01. 鏡を見ては、いつも
朝の身支度時はむしろ、寝過ごしてバタバタすることが多いから、ちゃんと見ることは少ないけれど。
最近、違う活用法を見つけ、無意識のうちに笑みを浮かべていることに気付いた。
基本的に、とても律儀な彼の動線は、朝であっても、というか忙しい朝であるからこそ、きちんと決まっている。
起き抜けで、いつもはきっちりしている彼が、なんだかぼんやりと無意識に動いている姿も。
シャワーを浴びてすっきりしてからは、想像通りに口やかましくも、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる態度も。
真っ直ぐ見つめれば、照れるか恥じるか、素っ気なくなってしまうことが分かっているから。
唯一許される鏡越しに見ては、いつもの日常が始まることを、確認する。
他人に対しても、けれどそれよりも己に対して厳しい彼は、入念な確認を怠らない。
鏡を前に、前後左右をチェックするのを、普通はナルシストだと言うのかもしれないけれど、芸能人を目指す俺たちにとっては当たり前の行為。
そして、今日も完璧な彼の姿を朝から見ることが出来て、幸せになるんだ。
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02. 例えばで始まる無限夢想
相変わらず授業は大変だけど、面白い。
知らないことを知ることも、考えたこともなかったような自分の可能性を広げることも。
ひとりで頑張ることはもちろん、春歌たちクラスメイトと一緒に造り上げていくことも楽しい。
だけど、ふと想像してしまう。
こういうことを、彼と一緒に出来たら。
考え方も価値観も違うから、きっとあれこれ喧嘩腰になってしまうことも多いだろうけれど。
それでも絶対に、ドキドキして、ワクワクして、たまらないと思うんだ。
例えば、で始まるのは、無限夢想でしかないけれど。
卒業してプロになったら、叶うはず。
その時にがっかりさせることがないように、だから今は出来ることをやるしかないんだよね。
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03. 接触時には深呼吸
何よりもまずは、朝イチ。
あのきれいな顔は、起き抜けにはめちゃめちゃ心臓に悪い。
好きなんだから見られればうれしいとは思うけど、それなりの覚悟をしてからじゃないと、超過勤務でストライキを起こしそうになる。
校内での偶然ばったり、も、要注意。
全身鎧を纏ってますっていう、ある意味ストイックなほどの無表情さは、近寄り難いけれど神々しさもあって、女の子たちが騒ぐのも頷ける。
アイドルと一括りにされるけれど、個々のキャラクターはそれぞれで。
しかも、TVをはじめ、公の場では素の自分とはかけ離れたキャラクターを演じることも少なくはない。
自身ではない自分が一人歩きをはじめていることに、誰よりも本人が苦痛を感じていたからこそ。
本当の姿との接触時には深呼吸が必要になる。
僅かも飾ったり取り繕ったりしない姿を見せてくれることが、どれほどうれしいかってことを、いつ、教えてあげられるんだろう?
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04. 本日の運勢チェック
朝番組は、目覚まし代わり、兼、情報収集の機会でもある。
寝起きで働いていない頭で、政治家の汚職だの、芸能人の恋愛関係などを流し見る。
気になるのは、番組の最後の数分間。
本日の運勢チェックを怠るわけにはいかない。
金運はともかく、ラッキーカラーやラッキーアイテム如何によって、その日の小道具を変えなくてはいけないのだ。
相性のいい相手が彼の星座だったりしたらもう、1日何も手に付かなくなっちゃうほどに浮かれるし、逆もまた然り。
心底から信じているわけでは決してない。
それでも、ほんの少しでも近付けるのなら、一緒にいられるのなら、僅かな可能性にだって神頼みしたくなる。
気になって、それが始まるまでは何も手に付かず、最中は凝視してしまうから。
結果、毎朝『遅刻』を脅されることになるのだけれど、それもうれしいって言ったら、呆れられちゃうのかなあ。
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05. 気になるキャッチフレーズ
運勢のあと、番組終了の〆として、女性アナがメッセージに似た言葉を話す。
『今日は紫外線が強そうです、お肌のケアに気をつけてくださいね』とか『雨で気分も沈みがちですが大切な人のことを思って頑張りましょう』とか。
たいていそれは若い女性に向けたもので、定年間近のおじさんとかにはあんまりためにならなさそうなものが多い。
けれど、女性よりも外見も体調もきちんと管理することが当然とされるアイドル候補生で、しかも気になる相手がいるオトコノコにだって、それはかなり重要で。
誰も見たことがないなんて噂されるその人の笑顔が見られるのなら、藁にだってすがりたくなるというもの。
本日の気になるキャッチフレーズは、『今日は今年半分の最後の日、後半に後悔を残さないためにもやり残したことをしてしまいましょう』。
出会ってまだ3ヶ月、今年は半分過ぎたけど、今年度はまだ初期状態。
とはいえ、与えられた時間は限られているから、1分1秒をも惜しみたい。
やり残したこと、というか、やってもらいたいこと、は、ある。
『ねえ、オレのこと、名前で呼んで?』
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06. ささやかな願掛け
授業は結構、大変だ。
アイドル養成学校だからとたかをくくっていると、痛い目に遭う。
たとえ歌手希望だったとしても、作り手の意図をきちんと理解しなければ歌を自分のものには出来ないと、作詞作曲も必須で。
だけならともかく、普通の学生には必須の数学や化学、歴史なども、『常識を知らねば、世間一般の人が共感するいかなる感情も込められまい』なんていわれて。
歌うことはもちろん、技術としてはギターならばそれなりに自信はある。
春歌と一緒に曲を作った時に、苦労はしたけれど出来た時の達成感は格別で、個人的にも、スターリッシュとしても、もうその世界から抜けることなど考えられないと思った。
だからこそ、ささやかな願掛けをしたのだ。
みんなには内緒にしている、彼のもうひとつの存在。
それが作られたものであることは承知の上で、けれどだからこそ、いつか、彼そのものとして一緒にステージに立ちたいと思う。
お互いの秘密を、いつ、バラしあえるんだろうね?
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07. 理想のタイプを追って
春歌のおかげもあって、スターリッシュは学生でありながらもデビューすることが出来た。
もともと、芸能人としての養成学校であるから、デビューしたあとの言動なども細かく指導されている。
基本としては、とにかくプライベートでの言質を取られるようなことはするな、である。
新人であるが故に、番組の収録やロケなど、とにかく良くも悪くも俺たちの何かを探り出そうという輩は多い。
レンやマサなどは、ある意味他人の目が常にあるという環境で生まれ育っているためか、そういうのを逆手にとるすべも心得ており、あしらい方も上手い。
那月や翔は、地のままで応対しているのだろうが、ボケまくっている那月に突っ込みまくる翔は、外野をいつの間にか無視していたりする。
オレはそれなりに愛想をふりまいたりはするけれど、普段寡黙な彼は、さらに黙秘権でも施行しているかのように喋らず、表情筋さえも不動だ。
それぞれが、それぞれに違うのがいいともてはやされるからこそ、訊かれる頻度が多くなるのが『理想のタイプ』。
『好きになっちゃったら、それが理想のタイプでしょ』
だから、その理想のタイプを追っている最中なんだ、他のことは放っておいてくれないかなって思うのは、ワガママなのかなあ?
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08. 落ちて昇って沈んで浮いて
今までは全然気にしなかったことが、彼のたった一言で気になって仕方がなくなる。
音楽のことや将来のこと、食べ物も、その視線の先も。
言葉を飾ることをしないから、それは時に厳しく、けれど、賞賛も真っ直ぐに届く。
心に曇りがないから、否定も容赦ないけれど、迎合をよしとしないからこそ賛同にも偽りがない。
だから、落ちて昇って沈んで浮いて、最近自分は精神的に多忙だとため息をつく。
それでも決していやなものではないというのが、さらに自分を落ち込ませる。
小さなことで一喜一憂する自分を、どう見ているのか、または、何も思わないのか。
チラリチラリと横目で確認、たまにはじっと凝視して探る。
気配に敏い彼は、そうしている自分に気付いているはずなのに、きれいに無視を決めこんでくれる。
沈めるのなら、きっと今、床板に嵌りこんで階下を突き抜けているはずだ。
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09. 眠れぬ夜さえ幸福の時
『恋をすると女の子は綺麗になる』なんてよく言われているけれど。
男の子は、どうなんだろう。
しかも、もともとそれ以上綺麗になれないくらい綺麗な人は、恋をしたらどうなっちゃうんだろう。
綺麗の折り返し地点というものがあって、そこまでいっちゃったら今度はどんどん綺麗じゃなくなっちゃうとか。
それとも、自分が想像出来ないくらいの綺麗というものがまだまだあるのだろうかとか。
たとえ相手が自分じゃなくても、もちろん自分であればいいとは願うけれど、ともかく、彼が恋をしたのなら。
「見て、みたいかも」
恥じらったり、赤面したり、戸惑ったり、吃ったり。
完璧なほどのポーカーフェイスがそんなふうにかわいらしく崩れるのが、やっぱり自分の所為であってほしい。
そんな想像は、同じ部屋で眠っている彼の吐息が気になって眠れぬ夜さえ幸福の時間にしてくれるのだ。
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10. 良く効くお薬を下さい
「草津ってどこだっけ」
いつもの部屋の、いつもの位置で、いつものように課題と格闘していた時。
いつものようにワイワイと喋っていた時、ふと友千香が呟いたのが気になったのだ。
「群馬の…かなり上の方だったはずだが」
Aクラスの自分よりもきっと難しくて大変だろう課題を、見ている限りはよどみなくすすめているその手を止めずに答えてくれる。
言外に『行きたいのか』と問われ、ふと考える。
「行きたいっていうか…や、でも行っても治らないんだっけ」
聞こえなかったのか理解出来なかったのか、不審そうに振り向いた、そんな表情や一挙一動にまで、やっぱり好きだと何度も思う。
だから、恋愛に良く効くお薬を下さい。
痛みや傷が消えるようにこの思いが無くなるんじゃなくて、ちゃんと彼が自分を好きになってくれるように、そんな人になれるお薬を。