今日は、
アドラーの指摘する
英雄陶酔から覚めて挫折した
有能な男性を例に、
自分の失敗の責任を他者のものと
無意識にしてしまう状況
について
書きました。

失敗すると対人関係を
避けたくなりがちです。

なぜなら、
対人関係を持たなければ
失敗もしないと思ってしまうからです。

しかし対人関係を持たないことは
孤立することであり、
孤立とはアドラーいわく
「社会的な死」です。

そんな孤立へと
向かわないためにも
これを知っておくと役に立ちます。

目次
・男性が父親と関係悪化するまで
・英雄陶酔から覚めて挫折するまで
・責任、そして改善


■男性が父親と関係悪化するまで

アルフレッド・アドラー
自らの失敗を他者の責任と
無意識にしていること

ある有能な男性を例に
説明しています。

この男性は教師の父親に、
非常に厳しく育てられました。

父親は彼に
何でも一番になるよう
求めました。

この男性は父親の求めに応じ、
努力してその期待に応えました。

そうして非常に有能となり、
仲間からは愛すべき存在と
目されていました。


18歳のときに変化が起きます。

この男性は
人生のあらゆることから
退却したのです。

どんなことにも退屈し、
いつもイライラして不機嫌で、
友人の友情も平気で踏みにじりました。

そして対人関係を避けて
部屋に引きこもるようになりました。

この男性の周囲の人たちは
この態度に怒りを覚えました。

父親も例外ではなく
怒りを覚えました。

しかし、父親は、
子が部屋に引きこもるのは
勉強に集中できるから、
子に勉強させたい自分としては
好都合だと考えました。


その後、この男性は
医師の治療に通います。

そこでこの男性は
父親が自分の人生を台無しにした。
そのため自信も勇気も湧かなくなったから
部屋に引きこもって孤立した人生を
過ごすしか自分にはできなくなった。

と説明しました。

治療の間も引きこもっていたため、
大学は通うこともなく落第しました。

引き続き話を聞いていると、
人生が崩壊し始めたきっかけは
友人に嘲笑されたとき」と
話してくれました。

友人と
ある特定の学科についての話の中で
自分の知識がほとんどないことを
その友人が嘲笑した、というのです。

そこから似たことが続いて、
その嘲笑に耐えられなくなり
対人関係を持たない方がマシと思い、
孤立への道を選んだことが
わかりました。

そしてこの男性は、
こうなったのは
すべて父親の責任だと
繰り返し話しました。

その後この男性は
父親との関係を
悪くしていくことになります。

■英雄陶酔から覚めて挫折するまで

この男性は、
父親の期待に応えることで
自分の居場所を得ていました。

これをアドラーは、
英雄理想と呼んでいます。

この男性は、
競争に勝利することで
居場所を得ていた感じですが、
競争に勝利できなくなると
その居場所がある感覚が
減ってしまうので、
それに耐えられなかったのです。

事実では
勝ちたいけど、負けた
との状況ですが、
この男性は
父親さえちゃんとしていたら
自分は本当は勝てたのだ

としたいのです。

責任を父親にあるとすれば
自分の責任ではなくなり、
嘲笑する方が間違っている、
とできると信じたのです。

勝利が続くうちは
何も怖くなく、
自分が英雄であると思えます。

これが英雄陶酔です。

でも、
勝利できない事実を得ると、
その英雄陶酔から覚めてしまうのです。

競争ですから、
勝つこともあれば
負けることもあるけれど、
この男性の中では
負けることはありえないこと
となっていたのです。

そのため
「負けた」という事実を
自分以外の責任にすることで
本当は負けていない」と
したかったのです。

そして敗北しない状況を
得るためには、
そもそも対人関係を持たなければ
勝つこともありませんが、
負けることもないため、
引きこもって孤立することを
選んだのです。

でも、
「負けたくないから孤立した」
では英雄として恰好がつきませんから、
「父親のせいで
孤立せざるを得なくなった」
とするほかないと信じたのです。

さらに、
すべて父親の責任にすることを
意識的にやったとしたら
それこそ恥ずかしいことだと
この男性は知っていたのでしょう。

だから、
孤立を選ぶまでの思考過程を
この男性は無意識の中に
とどめているのです


意識化することは
孤立の妨げになるだけで、
役に立たないからです。

この状況は、
自分で自分を
あざむかないといけないくらいに
追い詰められていた、
と推測できます。

父親の厳しい教育
こんなにもこの男性を
追い詰めることとなったのです。

■責任、そして改善

無意識にしろ、
失敗を回避すべく孤立するために
部屋に引きこもることを選んだのは
この男性自身です。

だから、
孤立することになった責任は
直接にはこの男性自身にあります。

しかし、
幼い頃から厳しい教育を
受けていたことで、
自分の居場所を得る方法が
他者との競争に勝利する
となってしまったことについては、
父親に責任があるのです。

この父親の教育は
間違っていたのです


教育の目的が、
子どもの感じるしあわせを
増やすことになっておらず、
父親自身の感じるしあわせばかりを
増やすことになっていたのです。
(「相手より自分優先」な父親)

もしこの父親が
子どもの共同体感覚
発達するように接していたら、
適切な教育となり、
子どもが孤立することなど
なかったでしょう。

父親が
この男性に孤立をやめて
しあわせに生きて欲しいと望むなら、
「自分より相手優先」となって
この男性の共同体感覚が
高まるような接し方をすることです。

共同体感覚とは、端的にいえば、
自分の居場所がある感覚です。

共同体感覚が高まれば、
「他者との競争に勝利する」
がなくても自分の居場所を
得ることができます。

競争せずとも
自分の居場所を得られることを
この男性が理解できれば、
孤立のために引きこもることは
不要なものとなります。

なぜなら、
対人関係を持ったとしても
相手と「勝利・敗北」ではなく
協力」によってつながることが
できるようになるからです。

つまり、
他者と一緒にいることが
とても楽になるのです。


厳しい教育と
役に立つ教育については
この記事に書きました。
厳しい教育には二重の害がある


失敗する教育については
この記事に書きました。
大人がする、子どもの教育の失敗


適切な教育については
この記事が参考になります。
子育て・教育の目標
子が服従しないと嘆く親 ~不適切な教育をしないために知っておくと役に立つこと






お読みいただき、
ありがとうございます。

プロコーチ10年目、常楽でした。



























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