2015夏の北陸3 出発 | 楢丁(YOUTEI) 旅の話

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趣味で書きためた旅日記が、膨大な量になりました。2020秋に脳出血、2023には食道癌を発症と、様々なことが起こりますが、克服してまた旅に出たいという気持ちは変わりません。
お付き合い頂けたらありがたいです。どうぞよろしく。

2015夏の北陸3
出発

8/9(日)
 猛暑日の連続記録が日々更新されるという、異常な暑さの続く日常だが、昨晩はやっとしのぎやすくなり、窓を開けて寝ることが出来るようになった。旅先の気象情報が気がかりだが、当面さほど悪化する気配はなく、標高の高いところに逃げてテン場を取れば、暑さはしのげるだろうと楽観的な予想をしつつ、出発は明け方5時。

 早く出発できたせいで、昨日あたりから始まったお盆の帰省渋滞に遭うこともなく、圏央道から中央道を経て松本ICで降り、高山を経て九頭竜川づたいに大野へ向かうルートを採る。関越、上信越道から北陸道をひた走るというのが、おそらくは時間的にはもっとも有利だろうが、高速道路ばかりというのもあまり面白くなさそうだし、当然ながら料金を圧縮したいということ、それに地図上でもっとも近い経路を、という3つの理由から選択した今回のルートである。

 今年2月にアウトバックを買ってから、カーナビを使うことが半ば習慣化しているが、こいつが結構くせ者で、おいこんな道を案内するのかよ、と思うほど細い路地に引き込まれたり、もっと合理的なルートがあるじゃねえか、とつぶやいてしまうこともしばしば。使い方に慣れが必要なことは想像できるが、いずれにしろ、今はその途上にある。

 松本から高山を抜けて大野に至る経路をどうしても表示しそうにないので、経由地に、高山で検索してヒットしたスバルの販売店を入れてみた。そのような店なら幹線の道路沿いにあるに違いない、という読みだ。目論見どおりに、ナビはほぼ思った通りの道筋を表示するようになった。

 松本の郊外からR158は、しばらく松本電鉄の線路と並行して走っていく。何年か前、桜の季節にこの街道を通った時、盛りにはちょっと早かったが、見事なしだれ桜のあった安養寺を見送って、ああ、ここだったなとその時のことを思い出した。

 しばらく行くと、今度は左手奥に木造の、何か由緒のありそうな建物が見え、右手には木立のある一画に行き会う。役所の駐車場があるので車を入れると、「波田」というところだ。今は松本市に統合されているが、かつては独立した町だったのだろう。木造の建物は古い学校ないしは役所を思わせる建築、外壁は青みがかった白色に塗られている。造りに豪華さはないが、地域の歴史的建造物として保存するだけの価値はあると感じた。



                  「波田」の旧役所庁舎

 

 道路を隔てた向かいにある松の木立は、きっと神社か寺だろうという予想に反し、その奥に建つ小学校の付属施設、立ち入りを禁ずる旨の看板が立っていた。

 道沿いに素敵なパティスリーがあったが、何せこの時刻、まだ開店までには2時間ほどもある。

 松本電鉄の終点は新島々駅、ここを過ぎるあたりから道は高度を上げ始める。いくつものトンネルを抜け、ワインディングロードと化した坂道をひた走ると、山中に突然車で満杯の駐車場が現れた。そうか、上高地へは、ここでバスに乗り換えるわけだ。人気のほどはその車の数を見ればすぐに了解された。

 

 

 さらに登っていくと有料の安房トンネル、思えばこのトンネルが出来る以前、安房峠を越え、下りはじめて最初に見えてきた集落が平湯温泉だった、という記憶がよみがえる。その時、飛騨高山で泊まったのが、古い時計がたくさんある宿だった、ということのみ、なぜか覚えている。「序章①」で書いた「銭がめ」に寄った旅のときだ。

 

 

 

 


2015夏の北陸4 道の駅平湯につづく