人生は相手次第より
自分次第で生きる方が
楽しいです。

自分次第で変えられるものは
限られますけど、

その限られたものを
広げていこうとすることで

鉄を熱して
理想の形にしてから
冷ますとその形に
なっていくように

人生も
理想へと近づきます。



2歳くらいの頃、
私は相手次第ではなく
自分次第で人生を
ぐんぐん切り拓いていました。

何か欲しいものがあれば
欲しいと要求し、

嫌なことがあれば
嫌だと拒絶する。

創造性に富み
夢にも希望にもあふれ
願望はすべて実現できると
確信していました。

世界のすべてが
自分次第で構築されてました。



成長して
認識できるものや
理解できるものが増えると
親が何を言っているのかが
わかってきます。

小学生になり
親から
「言う通りにしないと見捨てるぞ」と
脅されてから
無敵だった自分次第が
使えなくなります。



親の希望通りにしてると
親は喜ぶか、何も言わない。

親の希望通りでないと
親は悲しむか
怒りを見せるか、
それでもダメなら
「見捨てるぞ」と脅す。

親を喜ばせたい自分は
自分次第を減らして
相手次第を増やします。

親の顔色をうかがって
自分の行動の可否を
判定するようになりました。



自分次第の領域は
ぐんぐん減って
親が入ってこない
当時好きだった
プラモデル作りくらいに
なりました。

逆に見れば
他の領域は
親が私に無断で
立ち入ってくるため
自分次第な自分でいると
危険だったわけです。

まるで
調教されたかのような状況です。



親の言う通りにすれば
うまくいく、と言われ
その通りにやってみて
本当にうまくいけば
そういう教育だったのか、と
わかります。

親に感謝を感じるかも
しれません。

しかし私の場合は
親の言う通りにすると
周囲の人の嘲笑され
恥ずかしい思いをすることが
ほとんどでした。

自分の言う通りにしろ、と言う
親の言う通りにしないと
見捨てられる=死ぬ。

でも、
言う通りにしてると
恥ずかしい思いばかりが
積みあがる。
生きて行けると思えない。

その
「恥ずかしい思いをする」
という犠牲を払い続けると
生きてはいけるけど、
自分次第な自分は死んでる。

まるでウォーキングデッドです。

自分の選べる権利を
親に譲ってしまったために
苦しい思いをしてました。



中学、高校、大学、
相手次第を優先する生き方を
続けます。

そして就職。

営業職だったので
売れるか売れないかは
お客さん次第。

そんななげやりな
自分だったのですが、
そこで教えられたのは

「買うか買わないかは
お客さんが決めることだが、
条件を整えることができたら
お客さんは必ず買う」

ということでした。

え?
それって自分次第ってこと?
と衝撃を受けました。

自分を引っ込めて
相手の言う通りに
なるべくすることが
今までの生存術でした。

でも、この営業職に就いて
その前提が変わりました。

そしてこれを機に
「自分は変われるかもしれない」と
希望を感じていました。



実際に
自分のできることを
できる限りやってみると
本当にお客さんは、
買ってくれました。

お客さんが買う条件を
整えることができた、
ということです。

自分次第で生きられた、
ということです。

はじめは
お客さんが
買っても買わなくても
固定給が出るから
親と関係しないで
生きていけるから、いいや、
くらいに思っていたけど、

実際に売れるとわかると
うれしくて、
苦しい思いもしましたが
平均以上に売れて
半年で係長に選ばれる状況に。

今まで感じなかった
「頼もしさ」を自分に
感じてました。



○○があったから
今の自分はこうなんだ。

そう思うと
自分には選択権が
ない状況になります。

でも、それは事実では
ありません。

選択権は
あるからです。

今の自分を正当なものとして
周囲に示したいときは
つい自分には選択権がないと
言いたくなったりしますけど、
同時に相手次第な生き方に
なってしまいます。

そんなとき、
自分次第な生き方をするのは
困難と感じてしまうかもしれません。

その困難に立ち向かう力が
勇気です。



相手次第な生き方は
勇気いらないし
負う責任すくないし、とかで
楽かもしれません。

でも勇気を使って
自分次第な生き方をするのは
ちょっと大変かもしれませんが、
本気で楽しい気持ちを
感じる瞬間が必ずあります。

生きてる実感が
多いのは
自分次第な生き方です。







お読みいただき、
ありがとうございます。

プロコーチ8年目、常楽でした。



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