忌避(きひ)とは、嫌って避ける事
確かに嫌って避けるものってあるよね!
ネズミとか毛虫とかゲジゲジとかGとか…
忌避剤なる物が売っているくらいですから
でもね、同じことを人に対してやったら
どうでしょうか?
排斥された人は虫ケラと同じなんですか?
どんな理由があろうと
忌避を人に対して行う事は
イジメや差別、偏見と同じである
ついこの前まで
ずっと一緒に活動してきた仲間に会って
バッチリ目が合っても無視。
害虫でも見たかのようにキャーって逃げる💨
例え家族であっても一緒に食事すらしない。
プレゼントを送っても何の連絡もない。
親子なのに電話もメールもLINEも無視。
これは立派な人権侵害だと
思いませんか?
なぜ、こんな制度があるのでしょうか?
理由として…『自分を神の愛のうちに保ちなさい』という冊子の付録排斥された人にどう対応すべきかより
①神とみ言葉に対する忠節がかかっているから
②悪行者から離れているなら,自分と会衆の他の成員を霊的、また道徳的な汚染から保護し,会衆の良い評判を守ることができるから
③悪行者が、愛する人たちとの貴重な交友関係を失うことによって自分の悪の重大さを悟り,エホバのもとに戻るための段階を踏むかもしれないから
これらが、人権侵害である忌避を行う理由だそうです。
時間があればこちらも合わせてご覧ください⤵︎
まず、排斥理由No.1は、性の不道徳です。(←久しぶりに言ったわ!笑)中には不倫もあるかもしれませんが、圧倒的に多いのは、婚前交渉なので、不道徳ではありません。次はタバコ🚬でしょう。中には、排斥されたいから、わざとタバコを吸った人もいるかもしれません。次に多いのは、組織に疑問を持ったり、長老達のやり方に異議を唱えたり、教理の間違いを指摘したりする人達だと思われます。最後に、法を犯して排斥になった犯罪者も、ごく稀にいる事でしょう。
つまり、圧倒的に多いのは、世間的には何の問題もない事で排斥されている人達がたくさんいるという事実です。
ある方が、排斥について、学校を例に挙げていました。
例えば、こういうルールがあると、ある程度分かっている高校に自分の意思で入学して、そのルールを破って退学になるような感じでしょうか?
悪いのはルールを破った生徒の方ですよね。なので、そういうルールがあると分かっていて入信して、そのルールを破ってしまった信者に責任があると思います。
確かに、高校の場合はそうですよね。
排斥の場合も、ルールを破って破門される訳ですから、その信者自身に責任があると思いたいですよね!
しかし、JWの場合、ここには問題点がたくさんあります。
まず①教団のルールを破ったからといって、その人を集団無視して許されるのでしょうか?
–––––––法を犯した犯罪者ですら人権が守られているのに、教団内のルールを破ったくらいで人権無視ですか?!
そして②そもそも、自分の意思で教団に入った訳ではない場合はどうですか?
–––––––これが宗教二世問題です。産まれながらに教理を刷り込まれて育ち、思春期や大人になり、こんなルール守ってられないと破る人、中には、辞めるために、わざとルールを破る人もいます。
最後に③排斥理由が、全くの嘘、偽りで、冤罪だった場合、または勝手に排斥にされた場合はどうですか?
–––––––これは至る所で多くあるはずですが、長い間、隠されてきました。長老達のさじ加減一つで、好きなように決定できる排斥制度です。検察もいなければ、弁護士もいません。冤罪も山程あることでしょう。
①〜③の問題点が常に存在しているにも関わらず、忌避するって、同じ人間として、やってはならない事ですよね?
このように、エホバの証人(JW)は一般の人に対しては『世の人』と差別し、排斥や断絶した人に対しては、極悪人でも見るかのような偏見に満ちた目で、害虫でも避けるかのように忌避し続けています。
そんな彼らは、反省するどころか、自分達こそ偏見や差別を受けていると反論したいみたいです。
日本の伝道者が宗教に関連した偏見や差別を、どの程度経験しているか知りたいとのお知らせがあったそうです。⤵︎
自分達がやっている偏見や差別は棚に上げて、よくこんな事が言えますよね…ちょっと、こうなると、もうクレーマーと同じで、手に負えない集団です…💧
こんな人達ばかりが集まる宗教が、宗教法人として国に認められていて良いんでしょうか?