳)、辺見じゅん(作家、歌人・21日・72歳)、五十嵐喜芳(声楽家・23日・83歳)、アキコ・カンダ(舞踊家・23日・75歳)、山内賢(俳優・24日・67歳)、花村菊江(歌手・29日・73歳)、白山雅一(声帯模写芸人・87歳)

<10月>スティーブ・ジョブズ(元アップル社会長・5日・56歳)、<三代>若瀬川剛充(大相撲元幕内・8日・49歳)、<七代>中村芝翫(歌舞伎俳優・10日・83歳)、柳ジョージ(歌手・10日・63歳)、有川博(俳優・16日・70歳)、北杜夫(作家・24日・84歳)、藤家虹二(ジャズクラリネット奏者・24日・78歳)

<11月>隆の里俊英(大相撲元横綱・7日・59歳)、リッキー・ホイ(俳優・8日・65歳)、黒沢良(声優・9日・81歳)、<七代>立川談志(落語家、元参議院議員・21日・75歳)、西本幸雄(元プロ野球選手、監督・25日・91歳)

<12月>内山まもる(漫画家・1日・62歳)、松田トシ(声楽家・7日・96歳)、岸千恵子(民謡歌手・9日・69歳)、市川森一(脚本家・10日・70歳)、飛鳥裕子(元女優・15日・54歳)、山本集(画家・16日・71歳)、深水藤子(女優・18日・95歳)、森田芳光(映画監督・20日・61歳)、<初代>上田馬之助(元プロレスラー・21日・71歳)、入川保則(俳優・24日・72歳)、<十代>岩井半四郎(歌舞伎俳優・25日・84歳)、暁伸(漫才師・26日・96歳)、杉原輝雄(プロゴルファー・28日・74歳)、内藤陳(コメディアン、書評家・28日・75歳)、松平康隆(バレーボール指導者・31日・81歳)


・東日本大震災の前日に坂上二郎さんが亡くなられた。萩本欽一さんとのコンビ「コント55号」では欽ちゃんのアドリブを必死に受け止めて笑いに昇華して一世を風靡し、ソロ活動に入ってもタレント・役者として長い間大活躍をした。また元々歌手志望だった事もあり度々歌を出していて「学校の先生」「デーゲーム」のヒット曲もあった。あれだけの大スターだったのに亡くなられた翌日に大震災が起こったので追悼特番が作られなかったのがあまりにも哀れであった・・・。

・元キャンディーズのスーちゃんこと田中好子さんもこの年に亡くなられた。アイドル時代はキャンディーズの一員として可愛い魅力を振りまいて一時代を築き上げ、女優としては御存知の美貌でありながら演技派として活動する一方で母親役を多く務めて大いに活躍したものの、その頃既に癌との闘いが続いていたそうで…、死の直前に録音された肉声(葬儀で公開された)は今でも悲しく感じます…、60歳になったスーちゃんを見てみたかったな…。

・そして落語界にこの男有り、<七代>立川談志師匠もこの年に亡くなられた。『笑点』の初代司会者・参議院議員を1期務める・師匠と袂を分かち立川流を設立と常に破天荒に話題を振りまいてきたが、これも「伝統を現代に」の旗印の下常に落語に向き合ってきたからこそだと思う。私が生で談志師匠の高座を見たのは1回だけ(横浜にぎわい座での柳亭市馬師匠の落語会にゲスト出演し『高砂や』を口演)だったが、それでも生の高座を聴けた事は大いに幸福であった。

・そして大相撲の元横綱隆の里関(鳴戸親方)の突然の死は私にとっても大いなるショッキングな出来事であった。糖尿病を克服して(但し完全治癒はありませんが…)31歳で横綱に昇進、同じ横綱千代の富士の好敵手として多くの名勝負を展開した。現役引退後は鳴戸部屋を設立して稀勢の里を育てたのだが、稀勢の里の大関昇進目前にそれを見届ける事無く突然亡くなられたのは御本人にとって大いに無念だったろう…、その後の稀勢の里の状況をあの世でどう思ったんだろうか・・・。

・この年は名優の訃報が相次いだ一年でもあった。クールな二枚目でなりながらも時にコミカルな味も出していた細川俊之・クイズ番組『アタック25』の司会で御馴染みだが役者としても『ありがとう』『HERO』で存在感を見せた児玉清・ワイルドでアウトローな風貌で活躍する一方で大の鉄道ファンでもあった原田芳雄・『大岡越前』の榊原伊織役など低音のシブい魅力を見せた竹脇無我・向田邦子作品や『岸辺のアルバム』などの名作ドラマで活躍した杉浦直樹・桑田佳祐似の若い頃より映画『太陽の季節』の主演を皮切りに数々の作品で様々な役でで長年活躍した長門裕之といった名優たちが相次いで亡くなられていった…。

・そして二葉あき子先生もこの年に亡くなられた。戦前・戦後を通して「古き花園」「夜のプラットホーム」「水色のワルツ」など数多くのヒット曲を出し、昭和歌謡史の中で身体のように(失礼!)大きな存在感を表した。故郷広島の原爆偶然列車のトンネルの中で難を逃れたり、冴えわたる高音が出なくなって自裁しようとしたりと苦労が多かった人生だったが、最終的には穏やかに長寿を全うする結果となったものの、やはり戦前から歌ってこられた偉大な方がいなくなるのは本当に寂しい…。

・何故かこの年は心なしか自裁された方が多かった感があった。フジテレビのワイドショーのリポーターとして活躍した奥山英志・昼ドラ『温泉へ行こう』シリーズの武藤役で御馴染みだった田中実・種子島出身の「貧乏アイドル」としてバラエティー番組で活躍した上原美優・雑誌『ミュージック・マガジン』の初代編集長だった中村とうよう・速球派の投手として日米を又に掛けて活躍した伊良部秀輝といった方々が自らの命を絶ってしまったのはあまりにも残念であった…。

・他にも上方漫才の最高峰「夢路いとし・喜味こいし」の弟の方である喜味こいし・NHKを代表する演出家でありながら独特のキャラでタレントとしても活躍していた和田勉・アメリカ仕込みの走塁技術で日本プロ野球に革命を起こした与那嶺要・官能小説の第一人者であった団鬼六・怪力で振り回す取り口で戦後の大相撲で長く活躍した羽島山関・『刑事コロンボ』の主役で御馴染みのピーターフォーク・ドラマにもなった『スケバン刑事』の作者和田慎二・『ヤッターマン』のドクロベエ役や『ぶらり途中下車の旅』のナレーションで知られた滝口順平・世界のバトミントン女王であり新沼謙治の妻でもあった湯木博恵・正統派の歌謡声帯模写の最高峰的存在だった白山雅一・純文学から『どくとるマンボウシリーズ』といった随筆まで幅広い作品で活躍した北杜夫・時代劇『大江戸捜査網』のナレーションを務めた黒沢良・日本一にはなれなかったパリーグ(阪急・近鉄)の名監督西本幸雄・金髪と凶暴さが特徴の初の本格的な日本人ヒールレスラー<初代>上田馬之助もこの年であった。


次回は平成24年の墓碑銘になります。