父の震えの原因がパーキンソン病ではなかった⁉︎
某総合病院の
脳神経外科の先生が
パーキンソン病の父の症状を診ても
なんのアドバイスも薬の処方もなく
20年前の食道がんから
診ていただいている先生が
いつも心配して
諸々の困った症状は
パーキンソン病からくるものなのではないのかと
いつも脳神経外科の先生に
回してくれるのだが
特に何もなし
見かねた妹が
お薬は…と、言ったら
白髪を白髪染めで染めても
なくならないでしょ
と、言い放たれたそうな
田舎は総合病院が
一番良い病院!
的な感じがあって
ま、他に病院がないからなんだけど
ずーっとそのままにしてしまっていた
そうしたら
母のお友達の甥っ子さんが
パーキンソン病を専門に診ている
お医者さんで
母のお友達の旦那さんも
パーキンソン病なのだけれど
その甥っ子さんに診てもらっていて
薬も飲んでいるらしく
父よりも長く患っているのに
見た目
父よりもお元気そうらしく
妹と相談して
隣の市の病院の
その先生に診ていただくことにした
そうしたら
そうしたら
別の病名出たー
頸椎後縦靱帯骨化症
難病指定されているらしい
まず
父の震えと脚の不自由さが
左半身だけ
パーキンソン病は
片方だけ症状が出ることはないらしい
え?え?ええええ?
お薬も処方していただいて
もっと詳しく検査しましょう
と、言ってくださった
嬉しかった〜
話を聞いてくれて
原因教えていただいて
お薬まで…
父が
お薬の副作用が強いとか…
と、先生に言ったら
薬で副作用が無いものなんてありません
と、言われた
そーだよね
某総合病院の先生に
脅されたんだもんね
副作用の怖さをね
父よ
母の元に行きたいんだろうが
もう少しこの世で頑張ってから行かないと
向こうで
母にずーっと罵倒されるよ🤣
やることやってから行こう
脳は
結構萎縮しているらしい
はぁーーー
田舎で生きる者と
都会で生きる者の違い
医者を選べない
私もこちらに戻って
春から仕事始めなきゃなんだけど
まだ
息子が落ち着いていないこと
そして
通える病院がないこと
から
決断できずにいるのだ
さて
父はショックを受けていた
難しい病気に罹ったこと
母と一緒だなぁ
なんて言ってる
母がそれ聞いたら
怒るぞー
全然違うって
と言うと
治らないところが
同じなんだと…
そういうところだな
母をイライラさせていたところ
とんちんかんだと言っていたな
病気がわかって
薬で症状を少なくしてくれて
何より
父の困ったを聞いてくれる
先生に出会えて
良かったじゃん
と、励ましてみた
社会的には地位があって
収入もあって
大きな部署のトップまでいった人なのに
こんなに小心者?
心配症?ネガティブだったとは…
私は父に似たんだなぁ
私の肉親は
難病のデパートだな
私は何で
この世を去るのだろうか
ちょっと怖いなぁ
49日の法要が終わり…
大寒波が日本を覆う中
母の49日法要と納骨を終えた
ご住職さんのお経を聞いた途端
お葬式にフラッシュバック
涙が止まらない
遺影を見ると
なぜ
母がそこにいるの?
という思いが込み上げてくる
父の隣で父を叱咤する母がいない
変だよ変だよ…
ご住職様がおとなえを終え
お話をしてくださった
この1ヶ月と少しの間
今までとは違った生活があったことでしょう
年末は
いつもと違い
静かな時間だったことでしょう
いなくなってから
お母様の存在が
どれほどまでに
ご自身の中にいらっしゃったのか
そのような気づきもあったことでしょう
涙が止まらない
ふと、涙が溢れ出ることもあるでしょう
それは自然で
なんらおかしいことではございません
しかし
お母様が亡くなったことにより
新たに気づくこともあると思います
お母様が亡くなったことによって
学べることがあるはずです
お母様の死から
学びとってください
というようなお言葉を
いただいた
優しい口調で
心に語りかけてくださった
うん、そうだ
まだまだ涙が出るのは
自然なことなんだ
そして
母の死を
学びととることが
できるんだ
そんなことを思って
少し気が楽になった
お寺さんを出る時
雪が舞い始めた
母の粋な演出かな
母のおかげで
久しぶりに
家族全員がそろった
幸せな時間を過ごすことができた
ありがとう
納骨では
長男と次男がいてくれたおかげで
無事に納骨できた
ありがとう
(姑と折り合いが悪かった母
同じお墓に入ること
嫌がっているだろうなぁ)
49日を終えると
生まれ変わるとか…
もう、この世に母がいないことを
受け止めなきゃなぁ
夜は家族で麻雀大会
母ともよくやったなぁ
麻雀供養
明日からは
ほんの少し前を向いて
前進できるといいなぁ
あ、叔母は
母(姉)の納骨に行きたいと言って
参加人数に加えていたが
前日に
妹のところに
雪道で道路が動かないらしいのよ
だから行かない
と、連絡があったそうな
どこの話?
この地方は
大丈夫なんだけど…
うん、仕方がないね
父は数日前
道端で転んで
ご近所の方が助けてくれたらしい
うーん
まだまだ心配のたねは
つきませんな
息子の就職して落ち着くまで
そばにいてあげたかったが
父、叔母の面倒も見なきゃならないし
貯金も使い果たした
働かなきゃ…
だし
どーしたらいいの私
おかーーーーさーーーーん
叔母が病院をドタキャン
叔母の2ヶ月に1回の
認知症外来
叔母の希望で
都会の
有名大学病院
予約日の前日には
叔母に
一応電話をする
毎回、私が付き添って
診察に行っているのだが
そのことは
覚えていない
いつも
病院で会おうねと言うと
え?何で?
という雰囲気を
醸し出す
今回もそうだった
そしてその日の朝
7時前に携帯がなった
見ると
叔母からだ
???
出てみたら切れた
以前もあった
間違って登録ボタンを
押してしまうことがある
今回も
それだなと思ったが
また
かかってきた
起きたら
股関節が痛くて
歩けない
だから
今日は病院に行けない
ごめんね
まず
電話が出来ることに驚いた
そして
私が病院に行くことを
覚えていたことにも
さて
どうしたものか
病院に連絡をすると
電話診療ができるとのこと
しかも
担当医が体調を崩して
復帰はいつになるかわからないとのこと
薬だけ処方してもらえればいいから
病院に私ひとりで行くよりは
電話でいいかと思い
お願いをした
が
待てど暮らせど
電話がかかって来ない
半日拘束されてしまった
行った方が良かった
さて
その叔母だが
ヘルパーさんが訪問すると
腰が痛いと言い
いつもは着替えるのに
パジャマのままだったらしい
痛いのは本当だったか
驚いたのは
カレンダーの31日の日付に
その病院の名前が書いてあったこと
いやいやいやいや
勝手に行かないでくれ
そして
もう東京には行きたくないから
今通っている眼科に
薬を処方してもらおうかと思う
と、話していたらしい
眼科で認知症の薬ですか?
無理だと思いますけどー