熱と震え
母は体温の調節ができないのか
アセトアミノフェンを服用しても
数時間後に熱が出てしまう
熱が出てきた
あるいは
熱が出るな
と、言っていると
震えが始まり
高い時は39度を越える
薬を服用すると
下がる
4時間おきに500mgを
服用している
特に夕方になると
途端に不調になり
熱が出る
そんな毎日を過ごしていたが
今日は
熱が下がっていても
夕食が食べられなかった
支えが必要なほど
ふらふらしている
今までも
食べられたと言っても
普通の人の5分の1くらいだが
下がると元気になって
なんとか食べて
喜んでいた
しかし
今夜はそれもない
明日は外来の日
点滴をしても疲れて
熱が出る
その震えは
見ていて怖いくらい
自分の感情を押し殺して
平気を装って
介護をする
そんな母と一緒にいても
母がいなくなる感覚がない
頭の中で
クロージングセレモニーの
映像が浮かんでしまう
でも
悲しくない
おかしいのかな?と
思うほど
感覚がない
ただ ただ
怠い
眠い
食事がとれなくなったら
本格的な終末期
ありがとうを
もっと伝えなきゃ…
ありがとう
父は
大手企業の
一つの部署の
一番上にいた
内閣府に属したこともあった
今でも
父のハンコは
活きているらしい
部下には厳しく
怖い存在だったらしい
寝言で
怒鳴ることもあったと母から聞いた
その父が
59歳の時に
食道癌になり
大きな手術をした
その時から
父の背中は
小さくなっていった
数年前には
パーキンソン病になった
この歳の
元企業戦士たちは
プライドが高く
家庭のことは
妻任せ
キッチンに入るなんて
もってのほか
そのためか
今も口調は
上から目線
変なところに細かくて
自分のことは全然できない
だから
家族で介護をしていても
その言い方に
イラッとすることが多々ある
歳をとって
お世話をしてもらうようになったら
可愛げがないと
だんだん敬遠されてしまう
子供の頃は父が怖かった
単身赴任で
ほとんど合わなかった
会話も少なかった
そんな父に
今、私は
ありがとう
という言葉を教えている
ありがとうは
魔法の言葉
辛くなっても
この言葉をかけられると
頑張ろうと思える
昨日帰る時
じゃ、帰るね
また明日ね
と、声をかけると
父が
大きな声で
「ありがとう」
と、言ってくれた
驚きと共に
とても嬉しかった
「また、明日ね! おやすみ!」
と、私はもう一度
大きな声で返した
父から
ありがとうと言われることが
本当に嬉しかった
パパ
ありがとう
またね
毎日、熱と闘っている
少し出かけただけで
高熱が出る
熱が出る前は
全身が震えるという
その姿を目の当たりにして
ショックが隠せない
今は薬が効いて
数時間後には37度台になる
それでも
素人目にも
母が弱っていることがわかる
飲む薬のこと
どれがどれだかわからない時がある
トイレの電気がつかない
と、言い出したが
電気はつく
月単位で
週単位で
日単位で弱っていく
と、YouTubeで見た
週単位?もしかして日単位?
で、弱ってる?
夜になると
私は車で20分ほどのところの
家に帰る
妹夫婦が2世帯で
一つ屋根の下にいるから
そこはお願いして
帰る時に言う
またね
明日ね
あと何回言えるのだろう…
またね
おやすみ