「今日も降るかな?」
見上げる空は、どんよりと曇っている。最近、雨ばかり続くせいで気が滅入る。


仕事はデスクワーク中心で、すっかり体がなまってしまっている。それに、最近どうも疲れが抜けず体が重いだけでなく、仕事のプレッシャーで心はすっかりすり減っていた。そんな心のモヤモヤをどうしてもリセットしたくて、僕はジョギングに出かけることにした。


久しぶりだった。無理をせず折り返し地点を決め、ゆっくりとしたペースで走り出す。
昨晩降った雨が地面をしっとりと濡らしていた。湿った空気はそれほど不快ではなく、肌に受ける風が心地いい。
「やっぱり体を動かすのは気持ちがいい」



折り返し地点に近づき、左回りにUターンをしようとしたそのときだった。

ズルッ!

足元が滑り、体勢を崩す。視線の端に木の枝をとらえながら、空が斜めに動く。

ドサッ!!

嫌な音を立てて手と膝を地面に打ちつけた。
そこはアスファルトではなく、タイルのようなものが張られている場所だった。
「あいたた…。やば、完全に見落としていた」


手のひらと膝を少し擦りむいたものの、他は大丈夫みたいだ。服に泥がついたけれど、どうせ洗濯するから問題ない。ただ、ちょっとジンジンと痛みが響く。これ以上走るのは無理かな。

よっこらしょ、と立ち上がりながら、ふと視線を感じたほうを見た。通りすがりのおじさんがこちらをじっと見つめている。瞬間、目があった。
「……」派手に転んだ姿を見られてしまった。これは、想像以上にキツい。一瞬で顔がカッと熱くなる。でも、何事もなかったかのように平気な顔をして、僕は歩き出した。



「転んじゃったな。まあ、いっか。こんなこともある」
不思議なことに、「最悪だ」という思いは湧いてこなかった。

歩きながら周囲を見渡すと、まわりの緑が色鮮やかに目に飛び込んでくる。曇り空の下、木々の葉に残った水滴がキラキラと光っている。
ゆっくりと歩を進めながら、「足の裏を感じてみるのも面白いかもしれない」と、ふと思いついた。

右足、左足。
シューズのインソールの柔らかさを通して、アスファルトの感触が伝わってくる。雨上がりのしっとりした空気を感じ、草木の匂いを感じ取る。さっきまで乱れていた心がスーッと落ち着いてくる。


途中、小さな花壇を見つけて足を止めた。
しっとりと濡れた葉っぱの陰で、花々が咲き終わりに近づき、黄色い花びらが色あせつつある。

「もう夏の花も終わりか」
「もう、彼岸花の季節だな」
しみじみと季節の移ろいを感じる。


走り続けていたら、絶対に見落としていた景色。転んで、歩くことを選んだからこそ出会えた時間。たまには派手に転んでみるのも、悪くない。


そう思うと、「今日は転んでラッキーだったのかもしれない」とさえ思えた。
自分の心の向きを少し変えるだけで、なんてことのない1日が、ふっと特別なものに変わっていく。
僕を転ばしてくれたあのタイルに、小さくお礼を言った。

 

 

 

見方を少し変えるだけで、いつもの出来事の意味が変わることがあります。
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