父はある葬儀屋さんの会員になって積立をしていたので、弟がそこへ連絡してくれたのですが、実家の近くの葬儀場は予約でいっぱいで出来ないので、少し遠いけど同じグループ会社の家族想ホールリアン道後という場所へ遺体を運んでもらうことになりました。そこでも葬儀は6日になるのが最速だということでした。


霊柩車に乗せられた母と共に父は乗って向かいました。私は弟の車で、霊柩車の後を追いました。

妹へは弟が連絡してくれてました。

娘からスマホの位置情報が県病院になってるけど?ってLINEが来たので、ばあちゃんが亡くなった…って伝えました。すぐさま、え?って来ました。息子にもディスコードしました。

あと、ケアマネさんに明日のデイは行けなくなったことをデイに伝えてもらおうとLINEしました。


リアン道後に着いて、先に入った父が二つある部屋のどちらがいいか、選んでました。父はなんだか、魂が抜けてしまったようになってました。


この日は臨時の担当の人が来て、宗教はどこか?お寺さんはどこにするかを、そして葬儀の時間の予約をしてくれました。

父が真言宗なので、母もそうなりました。

実家の近くの安楽寺というお寺が真言宗だということでそこに決まって連絡してもらいました。


母は葬儀の日まで、ここでドライアイスで冷やされ続けることになってしまいました。私達はそれまで母と過ごせるわけだけど、母は冷たいだろうなと気の毒で仕方ありませんでした。

2日なのに、3.4.5.6…5日の19:30からお通夜ということになりました。

この日、母さん一人をここにおいて帰るのは忍びないけど、父は何かと、もう帰ろうと言い出しました。

 

弟が来てるから車ではなく自転車で実家へ行っていたので、私も実家まで帰ったのだけど、戻ってみるとテーブルの上には朝の時のまま、母さんの食べ残した食パンのかけらが残ってて…

毎日、母さんのことを思っていたのに最愛の人なのに、助けるどころか無理強いさせて死に追いやってしまったのは私だ!ってミスばかり起こしてこの日に死なせてしまったのは私だ!って考えが浮かんで、

母さん、ごめんなさいごめんなさいって夜通しくるくる朝からの場面が頭の中を回り続けました。


魂の抜けたようになった父にもごめんなさい、父さんごめんなさい。

父は献身的な介護ぶりだったんです。ほんとに。それが父の生きがいみたいになってました。

トイレになかなか行こうとしない母を椅子から立ち上がらせて

♪行きましょう〜行きましょう〜🎵

桃太郎の鬼ヶ島へ行く時の「ももたろうさん」って歌の替え歌を作って、かずちゃんいきましょう〜♪ってトイレに誘導したり、

私が毎朝やってくるので、その前に、言葉を忘れて来てる母に「ちえみちゃん、いらっしゃい」っていうんぞっておしえてくれてたり、お向かえのデイの車に乗せる時は、スタッフの人に任せず、父が必ず母のお尻を持ち上げて乗せてました。

デイに行く前に必ず、母の髪の毛をとかしていたし、マスクもつけていたし…

母の髪の毛を切る時は洗髪もしてたり…

スーパーで母の服や下着を選んで買って来たり、おかずも母の喜びそうなものを選んだりしてたようです。


母の存在は父にとって、私にとっても、ものすごく大き過ぎる日常生活だったから

信じられない思いが続いてました。


3日の朝はデイが始まる日だったので、既読のつかないケアマネさんのLINEを見てて、デイに直に電話しなきゃって思い始めてたら既読がつき、連絡取れました。

ケアマネさんも母に会いたいと言ってくれ4日の午後にリアン道後に来てくれることに。



3日は、弟の車で父と3人で朝から母の待つリアン道後へ行ってました。12時頃、広島の福山から妹夫婦が駆けつけて来てくれました。

妹に申し訳なくて…

謝らなきゃって思って待ってました。

午後、葬儀屋の担当の方と打ち合わせをしました。


仙台に単身赴任中の弟だったので3日の夜、一旦岡山の自宅へ戻って来るというので、4日の朝、父がひとりきりなので午前中私は実家へ。

妹はひとり、母の眠るリアン道後に泊まっていました。妹の連れ合いのたっちゃんは福山へ日帰りで何度も往復して来てくれることになりました。


午後、ケアマネさんと約束あるので、その時間までに行きたいけど夫が車使うからって思って娘に頼みました。が、なぜか夫も温泉後、リアンに寄ってみると言い出して…

部屋に引きこもりがちな息子をなんとか、ばあちゃんに会わせたくて説得し続けて4日が一番、人居ないからって誘って了解してくれたのに、息子が避けてる父親がよりによって来ることに…


午後は娘の車で息子も乗せ実家の父を迎えに行き、リアン道後へ。娘の夫のリューくんも。

この日は、葬儀の時、流す想い出の写真のDVD作りの為の写真を私が選んで担当の方と打ち合わせもしました。

お寺さんに、母のことを知ってもらう為のアンケート用紙のようなものに、母についてのことを書いたものも渡しました。

そういうもろもろの作業は、まだ母の死を信じられない中で進ませていかなきゃならなくて…

けど、残された者にとってそれが大事なことなんだなって今となっては思います。

母のことを考える時間が悲しみさんを寄り添わせてくれる感じかな。


約束通り、ケアマネさんも訪ねて来てくれて話しました。妹の職業もケアマネージャーなので一緒に話しました。

母のケアマネの清水さんとはもう長い付き合いです。認知症になってからだから8年は経過してます。毎月訪問してくれてました。母とグットコンビでした!



ケアマネさんとの会話が長くなって、息子、一人で居心地悪くなってるだろうなという心配が心の片隅にありました。


帰りは娘が息子を乗せて帰ってくれることに。夫が車で来たから私と父はうちの車で帰ることに。

娘から聞いたのだけど、リューくんがお父さんがじぃちゃんを差し置いてマッサージ椅子使いよるん見てびっくりしてたって。


5日は19:30からお通夜だけど、13:30に美装納棺があるので、見学もできますというのを聞いて夫も来たそうにしたけど、単なる興味本位で来てほしくないって思いました。妹が女の人じゃけい裸になったりするわけやけん…って言ってくれて、夫、あっそれやったらって、…やめてくれてよかった〜


実際は、病院で着せてもらってた衣の上から白装束を着せてもらいました。シャンプーやお化粧も。長い間、ドライアイスで冷やされ続けて、耳の辺りはもう色が変色しかかってたのを自然に見えるようにしてくれました。手に被せるものは、妹とふたりでそれぞれ右手と左手をプロに教えてもらって結ぶの、させてもらいました。

父はじっと見守ってました。


口紅も選ばせてもらえてつけてもらったけど、なんだかお化粧した母の顔は違う人みたいに見えました。

納棺も手伝いました。

棺の中に横たわった母の顔は別人になって見えました。

父も納棺師の人達の前では、綺麗になった〜写真撮っとけ〜って言ってましたが、

その方達が帰られた後は、化粧せん方がよかった…って…


お通夜には、妹のとこの長男のナオくんが連れ合いも一緒に広島から来てくれました。ほんとは母も彼らの2月23日の結婚式に出席する予定だったのです。

父が、ナオくんに、結婚式楽しみにしとったのに..,と言ってました。

娘夫婦も私と夫より早く到着してたので、

先にナオくん達と会って話してました。リューくんとは初対面だから紹介しようとしたけど。

ナオくんの花嫁さんに初めてお会いできました。


弟の連れ合いのさとちゃんとも久しぶりの再会でした。お通夜の前のお昼の時から再会してたけど、美装納棺の後の打ち合わせの後、ウチまで弟の車で送ってもらったのでした。車の中で、お通夜に来てくれる方に配る礼状の文を考えてくれるスタッフの人から、母についての質問に答えてもらいたいという電話が私にかかってくるので、それを待ってたらかかって来て話せました。自宅に着く前にかかって来てよかった。

弟が、母さんが編み物しよったの、知らんかったと言うので、今着てるこのセーターも母さんが編んでくれたものよって言いました。7つ下の弟だから、それぞれ母さんとの思い出は違うんだなって思いました。


私が質問に答えて作ってもらえたご会葬礼状は、こんな↓になりました。





「どうか何も心配せず

私たちを見守っていてください」

いつもニコニコと気さくに声をかけ、楽しくなると思わずボディタッチ。かと思えば、一人でいる方を放っておけず優しく声をかけて・・・そうして周りを明るくしてきた母でした。

しかしおっちょこちょいでもあったため、間違った電車に乗ってそのまま最後まで行ってしまったなど、思わず吹き出してしまうエピソードも数知れず。そんな母と一緒に過ごした日々には笑顔が溢れていて、セーターを編んでくれたりおそろいのワンピースや美味しいお菓子を手作りしてくれたりしたことも、幸せな記憶となってずっとこの胸の中にあります。

晩年は思い出せることが少しずつ減ってきていましたが、歌声喫茶にいくと、音楽と人の声に反応したのか嬉しそうに笑っていた母。

その姿を瞼の裏に浮かべれば、「ありがとう」の一言が自然と口からこぼれます。

母の口から聞くと不思議と安心できた

「大丈夫よ」という言葉を、今度は私たちから贈りたいと思います。

~子供たちより

令和七年一月二日、妻 廣中数子は、享年八十八歳にて生涯を終えました。

生前賜りましたご厚情に深謝申し上げます。

本日のご会葬 誠にありがとうございました。

略儀ながら書状をもってお礼申し上げます。

今和七年一月六日

親族一 同

本日は何かと混雑に取り紛れ不行属の段悪しからず御容赦下さいますよう

お願い申し上げます

家族想ホールリアン 謹製



と、こんなふうに書かれてました。質問に答えたことを元にスタッフの方が書いてくれた文章ですが、やはり自分の言葉でないので違和感…


けど、ありがたいことです。