前回取り上げたナヴァロ氏の記事は、早速各大学の皆様が多数読んで戴き、その関心の高さにあらためて敬意と感謝を表します。
・・・私(*山本親雄少将)が海大学生のときにも戦争指導について殆ど教えられなかった。大尉の初期、在米大使館附武官補佐官を勤めたとき大使館附武官山本五十六大佐に対し、「軍人は政治に拘らずですから、政治に関する本はあまり読みません」といいましたら、武官に大へん叱られ「軍人は政治が判らないでは駄目だ。そんな馬鹿なことをいうものではない。直接政治に関っては困るが、大いに勉強して政治のことが判っていなければ大したことはできない」といわれ、爾来私はこの点にも、心掛けるようにしたが及ばぬところ多く省みて恥かしい次第です。戦後になって私は台湾で蔣介石総統の軍事顧問としてわが陸大卒の陸軍士官多数の方々と一緒に勤務しましたが、(*日本)陸軍の人も戦争指導については、あまり勉強はしていないように思いました。中澤中将のいわれるように、彼を知らず己を知らず米英を敵として無茶な戦争となったのも陸海軍将校の戦争指導に関する教育のなかったことも重大原因ではなかったかと思う。・・・「海軍中将 中澤佑 (*海兵43期、海大26期)」(中澤佑刊行会編、昭和54年原書房刊)の227~228頁(編者 山本親雄記注)
山本五十六提督が厳しく指導したのは、「政治に拘らず」ということは「政治を知らなくてもよい」ということとは違う、政治を大いに勉強して判っていなければ「大した仕事はできない」という叱正です。これは当時の軍人のみの話ではなく、現代の大学生の皆さんも同様であり、これから大学院を経て大学に残られ研究者・学者として身を立ててゆかれる方も、卒業して実社会に出られる方も、その仕事上直接政治に拘る職業でなくとも、政治のことは勉強して判っておかねばならないという教えです。現代日本では、さらに軍事もこれに加わるように思います。防衛大学校ではない一般大学の学生であっても、最低限政治と軍事に関する知識や知見を持っておくことが、殊に国際的分野で仕事をする場合には、必須の要件となると存じます。
その意味で、今まさに世界は軍事的な戦争がウクライナやガザ地区を舞台にして行われているのみならず、貿易上の戦争がアメリカの関税政策によって引き起こされようとしています。いずれの戦争も、ない方が良いに決まっていますが、平和を希求して実現するためにも、一体何がどうなっているのか、という情況を知るための知識や理解は、絶対に必要なのです。先ずは相手をよく知って理解した上で、もっとも効果的かつ最善の対策を案出してゆかねばなりません。今や日本の民間企業にあっても、社内に情報収集・分析担当組織を整備して、取り組むところが増えてきているのが現状なのです。
ご参考記事:トランプ時代 “インテリジェンス”強化に動く日本企業|おはBiz|おはよう日本|NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/contents/ohabiz/articles/2025_0404.html
また前々回の本ブログ記事〔「米産米消」:トランプ関税政略にどう向き合うべきか〕でも取り上げた様に、外国でも「アメリカへの輸出依存から他国への輸出を増やす『脱アメリカ』の取り組み」がすでに現れはじめています。
ご参考記事:トランプ関税 “脱アメリカ”の模索広がる|おはBiz|おはよう日本|NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/contents/ohabiz/articles/2025_0403.html
一方で日本では、ある意味では当然ながら、トランプ関税政策に対する非難が声高に連日報道されていますが、その日本もある分野では、関税を用いて国内産業と国産品を守っている事実もあるのです。その一つの例は、農産物・畜産物の分野です。これは食糧自給率という経済安全保障の問題も関連し、また日本国内の「食の安心安全」のため、かつそれを供給してくれる農林畜産業の生産者保護と維持のために、日本からすれば「誠にやむを得ない」措置なのですが、その反面で国内価格を高どまりさせている現実もあるのです。これがアメリカから見れば、日本こそ関税障壁を設けてアメリカの農産物・畜産物を輸入させないようにしているではないか、という主張につながってくるのです。ですから、かつてNHK大河ドラマ「篤姫」のセリフで流行った「一方聞いて沙汰するな」の言葉通り、ものごとにはいろいろな側面があって、どっちから見るかによっては、異なる描像が見えるのです。
しかし、日本の農家や畜産家を守ることは、とても大切です。ですから私は、こうした分野をどしどし自由化すればいいとは決して思いませんが、同じ理屈と構造がアメリカの農家や畜産家にもあることは、十分にわきまえた上で対米交渉に臨む必要があると思います。この意味で一方的に、トランプ関税は怪しからんと怒ってばかりはいられない現実があることも、認識しておかねばなりません。
ご参考記事:「日本は米に700%関税」トランプ氏はデタラメだと反発する日本人が知らない事実 | News&Analysis | ダイヤモンド・オンライン
さて、前回トランプ関税政策の懐刀ピーター・ナヴァロ氏の「貿易政策論」の冒頭を少し読んだわけですが、まさにそこに書いてあった通り、「経済安全保障は国家安全保障である」と認識されているのです。つまり中国が市場経済(つまりは資本主義経済の市場システム)を導入した以上、そのうちに中国の国家全体が「資本主義化」され、それに伴って「自由民主主義化」されるという「甘い幻想」が間違っていたことに、アメリカもようやく気づいたのです。
ソ連では確かにかつての共産党政権は崩壊し、一応選挙による議会や大統領の選出という「民主主義風」の国家制度とはなりましたが、その結果生まれてきたプーチン大統領の統治形態は、結局「権威主義的」なものであり、欧米社会が期待したような「自由民主主義的」な実態にはなりませんでした。
中国では、むしろ市場経済自体にも国家資本による半国営大企業が主軸を占めるとともに、政治的にはより一層強権的で専制主義的な共産党政権による統制が強化されています。その余波は「一国二制度」を「五十年間維持」するはずの香港において、まず明瞭な「自由民主主義の崩壊」が起こっていることや、台湾問題の尖鋭化にもつながってきています。中華人民共和国が「台湾は内政問題」だといくら声高に主張しようとも、台湾の中華民国は、一度も中華人民共和国の支配下になった歴史的事実はありません。むしろ中華民国の方が建国は遥かに古いのです。辛亥革命が1911年(明治44年)、中華民国臨時政府の成立は1912年(明治45年)であるのに対し、中華人民共和国の建国は1949年(昭和24年)であって、それ以来、ただの一度も台湾を中華人民共和国が実効支配したことはないのです。従って、台湾の中華民国は国家として、一度も中華人民共和国の「台湾省」になった事実はありません。
ところが現在の中華人民共和国は軍事力に訴えてでも、台湾を統一しようとしています。これは明らかに「力による現状変更」そのものです。つい最近も、中国人民解放軍海軍の軍艦や中国海警局*(China Coast Guard)公船が、台湾をぐるっと取り囲む「海上封鎖演習」を実施しています。これについては、本ブログ記事〔日本復活のAufheben(23)「台湾侵攻」の想定され得るシナリオ〕をご参照下さい。
https://ameblo.jp/yukohwa/entry-12883094037.html
ご参考:海上自衛隊幹部学校:防衛駐在官の見た中国(その15)-国家海洋局と中国海警局*-(コラム059:2015/02/25)
https://www.mod.go.jp/msdf/navcol/index.html?c=columns&id=059
ピーター・ナヴァロ氏は、対中強硬派であることから、前回見た貿易政策論に於いても中国への対抗を基軸に、米国国内産業(含む防衛産業)の再興を強力に推進しようとしていることがわかります。その一環として、トランプ関税による米国内産業(特に工業関係)の再生を図っているところに、かなりの重点があるため、この関税交渉を純一な貿易赤字の経済摩擦問題だけで捉えることはできないのです。一方で、決して日本の米軍駐留費の増額などという問題に収まる話ではなく、共産主義国家中国に対する共同防衛体制の整備と強化という観点から、日本に対しては、明確にアメリカ側に立って、経済面と軍事面の両面で、日米同盟体制をより一層強化することを、その根底では求めていると考えられます。
その連関から、トランプ大統領の持論である日米同盟の片務性(つまりアメリカは日本を守る義務があるが、日本はアメリカを守る義務がない)ということの不平等を是正して、日米両国が相互に防衛できる体制(これはすなわち憲法改正を意味します)を求めてくるものと考えられるのです。具体的には憲法第九条の第一項は残すとしても、第二項は廃止し、名称はともかく、現在の自衛隊を自衛軍として正式に憲法上にも位置付けることが要望されるものと推測されます。その上で日米相互が共同防衛の義務を負う「平等な同盟」を追求するものと思われます。
今般の一連の「トランプ台風」は、決して一過性の「嵐」ではなく、まさに本質的には日本の「戦後レジーム」の見直しまで視野に入れた動きの、前触れに過ぎないことを看破した上で、日本がこれからどう進んでゆくかを、政府はもとより国民も、しっかりと考えなければならない時に立ち至った、と見るべきではないでしょうか。
ご参考記事:
□「日米同盟は不公平」繰り返されるトランプ発言…日本の安全保障が今後備えるべきこと | FNNプライムオンライン
https://nordot.app/1285541647451062352?c=768367547562557440
□アメリカ トランプ大統領 日米安全保障条約に不満 “私たちは彼ら守るが彼らは私たちを守る必要ない” | NHK | アメリカ
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250411/k10014776271000.html
トランプ政権を支える米国保守派は、根本的に日本を含む世界各国に対して、アメリカ側か中国側か、一体どちら側に立つつもりなのか、と立場を明確にすることを、やはり求めていると考えるべきだと思います。
さてこれから、米保守派の政策論「Project 2025」の『Mandate for Leadership The Conservative Promise**』/「プロジェクト2025」『リーダーシップの使命 ― 保守的約束**』の中の、「ピーター・ナヴァロ氏による貿易政策論」の前回の続きを見たいと思いますが、同上書**768~792頁の〔課題#1〕と〔課題#2〕は、全部で25頁あるため、その原文と和訳を掲載すると、とても分量的に本記事には納まりません。そこでこれらは、大体何が書いてあるかを要約してお伝えすることと致します。しかし大学生の皆さんは、できればぜひ原文をお読み下さい。
https://static.project2025.org/2025_MandateForLeadership_FULL.pdf
さて、ナヴァロ氏は最初に、次のトランプ大統領の演説を掲げています。
Tonight, I am also asking you to pass the United States Reciprocal Trade Act, so that if another country places an unfair tariff on an American product, we can charge them the exact same tariff on the exact same product that they sell to us.
今夜、私は皆さんにアメリカ製品に対して他国が不公平な関税を課した場合、同じ製品に対して同じ関税をその国から課せるようにする「アメリカ相互貿易法」の可決をお願いしています。
――President Donald J. Trump, 2019 State of the Union Address
これは2019年2月5日に行われたドナルド・トランプ大統領の一般教書演説(State of the Union Address) での発言です。この演説は、彼の第45代大統領(第一次政権)任期中(2017–2021)の2回目の一般教書演説にあたります。この一般教書演説は、アメリカ合衆国憲法第2条第3節に基づき、大統領が毎年、議会(連邦議会)に対して国の現状を報告し、立法に対する提案や優先事項を示す演説のことです。テレビ中継され、国民に向けても直接語られるため、政治的・政策的に非常に重要な場となっているものです。トランプ大統領はこの演説で「United States Reciprocal Trade Act(米国相互貿易法案:USRTA)」を提案しました。この法案の狙いは、他国がアメリカ製品に不公正な関税を課している場合、アメリカもその国の商品に同額の関税を課す権限を大統領に与えるという内容であり、WTOの最恵国待遇(MFN)制度の非対称性に対抗し、アメリカの関税交渉力を強化することが目的でした。同法案は連邦議会の承認を得る必要がありましたが、結局第一次トランプ政権下では成立には至りませんでした。
因みにこの時の一般教書演説の主なテーマは、次のような内容でした。
1)米中貿易戦争の正当化と継続の意志/2)経済成長と雇用の増加(特に製造業)/3)不法移民・国境の壁問題/4)国家安全保障と外交政策/5)「アメリカ・ファースト」政策の強調/6)対ベネズエラ政策と民主主義の擁護/7)超党派協力の呼びかけ(但し内容的には対立的な主張も多く含む)
今回のトランプ第二次政権では、まさしくこれらの内容を実現しようとしている、と考えられます。それではナヴァロ氏の貿易政策の要旨を読みましょう。
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CHALLENGE #1: UNFAIR AND NONRECIPROCAL TRADE INSTITUTIONALIZED IN WTO RULES
〔課題 #1〕: WTO規則に制度化された不公平で非相互的な貿易
〔課題 #1〕の論旨の要点整理:
1. WTO体制の非互恵性の問題点
a) WTOの「最恵国待遇(MFN)」ルールでは、他国に最も低い関税を適用している場合、それを全WTO加盟国に適用する必要がある。
b) これは「相互的(reciprocal)」な関税のやり取りを保証するものではなく、一方的に米国が低関税で損をする構造。
c) 例:米国の自動車関税は2.5%、EUは10%、中国15%、ブラジル35%。
2. 米国が一方的に損をしている具体的データ
a) 米国は、輸出に際して他国からより高い関税を課されるケースが467,015件。
b) 対して、米国が他国により高い関税を課すケースはわずか141,736件。
中国は10:1、インドは13:1の比率で米国に不利な関税を課している。
3. 米国の対抗策:USRTA(米国相互貿易法)の提案
a) トランプ大統領は2019年に「United States Reciprocal Trade Act(USRTA)」の制定を提案。
b) この法案により、大統領が、他国が課す高関税に対して、同等の関税を課す権限を持つようになる。
c) 目的は関税の引き上げではなく、交渉のためのレバレッジとして利用すること。
4. USRTA導入による貿易赤字削減シミュレーション
a)【シナリオ1】:相手国が関税を米国水準に引き下げ → 米国の貿易赤字が約583億ドル(9.4%)減少
b)【シナリオ2】:相手国が拒否し、米国が相手国水準まで関税を引き上げ → 貿易赤字が約636億ドル(10.2%)減少
c) どちらの場合でも、約35万~38万人の雇用創出が見込まれる。
5. 対象国の優先順位と影響度(シナリオ別)
a) 赤字が大きく、関税差が大きい国を優先:中国、インド、EU、台湾、タイ、ベトナムなど。
b) 米中赤字:シナリオ1:185億ドル削減/シナリオ2:706億ドル削減
c) 対インド赤字:シナリオ1:24%削減/シナリオ2:88%削減
6. 非関税障壁(nontariff barriers)の問題とUSRTAの拡張効果
a) 日本のように関税は低いが非関税障壁が高い国に対しても、USRTAにより交渉・制裁権限が拡大。
b) 非関税障壁に対しても「相互関税」で対応可能に。
7. USRTA以外の代替策:ボーダー調整税(Border Adjustment Tax):ポール・ライアン、ケビン・ブレイディらが提案。
a) 輸入に対する税控除を廃止し、輸出にかかる税を免除 → 関税に代わる手段としてWTO体制への対抗策に。
b) しかし、大手企業・小売業界の強い反発を受けて未実現。
〔結 論〕
a) 米国はWTOルールによって構造的に不利な貿易体制に置かれている。
b) USRTAのような政策は、公正な競争環境を取り戻す鍵であり、貿易赤字の是正、雇用創出、非関税障壁の是正にもつながる。
c) 同様に、関税以外の制度的対応(例:ボーダー調整税)も併せて検討すべき。
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尚、CHALLENGE #2: COMMUNIST CHINA’S ECONOMIC AGGRESSION AND QUEST FOR WORLD DOMINATION 〔課題 #2〕: 「共産主義中国の経済的攻撃と世界支配を目指す野望」については、次回とりあげることと致します。
まさにこうしたナヴァロ氏たち米保守派の考え方が、今般のトランプ関税政策の思想的背景となっているのです。(次回に続く)