お正月2日に、突然、あっけなく母が亡くなりました。呆然として涙も出ないまま…

五七日が過ぎた今も思いっきり泣けてません。

暮れに風邪を引いたようで動き辛くなってた母。微熱もあったので、運動をするデイは28日お休みしたのですが、30日のお風呂に入れてくれるデイには出かけていきました。ケアマネさんがいつも褒めてくれるくらい、母は二箇所通ってるデイに、ほとんど欠席したことなく、予定通りで皆勤賞ぶりに通ってました。

なのに、

全く日常生活のまま、すん!と突然消えてしまっちゃいました。一抜けた〜って感じで。


28日の朝、父が母の熱が37.5度あるんじゃって言って28日のデイはお休み。ベッドから起き上がって歩くのも辛そうだったので朝食とっていつものお薬飲んだ後はまたベッドへ連れて行って寝かせました。ベッドの側にしばらくついて見守っていました。実は私も調子悪くなっててクラビットを飲んでる最中で、もしかして私が母さんに風邪移した?って思いにかられてました…マスクせずに一番近くで接してたから…

夕方、もう自宅に戻ってた私に、父から電話あり、

薬局で買って来た薬飲ませたらすぐ熱、下がったわ!って嬉しびっくり状態で興奮した様子でした。

翌日行くと、その薬は解熱剤で、もう熱出てないのにまた飲ませたって言うじゃないですか.. 私はその薬は俗にいう頓服だから熱が出た時だけに飲ませた方がいいんよ〜

鼻水出てるけん、風邪薬飲んだ方がいいよ。一日3回飲んだりするのは、風邪薬の方で解熱剤じゃないよ!って父に説明しました。だからこれはもう飲ませない方がいいよって。

その時はとりあえずもう起き上がって椅子に腰掛けてる母を見て安心しました。


次の日、お風呂に入れてくれるデイのお迎えの人に、最近風邪引いて動きにくくなってます!と伝えました。

後から思ったのですがこの日も無理してデイに行かなくてもよかったんじゃないかって。なぜなら、その翌日、母、鼻水がたらたら出てたから。


31日は午前中は息子との約束があったので、お昼から実家へ。ちょうどお正月で帰省する弟もちょうど今帰ったとこ!って来ていました。

父が買い物に行くというのを弟が車に乗せて行くというので、風邪薬も買って来てって頼みました。母の鼻水が気になって、動きにくくて眠そうにしてるのは風邪のせいかと思ってました。

父の話では母がよー寝るんやけん…って言ってました。


その日夕方、私が帰る時、母にいつものように「また、明日ね!」というと、

「もう帰るん?…」(コレはいつものセリフですが)と、言って手を握ったまま、いつもと違って力強く握ってて手を離そうとせずしばらく

何も言わないけど無言でじっと、ずっと私の目を見つめてました。何かいいたそうで…その母の顔を見てたら何故か、不意に怖い思いが頭をよぎりました。母はこれが最後になるかもしれんって思ってるんじゃないかって…

「明日も来るけん!明日の朝ね!」

必死で変な想像は消し飛ばして母にそう言って、母も手を離してくれました。

うちに戻ってからも不安で弟にLINEで様子を聞きました。毎年恒例の弟の作る年越しそばを前にした写真、やはり父だけで、

母は寝てるって話しでした。


元日、ベッドに寝てる母のとこへ。起き上がれるようなのでいつもの台所へ。そしたらテーブルの上にあったバナナめがけて手が伸びたので、ちょっと一安心。食欲出てきたかな?って。弟も、「年越し蕎麦食べるか?作るぞ!」って。そうして、年越しそばを前にした恒例の両親の写真をパチリ!

それが、母の最後の写真となりました。


翌日の2日、玄関を開けると母はもう台所へ移動してて、弟も「今日は昨日より調子良さそうじゃ」って。

弟も帰省した時からずっと母が調子悪そうなのを気にしていたようでした。

12/18は、元気に歌声喫茶のY’sカフェにも行って押し車ゴロゴロ押して歩いて久しぶりに皆んなに会って笑ってたのに…








この日が、母さんの最後の歌声喫茶になりました…終わって駐車場まで押し車をコロコロ押して歩く時、いつも常連のお友達のようこさんが介添えして車まで一緒に送ってくれてるのだけど、そのようこさんが

母さんに、「いい娘さんやね」って母に言ってくれた時、母、「最高よ!」と言ってくれました…



風邪ひいたのかな?ってなったのは28日。ほんとちょっと前だったんよって弟に話してました。


私が行った時はもう朝からバナナ二つも食べて、いつもの薬も飲んだって言ってました。テーブルの上には食べかけの細かく切ってる食パン。

「風邪薬は飲んだ?」

父がそれは飲んでないというので、

風邪薬も飲んどこ!って言って残ってる食パンと一緒に母の口に運びました。

母はもう食べたそうではなかったのに…

私は薬飲ませて風邪治したいって思いが強くて、酷いことしてしまってました。

母にとって錠剤は飲みにくくて、液体でさえ飲み込みにくくなってるのに無理強いさせてました。

それなのに、私が母の口に持って行くと口を開けて頑張って食べてくれてました。


その日の朝のトイレも頑張って行き、紙パンツも履き替え、また台所へ戻る時、立ち上がって歩くのを私と弟が介助してる時、弟の顔を母がじっと何か言いたそうに止まったまま、見つめていました。弟の顔を目に焼き付けるかのようでした。


9時過ぎ頃、弟が帰る時間になり、母にその旨を伝え外へ出る用意を始めた時、私は

「母さん、たん(弟の愛称)が帰るんやて。お見送りしよ!」って立たせようとしました。立ち上がるのも大変そうなのに、母はわかっていて、立ち上がりいつものように見送ろうと動き出しました。それを見て弟も父も一緒に見守りながら玄関へ。

実家の玄関は段差があるので、靴を履くためには一度降りて、側にあるベンチのような椅子に座っていつも靴を履かせてました。その長椅子に辿り着くには、屈まないといけないのが、毎回、ゆっくり気をつけないといけない難関なのです。

何とか、下に降りて、見送りだけなのでサンダルを履いた母。

この時、弟はもう外に出て車を出そうとしてました。父も玄関ドアの外の方へ。


私は母を支えて玄関ドアを開け誘導してました。玄関ドアの内側で、母、足を止め動かなくなってじっと立ったままになってました。「どしたん?」表情は穏やかだけど立ちすくんで動かないので「外に出んとお見送りできんよ」待ってたら、突然、母の頭が上を向いて顔色が変わり意識消失してふらっと崩れ倒れそうになったので慌てて支えたけど、一緒に崩れ落ちて行くようになりそこで父も気づき、「どしたん!」父が来たので私は慌てて早く電話せな!!

救急車呼ばんと!ってスマホを取りに。

父は母を抱えながら、大袈裟に電話するな!って怒ってますが、私は母が脳溢血でも起こして気絶したのかと、その一瞬を目にしてたので、一大事と!父に「父さんがそう思いたいだけやろ!」って電話、けど間違えて110番にしてしまい、(アホな私です!時間がもったいない)あらため119番へ。その間にも父は「大したことない!電話するな!」

救急の受付の人の話では今混んでるので、到着が遅れるかもしれませんが…的なことを言ってるのに、その話してる間に、母の意識が戻り、フラフラしてる風なのに、母がこちらを、電話してる私を見たんです。

で、今意識戻って来たんでやっぱり、いいです。また気になったらすぐ電話します。と言ってしまい、切りましたが、その後すぐに今度は母が白目をむいて来たので悲鳴を上げて掛け直すことに。白目向いてるのにそれに気づかない父はまだ電話するなって、そこへ私たちが出て来ないので、車を途中で止めて駆けつけた弟の「電話せえー」の声掛けで再度電話して救急車呼びました。玄関先から玄関内の上り口下まで母を入れて、救急車が来るのを待つ時、母はまだ、ちゃんと息してました。肩を支えていた弟が、車を戻すけ、ちょっと代わってって言って戻って来てその時もまだふうふうと母は息してたんです。

救急車のピーポーピーポーが聞こえて来て、来てくれた!って思ったのに通り過ぎて別の所へ向かう車だったのかとがっかり。以前呼んだ時はすぐ来てくれたのに…

なかなか、来ないと思いました。

最初のをキャンセルした私のせいだ!私のせいだ!

混んでるなら尚のこと、キャンセルするべきでなかったのに!気絶したのを見たのに。自分の優柔不断さに嫌気が刺し、悔やまれました。母さんごめんなさいごめんなさい!最愛の人なのに、優先するべきは最愛の人なのに!


救急車がやって来て、案内する為に外へ。母さんから目を離したけど、その間に心臓止まっちゃったんだって今では思います。


救急隊員の方が、呼びかけて、反応ない母の首筋に指を当て「こりぁ、危険かも!」って他の隊員さんを大声で呼びました。

ひえー小さな悲鳴出す私..


急いで、母は救急車の中へ移動されました。靴持って来て!父は以前もそうだったので保険証やお薬手帳の入ったカバンを取りに…その時、父が「見送りに立たせんかったらよかったのに」と呟いてたのを耳にしました。私のせいだ!父さんごめんって思いました。


救急車の中入れるのは2人で、弟は車で後から行くって言ってくれました。

救急車の中で心臓マッサージ始まり、けど、胃からの内容物が逆流して気管の方へ入ってしまい、それを吸引しながらの心臓マッサージで…

いつ、食べました?

食パン食べましたか?そのまま、出て来よるんですが…

父が「あ、バナナが出よる」と呟いたのが聞こえ、私は心臓マッサージの波形が戻ることを祈ってるだけでした。

吸入しても後から後から出てくるんでー

甲斐がないというような隊員さんの言葉に、私のせいだ…食パン食べさせなければよかった…私が母さんを死に追いやってしまってた…


救急病院は母が乳腺外科に通ってた県病院でした。弟に県病院だよって伝えるためにスマホを探すもポケットにあったはずがない!結局後からわかったけど、家に忘れたんじゃなくて救急車の中へ落としてただけでした。

県病院へ着いて、母だけ運ばれ、私と父は受付して後は待機室。公衆電話から家に電話。待機室へ戻ってると救急隊員さんからの質問や話し、父は弟が来ないかと外へ探しに出て、迷子になって事務員さんが待機室まで連れて来てくれました。

ドクターの説明が始まりかけた頃、弟が到着してくれて一緒に聴けました。


心臓がちょっと大きくなってました。一度意識取り戻してたのなら、気管に詰まったのではなくて、心臓マッサージで気管の方へ入ったようです。心筋梗塞か、不正脈というところでしょうか。

死因は急性心臓病って記入されてました。

救命救急室で横たわっている母に会いに行き、死後の処置をする間、また離れ、

どの説明をいつ聞いたか、母に会ったのが先か後か、頭の中は時間感覚がおかしくなってますが、ドクターからの説明を聞いてる間に私は息が苦しくなって、身体が熱くて吐気もして来てました。なので、母に会いに行ってる救命救急室の中から一度トイレへ出てしまいました。

戻って来たらもう死後の処置中でまた、父と弟は待機室へ戻ってました。