十八、

 

 

 お由布が二度目に幸吉に会ったのは、それから三月ほど経った頃のことだった。

 

 江戸店では定期的に京都の本店からも人がやってきて、重役たちの会合が開かれる。今日がその日で、清之助の帰りは随分と遅くなるはずである。

 

 あの晩以来、二人の間には目には見えない溝ができていた。

 

 お由布に対する清之助の態度は、表面上はこれまでと何ら変わりはなかった。しかし、その瞳の奥に、恐れや戸惑いのようなものが見え隠れすることに、お由布は気がついていた。

 

 

 この時期には珍しい涼やかな風に誘われて、なんとなく町へと出かけてみた。

 

 だが、これといって行くあてがあったわけではない。

 

 ぶらぶらと人の流れについて歩いているうちに、昌平橋を渡り明神下を通り抜け、気がつけば下谷広小路にまで来ていた。左に行けば湯島天神。そのまま真っすぐ行けば、上野、そして池之端だ。

 

 池之端は、父と母との懐かしい思い出のある場所であると同時に、辛い別れを経験した、複雑な思いの交錯する場所であった。お由布の足は躊躇した。

 

 さて、その頃ちょうど湯島天神では信濃善光寺の出開帳の真っ最中であった。

 

 そのおかげもあって下谷広小路にも、軽業・足芸・独楽回しなどの見世物小屋や、飴・酒・餅から鉢植え・一枚絵などを売る店、あるいは天ぷら・そば・寿司などの飲食店がずらりと軒を並べ、大変な賑わいとなっていた。

 

 その上、出開帳に合わせて売り出された富くじ目当ての人々も集まって、この界隈は大勢の人たちでごった返していた。

 

 湯島天神は、目黒不動・谷中感応寺とともに『江戸三富』と言われ、富くじで大変な盛況を見ていたのである。

 

 その大勢の人込みの中に、確かに幸吉の姿が見えた。お由布は訳もなく嬉しくなって、後を追った。

 

 幸吉は人混みを外れると、慣れた足取りでどんどんと脇の路地へ入っていく。その後をお由布は見失うまいと必死で追う。

 

 やがて幸吉は、古びた暖簾の掛かった一軒の蕎麦屋に入った。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

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