十七、

 

 

 気がつけば、布団に寝かされていた。

 

 起き上がろうとしたが、体が痺れたように動かない。

 

 霞む視界の中に、心配そうに覗き込む男の顔が見えた。

 

 しばらく経ってから、その男が夫の清之助であると、ようやく気づいた。

 

 まるで、他人の感覚だった。 

 

 そのことは、何よりお由布自身を驚かせた。

 

 自分の命を救ってくれたのは、ここにいる夫の清之助である。なのに……。

  

 この冷めた感覚は、いったい何なのか。

 

 

「頼むから、おとなしくしていておくれ。ああ、それからあとでこれを。先ほど来ていただいた先生からだよ」

 

 そう言い置くと、清之助は逃げるように店へと出かけていった。

 

 枕元のお盆には土瓶と湯飲みの置かれていた。湯飲みに入った茶色い液体を口に含むと、苦い味がした。

 

 

 ふと、亡くなった両親の姿が、脳裏に浮かんだ。

 

 こんな姿を、あの世から見ている両親は、なんと思うだろう。情けなさで胸が塞がる。

 

 一体、自分はどうなってしまったのか。あるいは、これから先どうなっていくのか。今ここに生きている意味があるのか、ないのか。

 

 お由布は暗澹たる思いで、自らの心に問い掛けた。

 

 だが、いくら問い掛けても心は何も答えてくれない。お由布の出方を伺うように息を潜めて、ひっそりと静まり返ったままだった。

 

 昼過ぎに家主のおかみさんが、粥を作って持ってきてくれた。

 

 昼八ツ頃には棒手振りの女房が、団子を差し入れてくれた。すっかり近所でも噂になっているようだ。 

 

 作治が届けてくれる本にも手を付けないまま返すことが多くなった。それでも作治は笑顔と世間話を手土産に、定期的に来てくれる。

 

「こんなに寝込むってのは、頑張りすぎたお由布さんに、神様が与えて下すったお休みだ。そう思って、じっくり休むがいいさ」

 

 作治はあくまで素っ気なく言う。その素っ気なさが、ありがたかった。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

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