囲碁・将棋が強くなりたいと願う小学5年生の男の子が、小遣いを全部はたいて、囲碁・将棋の本を何冊も買ってきました。大人向けの本も混じっていたのですが、男の子は寝る間も惜しんで読みひたり、とうとう全部読み終えてしまいました。
「まったく、その時は実に生き生きとしていて、目の輝きまで違うのです。勉強もあんなふうにしてくれればいいのですけれど…」とお母さん。
その子が中学校3年生に成長しました。囲碁・将棋はかなり上達し、大人をかたっぱしから負かすそうです。そしてさらに、彼は野仏に興味をもち始め、地図とガイドブックを片手に、東京近郊の山野を歩き回っているそうです。
お母さんは、「ちっとも受験勉強をせずに、本ばかり読んでいます。私には分からないようなこむずかしい本を…」と苦笑しながら、まんざらでもなさそうです。
この男の子は、囲碁・将棋が強くなりたいという思いを、本から学ぶことで現実のものにしました。本が自分を変えてくれるということに味をしめた経験は、他のことにも波及していきます。男の子は、きっとこれから先もずっと本とつきあい続けていくことでしょう。
この男の子のような大きな変化でなくても、本を読んで心が洗われた、新しいことを一つだけ知った、またもう一冊本が読みたくなった・・・など、自分の小さな変化に気付くことができれば、きっと自分から本に手を伸ばす人に育っていくのでしょう。
近所の行きつけの本屋が、また一つ閉店しました。紙の本は、もう時代遅れなのでしょうか。本屋さんはやっていけない時代なのでしょうか。
この男の子のような子どもが、その救世主なのになあと思ってしまいます。
※この男の子のエピソードは、『国語教室の実際』(倉沢栄吉 他 編著、教育出版、1982年)に掲載されていたものです。