と強く強く思いつつ自宅の机にへばりついてる人刀です。
締め切りにも人気投票にも追われない文筆業で食っていけたらこんなに幸せなことはないんだろうな…
などと現実逃避しています。
そんな職業など、ない!

さて、久々の書評です。
といっても、ちょこちょこ右のブクログにアップはしてますし、記事本文の中でちょこっと触れたりはしてるので、本を読んでないわけじゃないんですけどね。
まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)
ええと、この作品、とーっても気になってたんですよ。
135回直木賞受賞作品、ということで、書店の店頭で目にしたときから。
まず、作者の「しをん」というお名前の響きがいいです。
昔妹に借りて貪り読んだ「僕の地球を守って」のキャラクターで、台詞が文学的で超魅力的だった、紫苑(しおん)のイメージが残っているせいかもしれません。
そして、「まほろ駅」というのがなんともふんわりとやわらかい雰囲気で、これもまた興味がそそられます。
帯にかかれた文句にも惹かれました。
「駅前で便利屋を営む多田啓介のもとに高校時代の同級生・行天春彦がころがりこんだ。…中略… ありふれた依頼のはずが、このコンビにかかると何故かきな臭い状況に」
で、ついに手に入れて読んでみたわけです。
さて、中身はというと、直接、衝撃的というほどの事件は起こりません。
もちろん、平穏無事ではありません。
風俗嬢や、ヤクザや麻薬の密売組織なんかは出てくるし、殺人事件も起こるけど、なぜか「まほろ」という言葉のもつニュアンスがあらわすように、ふわふわぼんやりしていて、陰鬱とはなりません。
キャラ設定にしたって、ものすごく個性的というほどではありません。
行天にしたって、多田にしたって、ぱしっと一言でレッテルを貼ってしまえるほど、特殊な能力をもっていたり、けたはずれに常識の範疇を超えていたりというほどではない気がします。もちろん、物語の中の登場人物として、という前提の下で。
そして、物語の中なのに、それほどとっぴな結末を迎えたりするわけでもない
でも、抗いがたい魅力にあふれているんです。
それは、登場人物が皆、作り物じゃない、本当の人生を歩んできた存在感をもって、物語の中で生きているからなのだろうと思います。
そして、だからこそ淡々と展開していく物語の中で、いつの間にかすっかり多田と行天が隣人のように感じられるようになり、最終話には、地味だけど炊き立てのご飯から立ち上る湯気のように、心にほわっと温かいものが残りました。
鴻巣友季子氏が解説で書いているように、住みやすい素晴らしい土地を表す古語である「まほろば」を連想される「まほろ市」は、とてもリアルに描写されてるけれど、架空の町だからどこにもない。でも、だからこそ、誰の頭にも存在しうる町なのでしょう。
そして、作者が書きたかったのは、「失ったものが完全に戻ってくることはなく、得たと思った瞬間には記憶になってしまうのだとしても」、「幸福の再生」というちっぽけな希望をもって、ちょっと不幸でも生き方に満足している、あらゆる君達や僕達にとっての「まほろ市」なのだろうと思いました。
今すぐにでもぜひとも読んで欲しい!というほど強く激しくお勧めはしません。
気持ちに余裕のあるとき、または全く余裕がなく落ち込んでいるとき、思い出して読んでみて頂けたらいいのかなと思います。
まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)
ところで、私は、多田はさまぁ~ずの三村、行天は小田切ジョー(二人が同い年というのは無理があるかw)を思い浮かべながら読んでました。
基本的に登場人物の二人とも天然な雰囲気なんですよね。
もし映像化されるとしたら、派手なシーンがほとんどないから、役者さんの演技力次第で出来が左右されちゃう難しい部類の作品だろうなと思います。