■子を産めるけど産まない

アルフレッド・アドラー
頭痛によって結婚相手を得た女性との
やりとりにおいて、頭痛以外についても
指摘しています。

それは、その女性が
自分は心臓が弱いから子を産めない
と言っていることについてです。

その女性の感情の緊張は
心臓にも負荷をかけて
動悸という症状を表出させました。

その女性は妹が生まれたことで
母親の愛を奪われた経験があり、
今度は自分が子を産めば、
周囲の人からの愛を
その子がすべて奪ってしまうのでは

怖れていたのです。

しかし、
子に愛を奪われるのが怖いと
まさか正直に話せるはずもなく、
「子を産めるけど産まない自分」が
正しく見えるような状況

必要になります。

そこで利用したのが
心臓の動悸です。

ただ、
本当に心臓の動悸があると
劣った人と見られる怖れもあるため
心臓の動悸は朝と夜だけあり
その他の時間は身体の調子は
とても良いと言ったそうです。

また、その女性の妹
比較的裕福な男性と
結婚することになっていたので
きっと子を産んでも経済的に
何も問題を感じない
と見えました。

一方自分は、あまりに貧しいため
とても子を産み育てられる
経済状態ではありませんでした。

お金がないから子を産めないとしたら
妹に敗北することになる
ため、
そこでも
「産めるけど産まない自分」を
正しいとするもっともな
理由が必要だったのです。

そうすれば妹に勝利できずとも
敗北することもない
わけです。

そこでも心臓の動悸
役に立ったわけです。

妹に勝利する、という目的
その女性の関心を
自分自身に向け続けます。

そうして自分のことしか考えず
他者のことを思う余裕もなく、
さらには、誰も自分のことを
わかるはずもないと
心を固く閉ざして、
本音と建て前が大きく
違ってしまうようになり、
結果、孤立してしまったのです。

しかし、アドラーに対しては
自分は妹に勝利したいこと
そして、
自分は子を産みたいけど
実際に産める経済状態ではないこと

わかってもらっていると
感じていたので、
全面的ではなくとも
アドラーには心を開いていたと
アドラー自身は感じていたようです。

それをアドラーは振り返る中で
「彼女は、私が彼女の共同体感覚を
発達させたいと願っているのを
知っていたから。」
と示してくれています。

またアドラー
女性が子を産むかどうかについて
「私個人の信念であるが、
それは全面的に女性に委ねられるべきだ。」

と言っています。

それは子を産む女性の
共同体感覚が低かったり、
子を”愛を奪い合う敵”と感じたりして
どうにも子を愛せないような
状態であれば、
子どもを上手に育てることは困難であり、
当の本人が産みたいと思っていないのに
他者がそれを勧めることには意味がない

考えるからです。

女性がそのような状態にあれば
その女性の共同体感覚を高めたりして
社会的に適応できるようになっていくこと
で、
やがては誰に求められなくても
自発的に女性は子を産みたいと
思うようになる、と信じるからです。





お読みいただき、
ありがとうございます。

プロコーチ10年目、常楽でした。




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