前回の記事をたくさんの方にお読み戴き、大変有り難く思っています。わたくしは、学生時代に社会学と文化人類学を齧り、その後はライフワークとする海軍史と格闘するなかで、どうしても論証など論理的分析に意識が向かう文章を書いてきました。必ずしも厳密な学術論文というわけでもないのですが、やはり史料批判、つまり出典を踏まえ、証言や著書などの作者がどのような人物であり、そのものの見方や考え方はどういうものか、という背景を確認しつつ、いかにしてその真相に迫るか、を念頭にものを書いてきました。

 そうした自己の傾向から、最もご縁が遠いものが詩の世界でした。自分の対極にある世界には、むしろある種の憧憬を感じてきたのですが、なかなかに近付けずに生きてきました。学生時代に論文ばかり読んでいたため、その後遺症でしばらくは小説が全く読めなくなりました。論理がすかすかに感じられて、本来そういうものではないと頭では理解していても、感性で味わうという文章の読み方ができなかったのです。まして詩の世界は、そうした傾向がより強烈です。詩の本を開いても、余白がやたら多く、論理でたどる部分もあるとしても、むしろその余白を読みとること、それ以上にその世界を感性で堪能することが肝要です。

   今からもう半世紀も前になります。日吉の校舎で教養課程の美術をとっていたのですが、その美術の教授が土曜日に学生を美術館に連れていってくれました。そこで水墨画を前にして、東洋美術の「余白」の意味を教えてくださいました。何も描いていない部分は決して「nothing」ではない。西洋美術の絵画では、カンバスを絵の具で埋め尽くさないと完成したとは見做されない。もしもカンバスと同じく白い色の部分があっても、そこには白色の絵の具を塗り込むのが西洋美術だ。しかし東洋美術では、何も描いていない空白の部分に、幽玄なる奥行きや無限なる静謐があり、それが「余白の美」をなしている… そう教えてくださったのです。その春高校を出たばかりの私は、その説明に、目から鱗が落ちた感じがしたことを覚えています。それまで「何もない」と思っていたところに「幽玄なる無限」が存在していることを知ったのです。

 それから東洋画も西洋画も見る眼が変わりました。より深くものを見ることができるようになったのです。この文脈(context)でいうと、詩文の世界では、西洋の詩も同じく「余白」を持っており、その意味では東西両文化に通底するものがあるのですが、そこに現出する意味合いや描かれる情景には、やはりその文化特有の色彩の影響は反映されているようにも思います。

 キリスト教的文化なのか、イスラム教的文化なのか、仏教的文化なのか、儒教的文化なのか… 宗教に限るわけではありませんが、その文化・社会の伝統的な価値体系や倫理体系、そして何よりも美醜という感性の違いがもたらす情景の色合いの違いはあるように思います。それでもその違いを乗り越えて伝わってくる詩の世界の奥深い魅力があるのでしょう。

 近いがゆえに「似て非なる部分」もある隣国、韓国の詩人ナ・テジュさんの詩集を買いました。立ち寄った書店に在庫として一冊だけあったものです。この本を今回はご紹介したいと思います。

書名:『あの人ひとりが この世のすべてだった頃**』(株)KADOKAWA 、2022年2月16日初版発行(以下は、同上書**末尾の説明より)

 著者:ナ・テジュ 作家・詩人。1945年、忠清南道生まれ。1963年、公州師範学校を卒業。1964年から2007年まで小学校教師を務め、黄條勤政勲章を授与された。1973年、初の詩集『竹やぶの下で』を出版して以来、48冊の詩集を出版。韓国で2015年に発売され2020年に日本語訳が出版された詩集『花を見るように君を見る』は人気ドラマの劇中で使用され、著名なアイドルたちが愛読し話題に。韓国で50万部を超える大ベストセラーとなった。本書はデビュー50周年記念詩集となる。

 訳者:藤田麗子(ふじた・れいこ)韓日翻訳家、フリーライター。福岡県福岡市生まれ。中央大学文学部社会学科卒業後、実用書、韓国エンターテインメント雑誌、医学書などの編集部を経て、2009年よりフリーで活動。韓国文学翻訳院翻訳アカデミー特別課程第10期修了。2019年、第2回「日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール」にて最優秀賞を受賞。訳書に『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』(ダイヤモンド社)、著書に『おいしいソウルをめぐる旅』(キネマ旬報社)など。


 ナ・テジュさんは、冒頭の「詩人のことば 日本語版によせて」のなかで、次のように書かれています。(*裕鴻註記)

・・・(*前略)在りし日に付き合っていた人がいて、その人と叶えたできごとがあることでしょう。不器用な恋をして、おずおずと親しくなり、ときには気持ちがすれ違って心を痛めたり、言い争ったり後悔したりして、寂しかったりもした記憶の数々。(*中略)心に深い響きを残した記憶と感情は、言葉という服をまとい、文章として残りました。それが私の詩作品です。そういう意味で、私の詩は人生そのものであり、詩集は一冊の自叙伝なのです。

 私の詩はもともと、ひとりの人を思いながら書いたラブレターのようなものでした。ひとりを感動させ、その人の心をつかむために書いた文章でした。切実に、簡潔に、と自分に言い聞かせながら書いた文章です。・・・(**同上書4頁)

 詩とか、私小説と呼ばれるものは、ナ・テジュさんのおっしゃる通り、極めて個人的な、プライベートな思いが表出した作品なのでしょう。詩作が目的の詩ではなく、本質的に何かを表出したいという衝動なり欲求なりが根源的なものとして存在し、その結果としての表現が醸し出すものなのかもしれません。

 その意味では、散文であれ論文であれ記事であれ、根源的に言いたいことがあって、それがそれぞれの形式や表現を伴って表出するものなのでしょう。最初にそうした情感や情熱があって、人は文章や詩を書くのです。

 異文化でもあり同質性も持った東洋文化でもある韓国の文化のなかで、生まれてきた詩に、少なからずの日本人が感銘を受け、その感動や余韻を楽しむことができるのは、韓国と日本の様々な垣根や溝を乗り越えて、通じる心があるからなのでしょう。違いに注目するよりも通じるものに着目したいと思います。先ほどのナ・テジュさんの続きを読みましょう。

・・・しかしながら詩として書き上げた今、もっとたくさんの人々に届くラブレターとなることを願っています。そうです、多くの人々の元に届き、多くの人々の心を感動させて、その人々の心を私の元に連れてきてほしいと夢見ているのです。これはとても小さい夢のようですが、実はとても大きな夢です。

 この夢は韓国内だけにとどまらず、海の彼方の日本まで手を伸ばします。

 私の手を取ってください。私の話を聞いてください――。遠く響きわたって、日本の素晴らしい読者の皆様に会いたがります。異なる言語、異なる文化を持って生きていても、私たちには共通する部分があります。それが心です。恋しくて、名残惜しくて、悲しくて、喜んだり、残念がったりもする心。そして、愛する心。その心の中でなら、私たちはたしかに隣人であり友達で、ときには心の恋人にもなれると思っています。

 こうした心は善良な通路に沿って、こちらからあちらへ行き、再びこちらに戻ってくることもあります。これを私は「心の善循環」と呼びたいと思います。日本の美しくて優しくきれいな心をお持ちの方々が、私の詩を読んでくださったらどんなに素敵なことでしょうか! そんな日、私たちはのびのびと空に咲く大きな花になってもいいし、海に浮かぶ虹になってもいいでしょう。

 あらためて、日本の善良な心の友よ、心の恋人たちよ。詩の中で出会い、私たちがお互いにとっての握手となり、癒しとなり、祈りとなり、祝福となって、応援となる日が来ることを願います。それは、この上なく素晴らしい幸せです。はるか遠い夢の国でもいいから、あなたがたにお会いできたら嬉しいです。  ナ・テジュ ・・・(**同上書5頁)

 この詩人のことばに、私たち日本の心を持つ者も応えたいと思うのです。違いがあるのは当たり前。同じ日本人同士でも様々な違いはあります。今までの日本は、ネガティブリスト(如何に違うところがあるかを探すリスト)でチェックすることが多かったのではないでしょうか。しかしこれからはポジティブリスト(如何に同質的なところがあるかを探すリスト)が必要です。光と影があるように、異質と同質の両面の要素がそこにはあるのです。違いは違いとして受け止めた上で、なおかつ同質を見出してゆくこと、それが争いを越えて和することに至る道です。聖徳太子の教えである「和を以て貴しとなす」の精神は、まさにこうした姿勢につながります。

 ナ・テジュさんの詩集**から、三遍をご紹介したいと思います。


「花を咲かせよう」(**同上書114頁)


 春が来るから

 怒ったことが

 恥ずかしくなる

 悲しんだことが

 申し訳なくなる

 

 花が咲くから

 憎んだことが

 悔やまれる

 かんしゃくを起こしたことが

 心苦しくなる

 

 ぼくだって花なのに

 ぼくだけがそれを

 知らなかったのだ

 春だ さぁ

 君も花を咲かせろ

 

「今日はまずこんなふうに 愛を失ったとしよう」(**同上書156-157頁)

 

 うつむくと足元に枯れた岩菊

 いつしか激流にのまれてしまった秋

 

 目を閉じて生きた数日間 世界はあれほど

 よそよそしい視線を送るのに

 

 生き方を間違えたなぁ

 本当に間違っていたなぁ

 風はまた ぼくの首元を過ぎ去るけれど

 

 ぼくはなぜ幼い子どものように

 だだをこねて

 地べたに座り込み

 両足を投げ出して泣きたいの?

 

 何を頼りにぼくは 迫りくる凍りついた

 冬の川を無事に渡るのだろうか?

 

 ぱちぱち、音を立てて

 新芽を吹かせたことのない木の切り株

 今日はまずこんなふうに

                           愛を失ったとしよう

 

「そこに木があった」(**同上書170-171頁)

 

いつからか気づかないうちに、そこに一本の木が立っていた。春になれば新しい葉を広げ、夏には新しい枝を茂らせて天に届くほど高く伸び、秋には葉を落として、冬はただ黙想をする人のようにうつむいて立っている木。長い年月がそんなふうに流れた。人々は木の下を通って街へ出たり、家に帰ってきたりしたが、そこに木があるということをすっかり忘れて生きていた。時折、木の下で疲れた脚を休ませたり、日陰に座ったりもしたが、そこに木があるという事実をしばしば忘れた。たくさんの月日がそんなふうに流れた。そんなある日、どういうわけか木が切られてしまった。 木が切られて初めて、人々は知ることになった。あぁ、あそこに木があったんだな。それも天まで届きそうなほど背が高く、一抱えもありそうな大きな木があったんだなぁ。

  

人々の心に大きな木が一本ずつ植えられたのは、それからのことだった。

・・・

 如何ですか。詩人の心を感じることができる方は、ぜひナ・テジュさんの詩集を読んでみてください。そうすれば私たちの心がこの詩人の心に届きます。現実社会での交流に先立ち、まずは詩人の心との交流を始めてみませんか…