◇【外伝】小林隆彰『比叡の心』2瀬戸内寂聴







『ふしぎな仏縁』 瀬戸内寂聴 


昭和四十八年十一月に、今東光師の仏弟子として、中尊寺で出家得度させていただいた私は、十二月のはじめ、天台宗の総本山である延暦寺に登り、出家の御挨拶に伺った。


叡山の十二月は雪に閉ざされて震え上がるような寒さだった。ただ無我夢中で出家して、剃髪した自分の僧形にま慣れ切っていない私は、墨染の衣を着ていても、何となく恥ずかしくていつも目を伏せて歩いているような状態であった。


とにかく一日も早くから叡山へ登り、一山の方々に御挨拶するようにと、御病気中の今東光師僧からの御命令であった。


その時は延暦寺の事務所は、現在の立派な鉄筋造りではなく、木造の古びたささやかな建物だった。


玄関というほどのものもなく、戸を開けるとせまい土間があり、そこからすぐの奥が事務所の応接間になっていた。旧式のストーブが部屋の真中に赤々と燃えており、ストーブを囲んで、これも旧びた応接セットが取り囲んでいた。


時の森定慈紹執行がすぐお逢い下さったが、入っていった私の前にいきなり立ちはだかり、


『ああ、寂聴さんか、いらっしゃい。寒いでしょう』


と気さくに声をかけて下さった僧侶が、副執行の小林隆彰師であった。


森定執行は私にはとても大きい方のようにお見受けされたが小林師は、どちらかといえば小柄で、童顔のせいか、きびきびとお元気で、少年っぽい感じが残っていた。笑顔が人なつっこく、まるい目がにこにことして、私にははじめてお逢いした方のように思えなかった。正直いって、その時の私は一世一代緊張していたので、我にもなく固くなっていたから、小林師のこのあたたかな応対にどれだけほっとしたか知れなかった。


『今先生から、寂聴さんが今日見えるとお話がありましたよ』


そう言って、私の緊張をほぐそうとして下さっているのが、ひしひしと伝わってくる。執行もお話しすると、とてもやさしい方で、私はその部屋のストーブの暖かさと、人々のお心の温かさにすぐほっこりと身も心も包まれてしまった。一しきり雑談がすむと、小林師が立ち上がって、


『じゃ、御本尊に御挨拶にまいりましょうか』と誘って下さった。私は小林師の背後にくっついて、雪ですべりそうな広い参道の坂道を下り、根本中堂にお詣りした。


それまで観光者の一人としては度々お詣りしたことのある根本中堂だけれど、僧衣姿で、このお山につながる一人の尼僧として参詣するのは、はじめてのことであった。


小林師は私の先にたってすいすいと廊下を渡り、根本中堂の説明をさり気なくして下さりながら、礼拝所の中央に坐られ、私に横に坐るようおっしゃった。


般若心経はあげられますか?


続く、、


比叡の心 序文 瀬戸内寂聴  小林隆彰 著