●虫の宇宙誌 @奥本大三郎 | ★50歳からの勉強道~読書録★

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本は友達。一冊一冊を大切に記憶に留めておきたい。

なんと素敵なタイトルと装丁!
本の中にも蝶や蜻蛉の細密画、イラストが
溢れ、作者ご本人による絵もある。


「宇宙誌」という言葉も素敵だけれど
宇宙は関係なく、科学者でもなく、
偉い昆虫学者でもなく、、

日本書紀からギリシャ神話、鴎外、漱石、
三島、ランボォ、フォンテーヌ、、
古今東西、文学の世界が広がっていた!





というのも、作者の奥本さんは東大卒の
フランス文学者さん。   なんだけど、、、
それより何よりガチの「虫屋」さんなので


この本の刊行、昭和56年当時、
まだオタクという言葉も無く、
海外にまで出掛けて、網振りトンボ捕りする
大の大人は、かなり白眼視されるのだ。


「山屋」はカッコ良くてモテるのに、、と
虫屋の不遇に我慢ならない、奥本先生、
「この世界の細部の美しさを見つめる目」
持たない人間どもに、徹底的に虫目線の
毒ガスを噴射しまくっておられる。   (#^.^#)




ということで、完全虫目線の比較文化論が
オモシロイ。

中国人は「自然破壊の名人」
自然は全て人間の役に立つか、薬になるか
のどちらか。無駄な自然は残さず、害虫駆除
のため、農薬も濃~密に散布するのだ。

奥本先生自筆、 カブトムシの雌雄同体






フランス人は、「力ずくで自然を従わせる」
ヴェルサイユ庭園なんて、自然の物を使って
人工の世界を創ったもの。 奥本先生は
「小賢しい人智と壮大な悪趣味」とバッサリ。
虫に代わって、鋭い蟷螂でお仕置きだ~




フランスと中国はどちらも人間第一主義。
民族的にとても共通点があるそうで、、

中国人は自然の景観に人間の印をつけないと
気が済まず、山があれば頂に塔を建て、
珍しい岩には碑を建て、「天下第一之奇観」。

フランス人は庭園のところどころに
人間の彫像を据え付ける。   たしかにね。

子孫に恵まれ、財産があり、長生きすること
これ以外に人間の幸福は無い。というのが
中国民族の一致した結論。福禄寿のマッチ。





日本は昔から虫と共に生きてきた。
そもそも国号の起源「秋津島夜麻登=やまと」
は、蜻蛉(あきつ)=トンボなんだって!


神武天皇は晩年に
腋上の嗛間丘(わきがみのほほまのおか)
から領地を見渡し
「蜻蛉の臀嘗め(あきつのとなめ)の如くに
あるかな」   →  「なんと素晴らしい。
我が獲得した領地は狭いけれども
雌雄の蜻蛉が繋がっているようだ」、と。





雄略天皇も虻に刺された時、蜻蛉が
颯爽と現れ、その虻をさらっていった。
大いに喜び、蜻蛉嶋倭~♪と詠っている。
勇壮な勝虫であり、めでたい益虫なのだ。
あ、タマムシもお目出度い虫で有名ね。
〈タマムシの一生〉
そういえば、ウチのタンスにも玉虫入れて
あったなぁ。着物が増えるって言伝えで。
小さな箱の玉虫、よく出して眺めたっけ。





古から自然の中で情緒を育んだ日本人の
センスは抜群なんだ。
スミナガシ、フクラスズメ、サナエトンボ
など優雅で文学的な命名の美しさ。







ショウジョウバエは、アルコールの匂いに
集まる習性と、目の赤さから「猩々」と命名。
って酔っぱらいのタヌキ?      いやいや、
能の演目にもなる架空の動物。雅ね~(^^)


ところが最近の「スネフトブカモモブトチビ」
みたいな即物的な命名はなんたることか。
今なら猩々蝿も、きっと「アカメバエ」とかに
されただろう。。。ああ、嘆かわしや。





江戸時代(1795)の大発生で、騒ぎになった
播州皿屋敷の祟り?   「お菊虫」
お菊が身を投げた井戸から、裸体の女が
後ろ手に縛られた様の小虫が夥しく出た。。。
こわー。






正体はジャコウアゲハのサナギ。
面白いね、スゴいよね。






スタンダールにとって、どんな苦労も厭わず
激しい情熱を傾けたのが音楽なら、

自分がどんなに体調が悪くとも
飛び付くものは、「トンボ採り」   ダー!!
昆虫なしでは生きられない!という
奥本先生は、ギンヤンマ通称「ホンチョ」こそ
造化の神の最大傑作、と仰り、歌うのだ。


空を飛ぶ
蜻蛉を見れば
胸がおどる
ものごころついた時から  そうであった。
大人の今も  そうである。
年をとっても   そうであってほしい
でなければ   死んだほうがましである!
マイ  ハート  リーブス  アップ・・・・・♪



虫仲間なんだね。楽しそう。(#^.^#)