1世紀半と2000マイルを超えて ─『カラマーゾフの兄弟(中)』(ドストエフスキー)─ | 出会った言葉たち ― 披沙揀金 ―

出会った言葉たち ― 披沙揀金 ―

「披沙揀金」―砂をより分けて金を取り出す、の意。
日常出会う砂金のような言葉たちを集めました。

 当時のロシアの社会の歪みを描いている『カラマーゾフの兄弟』。しかし、それは、遠い過去の外国の話ではありません。

 

 三男アリョーシャの師であるゾシマ長老の話から。

 

 …科学の中にあるのは人間の五感に隷属するものだけなのだ。人間の存在の高尚な半面である精神の世界はまったく斥けられ、一種の勝利感や憎しみさえこめて追い払われているではないか。

 

 …欲求増大のこんな権利から、どんな結果が生ずるだろうか? 富める者にあっては孤独と精神的自殺、貧しい者には妬みと殺人にほかならない。それというのも、権利は与えられたものの、欲求を満たす手段はまだ示されていないからだ。

 

 …必要なのは、偶然のものだけを瞬間的に愛することではなく、永続的に愛することなのである。偶発的に愛するのならば、だれにでもできる。悪人でも愛するだろう。

 

(ドストエフスキー、『カラマーゾフの兄弟(中)』より)

 

 科学第一主義と、うわべだけの権利の保障、そして刹那的な生き方への批判。1世紀半の時と2000マイルの距離を超えて、私たちに問いかけているようです。 この普遍性が、この小説を「人類文学の最高傑作」と言わしめているのでしょう。