ファミリーヒストリー 3 | 夢、成る瞬間

夢、成る瞬間

ダグラス・コマエ物語

 区域再編によってなくなったが、かつて神戸市に葺合(ふきあい)区というのがあった。現在の中央区東部に当たる。

 戦後間もなく葺合区二宮町に二階建て木造バラックの戦後復興長屋ができた。

 祖母たち六人はその一戸に入り、二階を居住スペースとした。祖母は一階にパン屋を開き、その収入をもって家族を養った。

 祖母の苦労を見て育った父は、家計を助けるために中学生になると新聞配達をするようになった。  

 高校を卒業すると父は大手の生命保険会社に就職し、昼間に働きながら夜は大学の夜間部に通った。ぼくが中退した同じ神戸大学であり、学部もぼくが所属していた経営学部だった。

 大学卒業後、父は神戸に本社を置く貿易会社に転職をした。

 父はロスアンゼルスに支社を設立するために、特別チームの一員として派遣された。

 ちょうど昭和東京オリンピックの年になる。父、二十五歳。

 十人ほどいたメンバーはほぼ全員が独身だった。会社はアパートを一棟購入し、各自に一戸ずつ割り当てられた。

 メンバーはみんなエネルギッシュで、とても仲がよかった。みんなでゴルフの練習をしたり、方々(ほうぼう)を旅した。

 ここまで父のことを話した。話題を母のほうに移したい。

                 右端が父(28歳)(ヨセミテ国立公園 1967年)

 

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