運がいいとか、悪いとか(2) | 勇者親分(負けず嫌いの欲しがり屋)

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http://www.asahi.com/health/sanada/TKY201011090311.html

 循環器科医長のH先生は、病院敷地を少し外に出たところを歩いていた。たまってしまったサマリー(入院要約。一人の患者が入院するとその入院中にどのような治療を行い、どのような経過となったかを要約文章を作成して保存する必要がある。作成は主治医が行う)をまとめ書きしていて遅くなってしまった。さすがに事務にしかられ、今日は終電を逃す時間まで書き物をしていたのだ。

 「大通りまで出ればタクシーが拾えるかな」

 H先生は通りをながめて立ち止まった。空車のタクシーは少ない。そもそもここから大通りまでは結構歩かなくてはならない。

 と、向こうからなにやら血相を変えたタクシーがこちらに向かって走り込んでくる。H先生の横をすり抜けて病院へ吸い込まれていった。

「また患者の家族が呼び出されたんだろうな。じゃ、あのタクシーはその後空車になるはずだから、それに乗ろう」

 H先生はタクシーの後を追って小走りに病院敷地内に戻った。

 病院に急カーブを切って入っていったのはYさんのタクシーだ。後部座席の客はもう何も言わなくなってしまった。怖くて後ろも振り向けない。いや、そんな暇があるならとにかく早く病院に行こう!Yさんは病院の夜間救急玄関口にタクシーを横付けするとタクシーのドアを蹴り開け、そのまま全速力で病院の中に入って守衛窓口に向かって叫んだ。

 「客が!お客さんの様子が変なんです!!助けてください!!」

 守衛研修中の若い男の子はYさんの様子に驚き一瞬ポカンとした顔をした。肩で息をしながらゼイゼイとタクシーを指さすYさんの方が病人かと思ったくらいだ。何が起こったのかわからなかったけれど、しかし若者特有の正義感から守衛室から飛び出すとYさんの指さすタクシーに駆け寄った。

 後部座席には胸を押さえた中年男性が一人、ひどい顔色で横たわっている。素人目にも尋常でない様子がわかった。

 「お~い!誰か!!ス、ストレッチャー!!」

 こういう狭いところから人を引きずり出すのは結構な作業だ。本来複数の人間でないと男性一人を持ち上げるのは至難の業だが、後部座席は狭いために車外に出すまでに通常は結構な時間がかかってしまう。しかし守衛研修の若い男の子はもと大学柔道部だった(だから守衛になった)。ぐいと上半身を後部座席にねじ込むと、男性客を肩に担いでそのまま引きずり出した。

 病院救急入り口からガラガラとナースに押されたストレッチャー(患者搬送用の簡易ベッド)が向かってくる。

 ・・・と、反対側からはタクシーを追いかけた循環器のH先生が走ってきた。

 タクシーから引きずり降ろされ、男性客が若い守衛に担がれるのを走りながらH先生はずっと見ていた。その当のタクシーに客が降りた後に乗ろうとしていたのだから。が、守衛が駆け寄ってきたところでこれはただ事ではないと直感し、全速力で走ってきたのだ。

 ストレッチャーに男性客が乗せられたのと同時にH先生がストレッチャー横に到着。

 「服を脱がせろ!」

 H先生はてきぱきと指示しながら、患者の呼吸と頸動脈をチェック。守衛君といっしょにガラガラとストレッチャーを押して救急外来へそのままの勢いで入っていった。

 続きは次号!