●十五万両の代償 ~十一代将軍家斉の生涯 @佐藤雅美 | ★50歳からの勉強道~読書録★

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本は友達。一冊一冊を大切に記憶に留めておきたい。

11代将軍家斉は一橋治済(はるさだ)の息子


御三卿である一橋家、田安家、清水家は
将軍の身内という家柄で、政治には
口を出せない、と決まっているそうだ。



手が出せないなら手も足もダス!
将軍の父、一橋治済はなかなかエグイ。




まずは田沼意次にへつらって息子家斉を
将軍となし、次に水野忠友と組んで
田沼意次を追い落とす。
強すぎる田沼の傀儡から15才の少年将軍を
守るためだ。



息子を使っていっこく堂並みの腹話術は
続く。声は遅れて聞こえてくるけど、、



松平定信の老中抜擢は異例中の異例。
さらには協力者、水野忠友も追い落とす。
意地が悪いわ。



そしてこの、かなり野心家のパパは
自らに畏れ多くも  「大御所」  の称号を
望み続け、実はもっと意地悪、
松平定信に撥ね付けられ続ける。はは。



そして松平定信は6年で罷免!
意地悪合戦だ。



代わって、徳川将軍最長である
在世50年間を支えたのが
一心同体!水野忠成(ただあきら)。




松平定信と水野忠邦の間で目立たないが、
田沼風味の自由放任型経済政策と
貨幣改鋳で、大いに国庫を潤した
なかなかの功労者なんだ。



田沼以上に賄賂をとったような言われ方
もするようだけど、
江戸時代通じて横行した賄賂、
取らなかったのは松平定信くらいのもの。



当時の大名は謀反の疑いを避け
親戚同士でもなければ往き来はしない。



老中、若年寄には客を迎えてよい
「御対客日」が月2回、「御逢日」が月5回
決まっており、実力者の門前には
朝早くから陳情が殺到する。


もちろん手ぶらじゃないので、
ワイロと言えば、言える。そーゆーこと。



文政時代に忠成が行った
「金貨代用銀貨」の発行は、
過去の「官符の印理論」と「銀貨の金貨化」
を融合したもので
作者の佐藤雅美さんは

“世界経済史上類例のない
                  画期的な財政再建”  という。



チョトヨクワカラナーイ。。f(^_^;




そんな、なかなかの人物水野忠成だが、
最後にひとつ、大ポカをやらかした。



薩摩の島津家に長崎貿易への割り込みを
許したことから、長崎会所が大赤字に
なってしまったのだ!



でもね、これは一橋治済を准大臣に、
将軍家斉を太上大臣に、
伜家慶を従一位に、、と果てしなく
官位を望み、島津を頼ったいわば代償。



将軍家のアリエナイ子沢山と(50人以上!)
ワガママ実現のため、金策に奔走し
最後に評判を落としてしまった
水野忠成はちょっと可哀想だったかな。






佐藤雅美(まさよし)さんの資料研究は
ほんとーに緻密で、かなりのオタク風味。

アノ予備校の?センセイみたい。(^^)/
ざっくばらんで解りやすく、小ネタ満載。
とっても楽しい授業だった。(^-^)v


また読むでしょ!!