廃線間近の幌舞線の終着駅で45年間、旗を振り続ける乙松。
17年前、生まれてふた月の娘を病気で亡くした時も、妻が危篤の時も、旗を振り続けていました。
(したって、俺はポッポヤだから、どうすることもできんしょ。俺がホームで旗振らねば、こんなもふぶいてるなか誰がキハを誘導するの。転轍機も回さねばならんし、子供らも学校おえて、みんな帰ってくるべや)
ある日の夕方、幼い女の子が、幌舞駅へ姿を現します。
真夜中には、女の子が忘れて帰ったセルロイドの人形を取りに、お姉さんと思しき小学校6年生の女の子が、
翌日の午後には、そのお姉さんらしい、おさげ髪の女子高校生が、乙松のもとを訪れます。
この短い、40ページにも満たない短編の間に、私の心は、いつも幌舞駅に運ばれていきます。
そして、いつも同じ場面で涙します。
「・・・おめえ、なして嘘ついたの」
凍えた窓に、さあと音立てて雪が散った。
「おっかながるといけないって、思ったから。ごめんなさい」
「おっかないわけないでないの。どこの世の中に、自分の娘をおっかながる親がいるもんかね」
「ごめんなさい。おとうさん」
乙松は天井を見上げ、たまらずに涙をこぼした。
「おめえ、ゆうべからずっと、育ってく姿をおとうに見せてくれたってかい。夕方にゃランドセルしょって、おとうの目の前で気を付けして見せてくれたってかい。ほんで夜中にゃ、もうちょっと大きくなって、またこんどは美寄高校の制服さ着て、17年間ずうっと育ってきたなりを、おとうにみせてくれただか」
少女の声は降り積む雪のように静かだった。
「したっておとうさん、なんもいいことなかったしょ。あたしも何ひとつ親孝行もできずに死んじゃったしょ。だから」
乙松はセルロイドのキューピーを胸に抱いた。
私の一番好きな作家・浅田次郎さん。
浅田次郎さんの世界に初めて導いてくれた「鉄道員」。
この作品に先んじて、浅田次郎さんのほかの作品を取り上げることはできませんでした。