母の生きる力がすごい!
白血病が再発して
何もしなければ
1、2ヶ月
延命治療で1、2年
治療を選択して入院したものの
最初の薬は効かず
悪い細胞は
あっという間に増殖した
そこで
最後の望みをかけて
薬を変えた
そこから奇跡が起きた
母によると
ブラストという値があり
これがあると
白血病と診断されるらしい
それが
50あったものが
薬を変えて
2になった
看護師さんに
母の生きる力はすごいと
驚かれたらしい
あと少しと連絡が来た日の検査で
なんと
0になったとのこと!
嬉しい 嬉しい
これで
母のやりたかったことを
やらせてあげられるかもしれない
温泉 すき焼き わんこと散歩
どれも健康体だと
些細なことだけど
母にとってはハードルが高く
とても幸せを感じること
母の症状が落ち着くと
勝手なもので
慌てて仕事を辞めたこと
拠点を地元に戻すこと
などが
これで良かったのか?と
悩み出す
息子も不安そうだし
姪はまた入院したし
人生の進む選択が
難しすぎる
母は治ったわけではなく
一時的なもの
退院も決まっていない
今は奇跡が起きている
うん
やはり
帰ろう
どうせ、こっちにいても
落ち着かないし
母のことばかり
考えるだろう
帰るのが半年
早くなっただけだ
月に数日は
こっちに来て
息子の世話はするし…
と、文字に書いて
確認してみる
うん、よし
それもこれも
母の生きる力がすごいから
悩める幸せなのかもしれない
アンガールズ田中さんのお母様がお亡くなりになっていた
先週あたりから
金スマの番組コマーシャルで
アンガールズ田中さんが
涙を流しながら
お母さんのことを語っていた
昨年
お亡くなりになったとのこと
驚いた
よくバラエティ番組に
出演なさっていて
可愛らしい
息子思いの
素敵なお母様だなと
拝見していた
希少がんに侵され
余命1年か2年かと宣告されるも
5ヶ月ほどで
旅立ってしまった
緊急事態宣言が出ていて
会いに行けないまま
亡くなってしまったとのこと
どれだけ
悔しくて悲しかったことだろう
番組内で
田中さんがおっしゃっていたことが
私の心の不安
そのものだった
「世の中の人みんながこの悲しみを乗り越えて
行くんですよね」
それは
とても辛くて悲しみに耐えられないという
気持ちから出たものだと思う
母に余命宣告が出た時
この悲しみを乗り越えることができるか
それが恐怖ですらあった
でも
誰もが親との別れを経験して
生きていっているんだよなと
よくわからないけど
みんなすごいなぁ
なんて思っていた
お母様が亡くなって
1年以上たっても
その悲しみは癒えることなく
涙が流れ落ちる様子を見て
明日の自分を見ているようだった
たくさんの思い出がある分
愛情が深い分
悲しみが癒えるには
時間がかかるだろう
同じ思いを感じている人を
目の当たりにして
なぜか私の心は
落ち着いていった
私だけじゃないっていう
気持ちなのだろうか…
アンガールズ田中さんのお母様の
御冥福をお祈りいたします
生きることの難しさ
姪が入院した
生きていることが辛くて
この世から消えたい願望が
強くなってしまったらしい
いつも傍に
訪問看護師さんがついていてくれて
それはもう24時間
朝まで付き添ってくれたり
深夜から朝まで
電話で相手にしてくれたり
その様子を見ているのが
私は時々
辛かった
私と会話をする彼女と
看護師さんといる時の彼女は
別人格だからだ
さっきまで元気で
鼻歌を歌いながら料理を作っていたのに
看護師さんが来ると
布団に潜り
玄関への出迎えも出来なくなる
ずっとその様子を近くで感じ取り
自分が辛くなってしまった
彼女が帰宅しない
電話の声が気になる
そんなこんなで
眠れない夜が続き
薬を増やした
自分のことは
自分でやってもらおう
そう思い
炊事、洗濯は
自分でやってもらった
以前も一人暮らしをしていた彼女
今後も一人暮らしを
強く希望している彼女
できないと困るだろうと思い
そう提案した
洗濯機には洗った服がそのまま
流しには
使った鍋や食器がそのまま
そのようなことが
積み重なり
ストレスとなって
彼女にどこか冷たい態度をとってしまった
彼女の母である妹は
あまり関係ないから
気にしないで
と…
主人の帰って来ない
暗い部屋は
彼女が生きようと
頑張っている品々が
鎮座していた
ごめんね
どうして
一緒にいる時に
寄り添ってあげられないのか
自分の残酷さと
自己中な考え方に
絶望感さえ込み上げる
生きたくても
普通に生きられなくなってしまった母
生きているけど
認知機能が衰えていく叔母
生きることが辛く
この世からいなくなりたい姪
生きていくって
なんて残酷なのだろう
わんこたちのように
今だけを見つめて
生きられたのなら
どんなにかいいだろうに
ただただ
涙が止まらない