*ネタバレ苦手な方は避けて下さい。

 

 

ーーー

 

 

145p

「もし昨日カンティラ大通りで、劍一本で鉄片を切り落としながら人々が逃げる時間を稼いでくれた軍人とはあなたのことですか」
カンティラ大通りは何処を示すのかローランには知るはずも無かったが、鉄片を切り落としていたら別人である可能性は低い。ダビドがローランを見渡した。


「そんなこともした?」
「切ったのは私だと思いますが実際に解決したのは。。。」


魔法使いはがたんと立ち上がると身を屈めて礼を示した。


「心から感謝致します。助けてもらった人の中に私の弟子たちもいました。あなたがいなかったら多くの人が手も足も出ないまま死んだはずです」
「。。。」


突然空気が変わったため、貴族と高位管理も黙って空気を読もうとした。外国人が自国民を助けたならまず感謝するべきではあるだろう?ローランも呆れるのは同じだった。確かに人助けはしたけど、この状況でいきなり。。。
魔法使いが感謝を繰り返し、残り二人も言葉を足しながら話はどんどん大きくなってきた。つまりローランは全ての鉄片を刀で切ってかき消した人になる危機に瀕した。相手はルグランの宮廷魔法使いであるディミトリスと言ったが、聞くところその場に居た人々の相当数は高位高官の子女だったらしい。
 

「待ってください。何か思い違いがあるようで」
 

ローランが耐えきれず訂正しようと口を開くと、ダビドが目配せをしながら囁いた。
 

「ちょっとじっとしてみて。うまく行ってるだろう。通行証よりもいいものが出そうだ」

 

 

176p

マキシミンには最後にやってみたいことがあった。懐に入った彼の手が焦げたバイオリンの弦を取り出した。それを覗きながら言った。
 

「我らの名を。。。溶かしたまえ。。。」
 

ローランがマキシミンをちらりと見た。何をするつもりだ?魔法?
だがすぐには何も起こらなかった。弦はマキシミンの指先に無様に曲がったままでぶら下がっているだけだった。
 

「ふむ、ごほん。屍を喰って。。。」
 

何故こんなに大げさに言わないといかないかも思ったが、もうすぐ死ぬなら阻むこともないだろう。すると決めたから最後までするつもりだったけど、なぜか言う速度はどんどん早くなった。
 

「。。。そだったこたちよおまえとわれはしょめつせねばならぬるんは。。。」
 

そこで、外衣の内側から何かが染み出てきた。最初には黒い斑に見えたが、布を通過して膨らんでは滴のように形を結んだ。
マキシミンは驚いて素早く上着を覆してみた。そうするともう穴が開いた白い包がぽんと落ちて転んだ。これは何だったのか記憶を探ると、1拍遅れて審議会議場でプリシラに渡された包が思い浮かんだ。何気なく受け取って懐に押し込めた小さくて軽い包のことを思い出すには昨日の一日でとても沢山のことが起きた。
そこから出たあれは何だ?いったい俺に何を渡した?
 

(中略)
 

「今何をなさってるんですか?」
 

魔法だろうと考えたローランが慎ましく聞いたけど、マキシミンは答えられなかった。彼もまったく知らないからだった。なぜ指先から落ちないのか、なぜこれらは自分で集まって渦巻くのか、いまから自分は何をするべきかも。
その時頭の奥底から得体の知れない霊感が閃光のように飛び上がった。これはまるでチョコレートじゃないか?
マキシミンは足の先で落ちている包をぽんと蹴ってみた。がちゃがちゃ音を鳴らしながら機械の付属装置みたいな物たちが出てきて。。。彼は一目に分かった。何でかもう百年前だったみたいに感じられるネニャプルの下の村にあった飲み屋の片隅探偵だった頃、マルベリ・パイクというやつから押収した拳銃、それの一部だった。
それをじろりと見ていたマキシミンは奇妙な予感に捕らわれたまま言葉を結んだ。
 

「。。。子供たちだけのものである故」
 

ヒュッ、奇妙な風の音が響いた。まるで息を長く吸い込むような音だった。マキシミンはチョコレートの塊を見ていたが、ローランの視線は前を向いていたので早く気が付いた。遠く、10歩くらい前まで近づいた巨大な竜巻の一部が乱れ始めた。奥から新たな流れが産み出されては風の柱を撃ち抜いて出ようとした。少しの間の後、勝利したあれは長い蔓の手みのようなものを伸ばしてはマキシミンに向かって矢の如く迫ってきた。
ローランがマキシミンの前を立ちふさがった。するとその流れは二筋に裂かれてはローランを避けマキシミンの指先に吊しているチョコレートの塊に向かって殺到し、そのまま吸い込まれていった。
 

「ふっ!」
 

鈍重な衝撃がマキシミンの腕と肩を揺さぶった。他の手で支えようとしてみたが、かなわなかった。ふらついて後倒しするとローランが駆け付けて腕を掴んで体を支えた。そのうちにローランにもはっきり見えた。マキシミンの指に吊している黒い塊の中に吸い込まれていく竜巻の正体。そのなかには鉄片などなかった。とても小さい欠片たちであるそれは。。。ただの砂風だった。全て粉砕されたというのか?
その瞬間にも竜巻は屋根の近くまで来ている。強い風が周辺を荒すと瓦らが一斉に割れて舞い上がった。それを見たローランは中大な魔法を使っている魔法使いを保護するべきだと判断した。瓦の欠片一つでも飛んできてぶつけたら頭が砕けかねないし、そうなると魔法もだめになるだろう。
 

「。。。」
 

マキシミンを囲んだ空中にぼやけた結晶の形が広まり始めた。残った気力を尽くしているためいつもより遅かったけどとにかく何か出来ていた。自分の生存は諦めたようなものだったが、いますぐ必要なことならするほかない。
中身がチョコレートの塊に抜き出すと竜巻は堤が壊れたように揺るぎながら形を乱された。決めた方向を失い狂って暴れる力に周りの建物や木々が裂かれた。
風の出すひどい轟音に耳が世界と遮断されると、マキシミンはむしろ何も聞こえないような錯覚に捕らわれた。
違う、聞こえる。音ではない、消去が。

生まれ立てた子達よ
世界は君たちのものであった
貪欲な者たちを
沈黙させよ
永遠に



206p

「あんたさ、ケルティカで一緒に行動したっていう子のこと」
 

マキシミンはイスピンがオルランヌの公女であることはリチェに話さなかった。リチェには、不思議な力を持って問題の兆しを早く見抜いた子、それくらいの認識にされてるだろう。だから何も特に彼女に関して聞くとは思わなかったけど。
だが続く言葉はもっと予想外だった。
 

「かわいいよね?」
 

飲もうとした酒がマキシミンの喉に詰まった。ぐっと堪えていたくしゃみが結局吹き出されるとリチェが優しく背中を叩いてあげながら続いた。
 

「図星で慌てるのは分かるけど、反応がクラシックすぎない?」
「。。。お前は一体なに言ってんだ。根も葉もなく」
「あんたは前からあんただけが賢いと思ってたよね。あんたの説明を聞いたのは一日二日じゃないんだもの」

 

 

211p

「お黙り。私が振ったのよ」
 

目が会った。しばらくどっちも喋れなかった。リチェは上気した顔で唇をぐっと閉じて、マキシミンは片方の眉を歪んで呆れた顔をしていた。乱雑な頭の中でもそろそろピースが揃っていった。あいつ、これなのに俺に何も言わなかったな。言えなかったんだろうか。いつ頃の話だ? いや、聞かなくても分かる。その演劇を始める前だったろう。グループに狂と呼んでいいくらいの追従者たちが出た理由も分かった。綺麗さっぱり振られたのが人生初めてのことだから手加減ができなかったんだな。くそデモニックめ。
そこまで考えたら口がもっと悪くなった。
 

「ふざけてやがる。一度振られたからって素直に下がったやつの方が馬鹿だろう」
 

妙に落ち着いたリチェが顔を上げた。
 

「それだけではない」
「じゃ?」
「私が。。。イネスのこと話したから」



226p
 

「私はそいつらを消したわけじゃない。別のところに飛ばしただけだ。それも永遠ではない。だから何も終わっていない。そもそもコレは魔法で解決できるものじゃない」
 

ローランが口を開いた。
 

「ならそれを終わらせることが可能な人は。。。」
「そうだ。お前たちの国の公女様しかいない」
 

ローランは答えなく口を閉じた。彼はいつもの様子に戻ってはいたが、重い病気の病み上がりの人みたいに頬も顎も痩せていた。変わりにダビドが口を開けた。
 

「申し訳ないですが、それが出来る人がこの世に一人しかいないとどうして確信されるのか伺っても?」
 

礼儀正しい質問に対してもジュスピアンは容赦なかった。
 

「貴様は大魔法使いの称号はサイコロ投げて得るものだと思っていないか?」



241p
 

「俺はあの子行かせません」
 

するとジュスピアンはマキシミンを見つめてはオルランヌ人たちを見たけど『いま言ったあの子ってオルランヌの公女であってるな?』と聞いているような眼差しだった。続いてローランも言った。
 

「大公国の偉大な後継ぎである公女は何があっても安全に守られなければなりません」
「世界が滅んでも?」
 

ジュスピアンが皮肉の隠った目で睨んだがローランは無表情に答えた。
 

「然様でございます」
 

ジュスピアンはマキシミンとローランを交々睨んでは急にぷっと笑った。
 

「だろうな。世界など知るか。大事な人を守らなくてはいけないだろう。もっとも、世界が滅ぶ時にその方だけ除いて滅ぶわけにはいかないだろうが」