❖太陽が昇る国に何しに来た


阿闍梨へ出家する前に、敬愛していた小林隆彰師の計らいで、生まれて初めて、二つの行をした。


体を駆使する『三千礼拝』は無事に勤めたが、難しかったのは『般若心経の写経』だった。


一日中座って、ただひたすらに一枚一枚お経を書き写すこの行に耐え切れず、阿闍梨さんは重ね書きという信じられないズルをしてしまった。


小林隆彰師はそれを見抜き、哀しんだ。


今度くるときまでに答えを出してきなさいと、阿闍梨さんに一枚の紙を渡した。


その紙には、下のように書かれていた。ヒントは聖徳太子さんの言葉だという。


その時の阿闍梨さんには、その答えはわからなかった。


十数年たったあるとき、阿闍梨さんは懐からぼろぼろになった紙を師に差し出した。


『聖徳太子がおっしゃったのは、日出ずる国。この紙の意味は、太陽が昇る東の国に何しに来たのだ、ということですね』。


まだ弟子でもない阿闍梨さんに弁天堂で行をさせてくださった。そのお礼として弁天さんに奉納する般若心経なのに写経でズルするとは何事だ。すべてが台無しではないか。


一体、お前は何しにここへ来たのか。行をするためではなかったか。


そう叱る師の声が、今なら聴こえるだろう。


この言葉は、その後の阿闍梨さんの戒めとなった。





比叡山・千日回峰行 酒井雄哉画賛集 画 寺田みのる 小学館文庫