二十一、

 

 

 

 あの晩以来、切れてあてもなくぶら下がっていた糸の先が、気がつけば別の男につながろうとしていた。

 

 この糸なら、もう一度掴んでみようかと思った。掴んでみてもいいかと思った。

 

 この糸をたぐっていけば、きっと今度こそは男の胸にたどり着ける。そう、信じる気持ちが湧いてきていた。

 

 

 女でしくじったのだと、あの日幸吉は言った。

 

「俺はいいかげんな男で、女一人幸せにしてやることもできない。いざとなったら、すぐに逃げ出しちまう情けねえ男なんだ」

 

 とも言った。

 

「まだ、忘れられないのですか」

 

 お由布は尋ねた。だから、いまだに一人身なのかと。

 

「ああ、そうだね」

 

 幸吉のひと言に、思わず足が止まった。

 

 気がついた幸吉が慌てて付け加えた。

 

「いや、そんなんじゃなくってさ。違うんだ。忘れられないのは、相手の女のことじゃなくって、その時のダメな自分のことさ」

 

 近江の商家に奉公していた幸吉は、そこの跡取り娘といい仲になったそうな。ところが、そこへ婿取りの話。世間知らずの跡取り娘は、幸吉に一緒に逃げようと迫ったのだそうだ。

 

「だけど、俺はまだ手代にすらなってなかったしな。そんな俺がどこにどう逃げて、お嬢さんを養っていけばいいのか。それに、もし店にばれたらとか、あれこれ考えてたら、なんだか怖くなっちまってね」

 

 で、ある晩、こっそりと店を抜け出して、そのまま江戸に出てきてしまったのだそうだ。

 

「なんせ若かったし。俺も世間知らずだったしね」

 

 頭を掻きながら幸吉は続けた。

 

「あれから10年。俺もどうにかこうにか食っていけるようになって」

 

 風の便りに、お嬢さんも婿を取って幸せにやっているとそうな。

 

「だから、もう許されてもいいかなと思うんだ。そして…」

 

 幸吉が、お由布の目を見つめて言った。

 

「今度こそ、今度こそ、逃げないって決めたんだ」

 

 早々と輝く一番星が、二人を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

つづく

 





 

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