追悼 羽島山昌乃武・天津風征夫 | 郵便局員のごった煮よもやまブログ

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実は先頃発売された『相撲』秋場所展望号で書かれていたのを見て知ったのだが、大分前に亡くなられていたにもかかわらず新聞の訃報に載ってなかったので今頃知った形となってしまいました・・・。


大相撲元関脇羽島山の山内昌乃武さんが一昨年の6月に亡くなられた事が明らかになった。羽島山関の事は一昨年の3月7日に記事に書きましたが(『昭和の名力士100+50人・110 (関脇)羽島山昌乃武』)が、その際に「来年は90歳の大台に達しますがこれから先のご長寿をお祈り申し上げます。」と書きましたがそれからわずか3か月後に亡くなられたんですね…てっきり90歳代を迎えて余生を送っていると思っただけに本当に残念です…。

昭和20年6月場所の入幕なので今となっては本当に数少ない戦前入幕力士の生き残りでした、昭和20年代から30年代中期まで幕内で活躍し、怪力を生かして豪快な相撲振りで栃若時代の初期には三役で活躍した実力派であった。引退後は長く勝負審判員を務めて(私が大相撲を見出した頃は既に審判はしてませんでしたが)、定年退職後は20年以上の長きにわたり余生を送ってましたが90歳は到達して欲しかったな…。


大相撲元幕内天津風の宮永征夫さんも今年の4月に亡くなられた事が明らかになった。1960年代の力士なので当然リアルタイムでは見てませんが、中堅の幕内力士として活躍していたのは資料を見て何となくは知ってました。

高校時代は県大会で個人優勝して国体などに出場して活躍、入門後は稽古場では強いが本場所では今一つ力が出せず、大関時代の佐田の山に連勝したりするところはあったが結局は三役すらも上がれず中堅力士として終わってしまった。

所属していた時津風部屋では一番の大食感であったが、それが故に糖尿病を発症させてしまい、引退後には悪化させて足を切断する羽目になったのは返す返すもも残念であった…。


いずれにしてもリアルタイムで見ていないとはいえ古き良き時代に活躍した力士たちがいなくなるのは本当に残念です…。



 合掌