陣地の見張り番としてたむろしていた雑兵たちのところに、「あと八日のうちに、和平が訪れるらしい」という噂が届きます。沸き立つ雑兵たち。
その中で、ずっと空を見ていた一人の老いた雑兵がつぶやきます。
「・・・ああ、嬶(かか)の顔が見とうなったわ。子どもらに会いとうなったぞい。あの鳶(とんび)を見い、鳶でさえ、夫婦で子連れや。八日の先が一足とびに来ぬものかのう」
(吉川英治、『新・平家物語(十一)』より)
ここに好んで戦っている者などいません。妻や子どもを思い、家族と過ごすことを一番の幸せとする人ばかりなのです。だから、平家物語は、戦いのおぞましさ、醜さよりも、人生の悲哀を感じさせます。
まさしく、古典の冒頭の詞章が、物語を包んでいるようです。
祇園精舍の鐘の声
諸行無常の響きあり
娑羅双樹の花の色
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