「私はここにいる」 顔や名前を出して立ち上がる性暴力被害者たち
長い間、社会の中で性暴力被害は恥じるものとされ、隠され、ないことにされてきた。それゆえに被害を訴えることは難しく、多くの当事者は沈黙を強いられてきた。それでも最近、名前や顔を出し、被害を訴える人が相次いでいる。誹謗(ひぼう)中傷や周囲の対応でさらに傷つく可能性がありながら、声を上げる。当事者たちにその思いを聞いた。(編集委員・大久保真紀、島崎周)
「存在がないもののように扱われてきた」
「長年、存在がないもののように扱われて暴力を受けてきた私に対して、いまの私がたったひとつ、やってあげられることだと思った」
天台宗の寺の僧侶からの性暴力被害を訴える尼僧の叡敦(えいちょう)さんは、1月末に法名や顔を明らかにして記者会見した理由をそう語る。「私がここにいるよ、生きていますよということを伝えるため」とも言った。
叡敦さんは50代。約14年、四国の寺で心理的監禁状態に置かれ、性暴力を繰り返されたと訴える。僧侶と、加害行為を手助けしたとする滋賀県内の大僧正の2人の僧籍剝奪(はくだつ)を天台宗務庁に申し立てている。2人は朝日新聞の取材に「申し上げることはない」などと答えている。
なかなか解けなかった洗脳
叡敦さんは昨年1月、姉夫妻と夫の3人に説得され、暮らしていた寺から引きずられるように出てきたが、その後も何かと理由をつけては寺に戻ろうとした。
「なかなか洗脳が解けなかった。寺に戻りたい、戻らなくてはという気持ちがゼロになったのは昨年10月ごろ。そのころ記者会見することを決めた」と振り返る。家族らには反対されたが、「自分が変わるために」と決断した。
顔を出して性被害を公表した叡敦さんはいま、こう言う。「僧侶と大僧正から自由になれた」。息もできず身動きもとれなかった鎖のようなものからようやく解き放たれた感覚を得たという。「やっと自分の体を使い、息が吸えるようになった」
夫は「顔を出しての会見は当初はちょっと待ってと思ったが、結果的に本人にとっては良かった。最近は、よく笑うようになった」と言う。
会見の様子が新聞やテレビで報じられ、周囲からは「面倒なことをしてくれた」などとの声も寄せられた。しかし、叡敦さんは「宗教の中で大勢の女性たちが流してきた涙を私は背負っているという思いで、みんなと一緒に平和を求めて今を生きている。ひとりで闘っている意識はない」。
生きているという存在の証明
東京都の看護師、田中時枝さん(63)も実名で性暴力を告発するひとりだ。カトリック神言修道会(名古屋市)に所属する神父から4年半にわたって性暴力を受けたとして昨年11月末に同修道会に損害賠償を求めて提訴した。修道会側は性加害の有無については知らないとし、棄却を求めている。
1月に開かれた第1回口頭弁論の際、田中さんは「性暴力を受けて傷ついても立ち上がり、生きているという自分の存在を証明する」ために、顔や名前を明らかにした。
それから約2カ月。「実名を明かしたことで、自分の存在を確認できた」と言う。報道を見た周囲の人やキリスト教関係者から気遣いや応援のメールなどが寄せられ、力をもらっている。「私はここにいていいのだと実感し、安心できた。そして、自分の生き方が間違っていないのだと確認できた」と話す。(編集委員・大久保真紀)
実名告発が次の告発の背中を押す
叡敦さんと田中さんは、放送局記者からの性暴力被害を公にした伊藤詩織さんや自衛隊内での性暴力を告発した五ノ井里奈さん(24)の姿に背中を押されたと話す。叡敦さんは「伊藤さんの会見をテレビで見て、自分に起こっているのは性暴力だと認識した」、田中さんは「若い五ノ井さんの姿に勇気づけられた」。
伊藤さんが告発したのは2017年。元TBS記者から性暴力を受けたと、実名で顔を出して記者会見をした。その後も発言を続け、ハリウッドでの告発から始まった性被害を公表して社会の性暴力への意識を促す「#MeToo」運動の高まりに影響を与えた。
一部引用 朝日新聞 3月23日
https://digital.asahi.com/articles/ASS3Q3PSCS3PUTIL01Z.html?ptoken=01HSMK3VSCHP2PSVE5XRK90GR1