LC/MSで頻繁に観測されるバックグランドイオン-1 | 日本一タフな質量分析屋のブログ

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GC/MSとLC/MSの両方を扱っている分析者の方は、LC/MSで観測されるバックグランドイオンの種類と強度が、GC/MSに比べると圧倒的に多くて高い事をよくご存じだと思います。それは偏に移動相が液体か気体かの違いによるところが大きいです。

 

今回から数回にわたって、LC/MSで頻繁に観測されるバックグランドイオンについて解説します。

 

最初は、LC/MSに携わる多くの人が知っていると思いますが、フタル酸エステル由来のイオンです。フタル酸エステルは、プラスチックに可塑剤として含まれており、それが移動相溶媒等で微量に溶解されて、正イオン検出でバックグランドイオンとして観測されます。負イオンとして検出される事はありません。代表例は以下です。

m/z 391:di-2-ethylhexyl phthalateの[M+H]+

m/z 413:di-2-ethylhexyl phthalateの[M+Na]+

m/z 279:di-butyl phthalateの[M+H]+

m/z 301:di-butyl phthalateの[M+Na]+

 

 m/z 279, 301は、m/z 391, 413に比べると、観測される頻度や環境は少ないように思います。また、[M+Na]+はESIでは観測されますが、APCIでは観測されません。

LC/MSにおいては、試料の前処理に使う容器なども含め、周辺にプラスチック製品が多数使われるため、この種のバックグラウンドイオンが観測されるのは避けられないと考えた方が良いです。バックグランドイオンが多数、高強度で観測されると、定性分析ではマススペクトルの解析の妨害になり得るし、定量分析ではS/Nを低下させる原因になるなど、データの質の悪化に繋がります。バックグランドイオンを消す、あるいは強度を低下させることが出来れば、それに越したことはありません。しかし、今回紹介したイオン達は、先ず消える事はないので、むしろ積極的に利用する事をお勧めします。

 

高分解能のLC/MS装置を使用していれば、観測されているこれらのイオンのm/z値と理論値を比較する事で、現在の装置の質量校正の状態を確認する事が出来ます。di-2-ethylhexyl phthalateの分子式はC24H38O4、モノアイソトピック質量は390.2770です。従って、と[M+H]+は[M+Na]+それぞれ、理論的にはm/z 391.2848, m/z 413.2663に検出される筈です。実際に観測されているイオンのm/z値とこれらの誤差が、Orbitrapや最近のQTOF-MSであれば、概ね2 ppm以内であれば、装置の質量校正の状態は良好であると言って良いでしょう。ところでppmとは、parts per million(百万分率)の略で、m/z 413に対しては、413を1,000,000で割った0.0004が1 ppmです。つまり、413.2663±0.0008が2 ppmと言う事になります。

 

下の図は、あるLC/MSデータ(ESI+)におけるm/z 413.26-413.27の範囲で作成した抽出イオンクロマトグラム(extracted ion chromatogram, EIC)と保持時間30分付近のバックグラウンドスペクトル(m/z 413付近の拡大)です。このデータでは、EICの保持時間22.73分にピークが観測されています。また、ベースラインのレベルも高い事が分かります。これは、フタル酸エステルが移動相溶媒などに含まれていると共に、試料溶液にも含まれている事を示しています。

バックグランドイオンは、LC/MSでもGC/MSでもある程度避けられません。厄介な存在ではありますが、時として役に立つ事もあります。上手く付き合っていくと良いと思っています。