宮下奈都「羊と鋼の森」 | co・co・ro・jiyu

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心に思い浮かんだことを、自由に書きたいなと思っています。

 この作品は,山で暮らしていた外村が主人公。ある時彼の高校へ

ピアノの調律師板鳥がやってくる。偶然案内役を頼まれた外村は,

板鳥に調律された体育館のピアノが素晴らしい音を奏でるのを聞き,調律師を目指す。

 

 中学を卒業すると,高校に通うため山から下りる。時間を持て余し,

するべきこと,したいこともない。どこかに就職できればいいくらいに

考えていた外村。彼は調律師板鳥との出会いで,

 「僕は調律という森に出会ってしまった。山には帰れない。」と思う。

 

 本州にある調律師養成の専門学校で2年間技術を覚える。とてもハードな訓練だった。北海道に戻り板鳥の勤める楽器店に就職する。

外村は,そこにいる先輩たち,双子の姉妹,お店の人たちと交わることで,調律の技術だけでなく,人としても成長していく。

 

 自分は,ピアノの調律は少し狂った音を正しくしていくものと思って

いたが奥が深い。弾き手の技術や要望,ピアノそれぞれの個性,会場の音響などを考慮し,どんな音を目指すのか総合的にピアノを整えるのが調律師の仕事のようだ。また,コンサートで使われるピアノの調律は,ほんの一握りのコンサートチューナーにしかできないという。

 

 調律作業の一つ一つの工程が,しっかりと書かれている。ピアノの内部は,羊毛フェルトのハンマーと鋼の弦の世界が広がる。鍵盤をたたく弾き手の指のタッチと,表現力で生み出される音は,無限でありながら調和している。まるで「森」のようだ。

 

 「才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくったって、生きていくんだ。あるのかないのかわからない、そんなものにふりまわされるのはごめんだ。もっと確かなものを、この手で探り当てていくしかない。」

 

 ピュアな青年である外村が,調律師に向いていると見抜いた板鳥。板鳥は調律師として絶対的な存在。コンサートチューナーとして,ピアニストからも指名される位だ。まだ彼の足元には及ばない外村だが,自分で道を切り開いていこうとする姿がさわやかで頼もしい。

 

 「羊と鋼の森」は,ストーリー的には淡々としている小説だ。時々立ち止まって,「ピアノが息をふきかえす,つんとしていたピアノが打ち解けるって?荘厳,華やか,軽やか,やわらかい,すがすがしい,泉のような音って?」と,想像してみると,小説の世界がより広がっていくような不思議な魅力がある作品だと思う。