エミさんを見かけたのは

中学時代以来のことだった

エミさんは本を片手に信号待ちをしていた

そんな年ではないのに

猫背気味で少しだけ老いを感じさせた

心の病を負ったと人伝に聞いたことがある

 

同じブラスバンド部でクラリネットを担当

二つ年上だったエミさんは

知性的な大人の女性に見えた

休憩のときにはよく本を読んでいた

物静かな感じながら

その横顔は自信に満ちていた

 

信号が変わりエミさんが歩き出す

歩幅のせまい足取り

ボクは立ち止まり次の信号を待った

そして

その後ろ姿に向かい

心密かに声をかけた

 

ー鮮明に覚えてます

 確かに輝いていた

 あの頃のことを  

休みの日 あてもなく歩いていると

馴染みのある路地に出た

 

地下鉄駅から数分の住宅地 

木造アパートの二階で

男が手すりに片肘をかけ往来を眺めている

 

まもなく男がひっこむと

入れ替わるように女が顔を出した

美人でもなければ不細工でもない

 

数年前まで自分が住んでいた部屋だ

そこに女がやってきたことはなかった

就寝前にはネガティブなことばかり考え

午前一時をまわることもあった

それでも決まった時刻には起き出して

ネクタイを締めスーツを着て

早めに部屋を出た

途中の喫茶店でモーニングを頼み

職場に余裕をもって入った

 

アパートの前を過ぎ

少し歩いてから振り返ると

俯き加減の男の顔があった

表情のない灰色の顔

 

それが自分のように見えた

一日家に居るのは好きじゃはない

けれども 

出かければ出かけたで

 

歩道を歩いていて後ろから自転車にぶつけられそうになる

 

書店で立ち読みをしていると中年男が無遠慮に寄ってくる

 

エレベーターを下りようとすると女子高生らしき二人が乗り込もうと立ちはだかる

 

電車に乗れば声高にしゃべる目障りな集団

 

雑踏の中で歩きタバコをするヤツ

 

喫茶店で本を読んでいると中年女らの下卑た笑い声

 

デパートではエスカレーターを歩く空者

 

「ありがとうございました」と言わないコンビニの店員

 

スーパーのレジ前で後ろからカートに押される

 

レストランで後から来た客の注文の料理が先に運ばれる

 

永年会わなかった、会いたくない相手と遭遇する

 

それでも

一日家に居るのはやっぱり好きじゃない

 

同窓会に出席するのは彼にとってはじめてのことだった

会場にはすでに多くの顔があった

一様におおよその見覚えがあったものの

さながら浦島太郎の気分だった

 

クラス名が記された丸テーブルに向かうと

そこには何人もの同級生らがすでに席についている

すぐにわかった顔がありそうではない顔もある

空いていた席の隣にはTがいた

いっときは小旅行をともにしたこともある間柄だった

しかし いつしか疎遠になっていた

年相応だったがあまり変わっていなかった

 

ー久しぶりだね

ーそうだね

ー詩はまだ書いてる?

ーうん、ブログにも上げてる

ーそう

Tにはそれ以上の関心はないらしい

 

彼はウーロン茶で乾杯をし

大して旨くもない料理をひたすら食べつづけた

宴は一時間半でお開きとなり

そこここで二次会はどうするのか話し合っている

 

ーじゃあまた

軽く片手を上げてよこすT

ーじゃあね

彼が応えるとTは或る集団の方へと歩いていった

 

会場の外には初冬の風が吹いていた

卒業式の日 一緒に帰る者もなく

一人きりだったことを彼は思い出していた

落ち葉の降りしきる林の中を歩いていた

何層にも重なり合う枯れ葉が絨毯のようだった

少し疲れていた

適当な場所に腰を下ろし両手を後ろについた

すると指先に柔らかな何かがー

咄嗟に立ち上がり目を凝らす

 

そこに二つ並んである幼い瞳

落葉に埋もれて二つの眼だけが見えている

人間の子どもの眼だ

周囲を見渡すとあそこでもここでも

小さな眼が光を放っている

一体どれだけの子どもたちが

この一帯に身を潜めているのか

一斉に起き上がってこないか

急に不安になる

 

その時いきなり雨が降り出した

次の瞬間 次々と眼は閉じられて

それが五百円玉に変わっていった

一枚を拾い上げる

とその先にも数枚の硬貨

見ればいたる所に五百円玉が落ちている

それらを夢中になって拾い集め

ポケットというポケットに詰め込んでいく

尻ポケットにもジャケットにも

 

久しくなかった至福のひととき

込み上げる笑いが止まらない

自分の高笑いで目が醒めた