北向観音から善光寺・長野7


阿弥陀様との結縁を願う庶民の大寺「善光寺」





善光寺は、1998年の長野オリンピックにおいて、善光寺の鐘楼の鐘が開会の合図となったことからもうかがえるように、長野を象徴する寺院です。江戸時代から「遠くとも一度は参れ善光寺」と言われており、古来人々に親しまれてきたお寺 です。中世には現在の長野市の基礎となるような門前町が形成されるなど、人々に与える影響力は非常に大きく、戦国時代には御本尊の阿弥陀三尊像が武田信玄や織田信長、豊臣秀吉といった大名たちによって、甲斐国(山梨県) や美濃国 (岐阜県)、尾張国(愛知県)、さらには京都へと転々としたこともあったそうです。


この多くの人々を惹きつけてきた善光寺の御本尊は、絶対秘仏でありその姿を直接拝することはできませんが、七年に一度御開帳される鎌倉時代に造られたお前立のお像からその姿をうかがうことができます。「善光寺如来」と称されるこの様式の仏像は盛さかんに模倣品が作られた ほか、全国各地に善光寺が勧進され、崇拝されてきました。このように善光寺が多くの人々に愛されてきた背景には、善光寺が「民衆のお寺」であるということがあり、現在の善光寺にも、その性格は引き継がれています。


国宝に指定されている大きな本堂の内陣には広い参拝スペースがあり、昔はここで一晩を過ごし、御本尊に祈りを捧げたそうです。御本尊の阿弥陀如来は人々を極楽浄土へ導いてくださる仏さまで、死への恐怖という人間の普遍的な感情に応える御本尊の存在が、多くの人々を惹きつけているように感じました。本堂では暗いお堂の地下を巡り、御本尊の真下に ある錠前に触ふれることで阿弥陀さまとご縁を結ぶ「お戒壇巡り」というものも体験できます。実際に形あるものに触れることで、阿弥陀さまの存在を感じることができるものでした。


通常、御本尊はお堂の中央に置かれることが多いのですが、善光寺の御本尊はお堂の左側(西側)に置かれています。そのルーツは飛鳥時代の創建時に遡り、善光寺を開いた本田善光さんがはじめ御本尊を住居の西側の庇に置いたためであることに由来しています。現在でも、本堂奥の 左手(東側)には本田善光とその妻子のお像があり、その西側に御本尊がお祀りされ、善光の信仰を今に伝えています。僧侶や貴族のためのお寺ではなく、庶民のためのお寺であるということが本堂の構造から強く感じられました。拝観の案内をされているのも僧侶ではない、地域の人たちであり、山門から延びる参道には多くのお店が立ち並んでいて、お寺が民衆を守り、民衆がお寺を支えるという善光寺の姿をうかがうことが出来ました。


善光寺

〒380-0851

長野県長野市大字長野元善町491





 令和9年善光寺御開帳




 

◎主な行事日程は以下のとおりとなります。


令和9年

 3月28日(日) 回向柱受入式

 4月 3日(土) 前立本尊御遷座式

 4月 4日(日) 開闢大法要

 4月24日(土) 中日庭儀大法要(天台宗)

 5月 8日(日) 中日庭儀大法要(浄土宗)

 6月19日(土) 結願大法要

 6月20日(日) 遷座式

※開催期間77日間