●ゾルゲ事件~尾崎秀実の理想と挫折 @尾崎秀樹 | ★50歳からの勉強道~読書録★

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本は友達。一冊一冊を大切に記憶に留めておきたい。

終戦前に吉田茂が逮捕されたのは、
天皇に戦争の早期終結、軍部批判を進言した
「近衛上奏文」のせいなんだけど、(1945.2.14)
私、この内容にすっごく驚いたんだよね。



近衛文麿や牧野伸顕、吉田茂らの心配は
被害が大きくなることでも、
アメリカに占領されることでもない。


いやむしろ、アメリカならきっと
日本の天皇制国体は護持してくれるだろう、
それよりもっと恐ろしいのは、
 「共産主義革命による日本転覆」  なのだと。






ちょっとピンと来ないけど、、
この危惧は当事、ヒジョーに深刻で
共産主義の広がりは燎原の火の如く、
ドイツ、フランス、アメリカに共産党ができ


・・・お隣中国では、まさに蒋介石の国民党と
毛沢東の中国共産党が、国共内戦真っ最中。
で、終戦4年後には真っ赤な中国出来上り。


当事の日本を漫画家が描けば、
日本列島の三方から赤い手が伸びる、
わかりやす~い絵になったはず、、と。


リヒァルト・ゾルゲ。ドイツ人だけど
ドイツ共産党から、ソ連のコミンテルンに
移籍。任務は日本の対ソ政策を探ること。





ゾルゲ事件で逮捕された尾崎秀実は
元朝日新聞記者の、中国問題研究家。
当事、最も鋭い政治分析で知られた
なんと、近衛文麿内閣のブレーンなのだ。



ソ連コミンテルン所属の共産主義者である
尾崎は、日ソ開戦反対を唱え、
日本が南進政策を取るよう奔走する。1941.7

英米を敵に回す、この方針転換に
尾崎がどれだけ影響したかは、不明だが。。


尾崎秀実(ほつみ)




真珠湾の2ヶ月前に露見、逮捕され (1941.10)
終戦の半年前、死刑になる直前の供述が
●吉田茂とその時代に書かれている。1944.11



東亜新秩序社会が戦争の灰塵の中から
現れて、世界革命の一環を形作る」

「自分等の日本赤化運動は、すでに目的を達し
日本は遂に大戦争に突入し、擾乱は起り
革命は必至である。
自分の仕事が九分通り成功しながら、
今その結果を見ずして死ぬのは残念である」


この告白に、近衛文麿は戦慄する。。
私だってゾッとしちゃったよ。

近衛文麿。第三次近衛内閣の後、
1941年東条英機内閣で日本は戦争へ。






ゾルゲと尾崎は中国での活動中に知合い、
共にデキル奴・・・と気脈を通じ合うが、
日本で一緒になったのは偶然であり、
組織の秘密上、使命はあくまで別々だった。



ゾルゲは、偽装のためナチに入党し、
信頼されてドイツ大使館内の最高スタッフと
なる。公文書をコピーして情報を送り、
こちらも日ソ開戦を避けるべく、動いた。


ドイツのソ連侵攻作戦も事前に探知、
報告している。ドイツが降伏した時には、
拘置所で小躍りしていた、という。

ゾルゲの身分証明証





ゾルゲはマジでスパイとして敵側に潜入した
けれど、尾崎はちょっと違うみたい。
この本は尾崎の実弟の著書なので、擁護的。
共産主義による世界平和を信じ、
日本民族を救いたかったのだ、と。



確かに、戦後の共産党の盛上りは驚くほど。
実は、GHQ民政局にも「アカ」がいたという。
「吉田茂とその時代」でも、全編にわたり
多分数百回?は「共産主義」の文字を見た。






日本の共産党は、大正11年(1922)平民新聞の
堺利彦や荒畑寒村によって創られた。
権力者の専横を批判し、平等な社会を築こう
とする正義感の強いインテリや文筆家たち。






富裕層やインテリが支持する
個人主義、自由主義、資本主義に対し、
平等な社会を目指すのが「社会主義」で、
中でも共産主義は、土地や財産を共有にする

とか、・・・マルクス主義、無政府主義とか、
用語や概念が派生して、理解が難しい~

ソ連のコミンテルン(1919-1943)は
世界革命を目指す共産主義の国際組織
とかさ、・・・     ●戦後日本共産党私記
で沢山勉強したはずなんだけど。


多磨霊園のゾルゲの墓にはロシア語で
「ソヴィエト連邦の英雄」とある。
尾崎の墓も多磨霊園。





ゾルゲにしても尾崎にしても、この時代の
スパイは単なる情報屋ではなく、
第一流の政治学者、経済・社会評論家だ。


この能力を以て、旧来の社会構造を変える!
理想と信念のエネルギーの凄まじさよ・・
その起爆剤が、民衆の不満だとしたら
敗戦は確かに革命の大きなチャンスだった。



昭和20年(1945)の日本は、内からも外からも
本当に壊滅寸前だったんだなぁ。