今年も正月2日は牛乳汁

私が長崎で生まれた時、母親が覚えた雑煮だ。

言わば私の人生の雑煮。

 

 https://ameblo.jp/yumedori-jump/entry-12786142968.html

 

 人それぞれの料理文化ってあるんだと思う。

 あと何年続くかわからんけど、死ぬまで続けたい。

 

 

 あけましておめでとうございます。

 オーストリアでの自分の 腰椎骨折、新スーツの失格、まさかの予選落ち‥ と今年も3年連続ハードな正月ですが、TBSドラマのThe ROYAL FAMILYをイッキミして元気づけてます。 別に馬と息子を重ねているわけじゃないんだけど、「負けたまま辞められるか!」のセリフはいいですね。

 

 今年もノルディックスキー日本チームの応援をよろしくお願いします。

 

 2025   大晦日

 

 家族の重大ニュース2025(35年目)

 

① 「諦め際の魔術師」智文のW杯初ポイント

  いきなり6位入賞

 新人としての市役所職員の仕事、遠征の日にちを稼ぐために休日の練習もできない。夏前は引退も覚悟していた。

 1ポイント差で勝ち獲ったW杯出場枠。枠獲りに失敗したシュスター🇦🇹、ホフマン🇩🇪はW杯で大活躍をしている。

 ついにリレハンメル第2戦で30位1ポイント。誰よりもこの重みを知る。そして前日42位からの6位大躍進。

 流石に応援する側でも、ジェットコースターのようなメリハリに心臓が弱い人は応援できない。(笑)

 まだまだ発展途上中。まだまだ夢の途中‥

 

② 山尾志桜里さんの選挙活動に参加

 教員時代は応援はできても、なかなか活動自体に参加できなかった。当選が目的ではなく、彼女を知ってもらう事。

 色々な意味で、震災ボランティア以来の社会経験だった。

 https://ameblo.jp/yumedori-jump/entry-12920876800.html

 

③ 生まれて初めての全身麻酔。シーズン最終日に脳梗塞

 

④ 遺跡、博物館、土器作りの復活

 選挙の時、山尾さんを応援する事で、反日レッテルを貼られた。温泉文化、文化財を大切にして、息子の君が代に涙を流す‥。神社にお詣り通って今日で40日めだ。

 文句ない愛国心だと思うけどね。

 

⑤ 校長の突然の退職

 

 昨年の正月はジャンプ週間での腰椎骨折

 今年はジャンプ週間の息子の失格から始まった。

 毎年、激動で歳とれない。   感謝

 良いお年をお迎えください。

 2018年平昌オリンピック🇰🇷   内藤智文が社会人初優勝したシーズンで、五輪にはテストジャンパーとして派遣された。小林陵侑の金メダルを目の当たりにした時だ。

 2022年北京オリンピック🇨🇳   コロナ禍のため五輪選考大会が中止となり、代表メンバーはその時のW杯メンバーがそのまま出場した。

 

 今、内藤は社会人アスリートとなって10年目。ジャンプ選手となって初めて五輪出場をめざしている。

 「決してオリンピックに出たいなんて考えるな。とても頑張っているのはわかるが、他の選手たちとは世界が違う。お前たちは違う道で社会で活躍する事をめざせ。」

 東京の子ども達を温かく見てくれた、いわば恩人には異口同音に言われた。私自身、親としてそれが正しい道だと思っていたから妄想でもW杯とか五輪とか夢見ることはなかった。(下川町の恩人、故・蓑谷春之さんだけは違ったけど‥)

 

 実際、つい2ヶ月前までは、少なくとも私の頭の中には五輪出場は対岸の話だった。まずW杯でポイントを取らねば。それにSG(サマーグランプリ・夏のW杯)メンバーに選ばれなかった時点でノーチャンスだ。第一、市役所勤めを始めたばかりで練習すらできないのに五輪をめざすどころではない。

 

 ところが‥秋のコンチネンタル杯(COC)で優勝し、クリンゲンタールでドラマチックなW杯出場枠をつかみ首の皮一枚つながっていた。周囲に「恐竜並みに首の皮が厚い」と揶揄された。

 それでも、それはスタートラインに立っただけで、まだまだハードルは高く、遠い。

 ワールドカップスタンディング(ポイントランキング)といっても、実は、昨シーズンやSGのポイントが査定に入っていてポイントからすると日本選手の中でも全く番外なのだ。この短期間でオリンピックより熾烈な戦いであるW杯で上位に入ることは現実的ではない。

 

 クリンゲンタールで6位入賞となったことは、奇跡的なことでもある。(しかも前日は42位)

 今まで遠い遠いものであった五輪出場が現実となって見えてきた。しかも6位入賞がフロックではなく、世界で戦える自信になったことは言うまでもない。

 

 現在、二枚看板である小林陵侑と二階堂蓮、そして15位以内の安定した成績を残している中村直幹の3人が当確である。現在、息子は4番手につけているが、年明けの札幌W杯まで10戦。まだ基準を満たしていない選手が基準をクリアすれば、ポイント勝負になる。

 

 ここまで来れば、親とすれば息子が五輪に出られなくても「よくやった」と言えるんだけど、当人や支援してくれている山形の皆さんはそうはいかないだろう。

 どんな状況になっても「あきらめない」‥  それが「あきらめ際の魔術師」、雑草魂の本領だ。

 

 

 息子の快挙から一夜明けて、昼になってもX(Twitter)で日曜の試合の余韻がつぶやかれていた。

 SNSならではの特色で、海外(主にポーランド🇵🇱)からの祝福の言葉が多くびっくりした。また、静かに応援してくれていた人たちが我が事のように喜んでくれた。

 まるで、昔あった『電車男』になった気分だ。

  電車男  

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E8%BB%8A%E7%94%B7

 

 TVP(ポーランドTV)が、小林陵侑、高梨沙羅選手のプライベートコーチでもあるヤンネ・ヴァータイネン全日本コーチに、今回の内藤智文の6位入賞についてインタビューした。

 長いので抜粋し引用するが、大変的確な記事で感謝の気持ちで一杯だ。

https://sport.tvp.pl/90599151/ps-w-skokach-tomofumi-naito-bije-rekordy-zaskoczyl-nawet-swoj-sztab

 

 (引用)

 経験豊富な日本人選手がメジャーデビューを果たしたのは…なんと2018年のことでした。ヴィリンゲンで開催されたワールドカップです。しかし、実力の差がありドイツでは1ポイントも獲得できませんでした。

 

 苦難の道のり。内藤がワールドカップ初ポイント獲得を目指して闘う物語

 

 彼は再びチャンスを待ち続けました…5年以上。この不遇の時代、彼は国内の大会を転々としました。

 

 転機が訪れたのは2023年。クールシュヴェルで開催されるサマーグランプリに招集され、期待通りの成績を収めました。

 

 (中略)

 

 しかし、雪上最高峰のワールドカップ大会を迎えると、内藤はポイントを獲得することができませんでした。

 ルカ、リレハンメル、クリンゲンタール、エンゲルベルクで挑戦したが、いずれも壁にぶつかってしまい、経験豊富なスキージャンパーは再びCOCに降格してしまいました。

 

 小林にも勝ったのに…落選?

 

 2024年夏、全日本選手権で金メダルを獲得。小林陵侑を破り、センセーショナルな結果となりました。しかも、(実力の差が出る)ノーマルヒルでの勝利でした。本人も周囲もワールドカップ招集はほぼ確実と思われました。

 しかし、現実は内藤はCOCで冬をスタートさせることとなりました。

 

 彼は忘れ去られることを拒み、再びワールドカップを経験するために全力を尽くします。

 2024/2025シーズンのCOCでは4位、そしてキャリア初優勝も果たしました。彼は素晴らしいジャンプを見せ、権威あるフォーヒルズトーナメント(ヨーロッパジャンプ週間)への日本代表の出場権を自力で獲得しました。

 

 残念ながら、彼にとってまたしても惨憺たる結果となり。ポイントはゼロ、そして再びCOCへの降格。年齢はピークの30歳を越し、時は刻々と過ぎていきました。

 

 「彼の思い入れの強さが彼を阻んでいたのだと思います。私はずっと前から智文の素晴らしいポテンシャルを見てきました。今、彼にはまさに大きなチャンスが待っています。彼は初戦からワールドカップに出場しており、着実に経験を積む必要があります」と、ヤンネ・ヴァータイネンは当時を振り返って語りました。

 

 翌年、内藤の粘り強さはまさに教科書通りのものであることを証明しました。彼は2025年夏季コンチネンタルカップでヒンターツァルテンで優勝し、華々しいスタートを切ったのです。(ポーランドのニューエース)カツペル・トマシャックはそこで強力なライバルと対戦となりました。

 今回、経験をさらに積んだ彼は、リレハンメルで開催されたワールドカップ開幕戦に臨みました。開幕戦こそ不運な31位という結果に終わり、痛恨の敗戦だったかもしれませんが、彼はすぐにそれを修正しました。

 第2戦でわずか1ポイントしか獲得できなかったけれど、それは彼にとって人生初の歴史的なポイントとなったのです。

 

 「彼のレベルを知っていたので、ポイントをどんどん積み上げていくのは時間の問題だと分かっていました」とヴァータイネンは振り返りました。

 

 内藤は32歳274日でワールドカップのトップ30入りを果たした最年長選手となりました。同じ日本のの高橋大斗だけがこれより年長でしたが、高橋は長年ノルディックスキー複合選手として活躍して転向してスキージャンプ選手になったからです。まさに内藤は最年長選手の記録となりました。

 

 今回の6位入賞はチームを驚かせました。「正直に言うとね」

「今年のワールドカップの各大会で、内藤のジャンプは不安定だったため、こんな結果は予想していませんでした。彼がポイントを獲得し、もっと頻繁にトップ30入りできる能力があることは知っていましたが。驚きではありますが、もちろんポジティブなものです」とヤンネ・ヴァータイネンは強調しました。

 さらに、ここに新たな記録が刻まれることになりました。

 初めてトップ10入りを果たすまで、この東京生まれのジャンパーほど長い時間待った選手はいないのです。

 「2回目の試技を終えた直後、彼は信じられないほど幸せそうだった。しかし興味深いことに、競技後に会った時、彼は以前と変わらない様子だった。彼はその時は何も感情を表に出さなかったが、心の中では燃え上がっていたに違いない。」とヴァータイネンはクリンゲンタールの後こう述べています。

 

 もしかしたら、技術に何か変化があったのかもしれない。スキージャンプでは、ほんのわずかな変化がすべてをひっくり返すこともあります。

 「私の意見では、彼は10年間ずっと同じジャンプを続けている。彼は独自の哲学を持ち、それを貫いている。以前は大会になると単に浮き足立っていただけかもしれないが、今は自分の方向性を見出そうとしており、それが彼にとって大きな助けになっている」とヴァータイネンは認めました。

 

 意外な6位という結果は、決して続くものとは限りません。

「チームの誰も、エンゲルベルクでのワールドカップで再び好成績を収められるとは思っていない。もちろん、全員がこの結果に満足しているが、現実的にならなければならないのです。智文には成長を続けさせ、このような好成績をこれからも続けてほしい。彼はこれからも努力を続け、全力を尽くしてくれる」とヴァータイネン監督は断言しました。

 

 今回の話から、一つの教訓があります。スキージャンプでは忍耐が必要だということです。そして、ヤンネ・ヴァータイネンによると、これはスキージャンプに限ったことではないといいます。「この競技ではここ10~15年で成功年齢が上がっていると私は信じています。常に忍耐強くなければなりませんが、これはスキージャンプに限った話ではなく、スポーツ全般に言えることです。人生において運に左右されるものではありません。時間と努力の成果を期待しなければなりません」と最後に結論づけました。

 

 エンゲルベルクでのスキージャンプ競技は12月19日(金)に開幕する。スイスでの競技は日曜日まで続き、TVPスポーツ

で放送される。(引用終わり) れる。