「同年代なのに、あの人はスタイルがいい」
「自分より年上なのに、あんなに動けている」
ジムやSNSでそんな人を見ると、
「それに比べて私は……」
と落ち込んでしまうことはありませんか?
そしていつの間にか、
「私には無理だから、やっても意味がない」
と、運動そのものから距離を置いてしまう。
今回は、この「私には無理」の背景にある劣等感について考えてみます。
アドラーは劣等感を否定していない
『嫌われる勇気』では、劣等感そのものを悪いものとして扱っていません。
人は「今より良くなりたい」と感じるからこそ、学んだり、練習したり、成長しようとしたりします。
運動も同じです。
「もう少し階段を楽に上りたい」
「疲れにくい身体になりたい」
現在の自分と理想との間に差を感じることが、行動を始めるきっかけになる場合があります。
問題になるのは、そこから
「できない自分には価値がない」
と決めつけてしまうことです。
アドラー心理学では、劣等感と「劣等コンプレックス」を区別します。
劣等コンプレックスとは、簡単にいえば、劣等感を理由にして人生の課題から退こうとする状態です。
「体力がない。だから運動しても無駄」
ではなく、
「今は体力がない。では、ここから何ができるだろう?」
この違いが、次の行動を変えていきます。
「何を基準にするか」を変えてみる
ここで運動心理学の視点を加えてみましょう。
運動では結果だけでなく、自分でコントロールできる行動や上達に目標を置くことが大切です。
「○kg痩せる」
「あの人のような身体になる」
という結果だけを目標にすると、変化が見えない時期に達成感を失いやすくなります。
そこで、
「今週は2回歩く」
「スクワットのフォームを覚える」
「先月より少し長く歩く」
というように、自分自身の行動や成長を評価できる目標も持ってみます。
第2話では「小さな成功体験」を積み重ねることについてお話ししました。
今回は、その一歩先。
「自分を何と比べて評価するのか」
がポイントです。
同じ年齢でもスタート地点は違う
トレーニングの現場では、同じ年代でも筋力や体力、身体の動かしやすさには大きな違いがあります。
運動歴、仕事、生活習慣などが違うのですから、当然です。
だから、他人と同じ重量を持ち上げたり、同じ回数をこなしたりする必要はありません。
見るべきなのは、
「今の自分から、どちらへ進みたいのか」
ということです。
劣等感を、無理になくそうとしなくても構いません。
「もっと体力をつけたい」
「もう少し動ける身体になりたい」
そう感じていること自体が、これから変わっていくための出発点にもなります。
昨日より少し長く歩けた。
前より少し楽に身体を動かせた。
今日は運動するために靴を履けた。
そんな小さな前進にも、十分な意味があります。
劣等感は、自分を止めるためだけのものではありません。
「もっと良くなりたい」という気持ちに変わったとき、前へ進む力にもなります。
他の誰かと同じになる必要はありません。
まずは今の自分にできることから。
自分自身のペースで、一歩ずつ前へ進んでいきましょう。










