父親がいなかったから、あげたいもの。 | イタリアでモロッコごはん

イタリアでモロッコごはん

イタリア在住 リツコがモロッコ人と結婚を決めた途端、介護同居生活が始まり今に至るドタバタと、美味しいモロッコ&地中海料理について語ります♪

私の日本の実家では、あまりにも

問題がなさすぎて

本当に平和に、平和ボケしながら暮らしていた。

 

 

小学校の高学年になってから

どうも、他の家庭では

こんなに平和ではない場合もある

 

ってことに気がついたくらい

平和すぎた。

 

 

私の夫はモロッコで

6歳の時に父親を亡くしてから

お金持ちだった母方のお祖父さんに

経済的に養ってもらっていた。

 

 

推定26歳離れている

現在同居中の異母兄弟の義姉は

もう家を出て、バリバリ働いていた。

 

 

経済的には、なんとかなったけれど

学校でお友達がお父さんに迎えにきてもらっているのを見ると

寂しさで胸が張り裂けそうだったという。

 

 

夫はまだ父親の記憶があるから良い。

若くして既に亡くなった夫の弟(私の義弟)は

当時1歳になるかならないか?だったので

父親の記憶は、無い。

 

 

 

義弟は不思議なことに

自分の父親と同じ運命を辿った。

 

自分の2歳の子と

生後11ヶ月の子供、二人を残して

突然、脳出血で亡くなってしまったのだ。

 

 

奥さんは未亡人となり

やはり、お金持ちの自分の家族に養ってもらっている。

 

 

 

父親代わりだった

夫の母方の祖父が亡くなった時が

1番の夫のピンチだった。

 

経済的な支えがなくなったのだ。

 

大きなお姉さん二人が働いていたけれど

今までのように、自分の好きなものは買えなかった。

 

だから14歳からアクセサリーを作ったりして

小銭稼ぎを始めたのだという。

 

 



 

 

今、息子がその頃の彼と同い年になる。

 

プチ反抗期で色々やらかしているけれど

夫は父親がいなかった自分が味わった

あの空白の時を埋めるかのように

息子に色々やってあげたがる。

 

 

自分が満たされなかった父親からの愛を

全て息子に与えようとする。

 

 

プチ反抗期の息子は、それをウザがる。

 

 

「お前は父親もいて、全て持っているのに

 その態度はなんだ真顔

と、夫は拗ねるニヤニヤ

 

 

きっと、うちの娘も、息子も

私のように平和ボケしているタイプだよね指差し

 

 

満たされているのなら、良いではないか。

何も不自由なく、欲しいものを買ってもらえて

良いではないか。

 

 

 

人には色んな運命が待っている。

自分にはどうにもできないこともある。

 

 

幸せに平和ボケしている人もいれば

毒親に育てられて苦しむ人もいる。

 

健康なのにブーブー文句言っている人もいれば

不治の病でも、ベストを尽くそうとしている人もいる。

 

 

どんな状況にあっても

希望さえ捨てなければ

絶対に良い方向に向かうから。

 

 

不治の病であることを跳ね除けて

「受け入れない」選択をすることだって出来る。

 

毒親に育てられても

反面教師で、絶対に自分の子供に同じことをしない

と、選択することだって出来る。

 

 

置かれた場所で、花を咲かせれば良いのだ。

 

 

夫は、「父親」として

息子に色々やってあげられることを

とても嬉しく思っている。

 

 

私は夫が「魔の53歳」で死なずに

父親を続けられていることに感謝している。

(夫の兄弟はみんな53歳で亡くなっていたから.....

 義弟は43歳の若さで逝ってしまった悲しい)

 

 

悔いのないように毎日を生きよう。

目の前の人に、愛を注ごう。

最後の日に、あぁ、あの時もっと.....と

思い残すことが無いようにスター