高市自民党の勝利は、現在の民意として謙虚に受け止め、与党も野党も政治家の皆さんには、より一層の精進をお願いしたいと思います。
自民党は、決して旧体制の全てが信認されたわけではないことは、きっとベテラン議員の皆さんもご承知だと思います。日本海海戦で圧勝した連合艦隊が、一旦戦時編成を解いて解散するにあたり、東郷平八郎司令長官は麾下の将兵に対し「古人曰く、勝って兜の緒を締めよ!」と訓示しました。
また真珠湾攻撃で戦果を挙げて帰港した第一航空艦隊の将兵に対し、山本五十六司令長官は、次の訓示をしました。
…真の戦いはこれからである。奇襲の一戦に心驕るやうでは真の強兵ではない。勝って兜の緒を締めよとはまさにこの時である。諸子は凱旋したのではない。次の戦いに備えるために一時帰投したのである。一層の戒心を望む。…
〔弊共著『山本五十六 戦後70年の真実』171頁〕
日本海海戦があまりにも完勝であったため、日本海軍はその「勝利のパターン」の呪縛から逃れられなくなり、戦艦主力の大艦巨砲主義に固執し、「漸減邀撃作戦」という日本海海戦の拡大焼き直し版の戦略から、イノベーションすることが困難でした。上から下まで、特に学校秀才はそのパラダイムに習熟することが「海軍の主流」であると信じて、それ以外の柔軟な発想や戦略枠組みの根本的な変更には対応することができませんでした。
〔当時の及川古志郞海軍大臣に真珠湾攻撃構想を伝えた意見の覚え書。弊共著『山本五十六 戦後70年の真実』131頁〕
山本長官は大勢を占める戦艦主力派の無理解や反対の中で、少数派の航空主力派を頼みに、真珠湾攻撃を敢行しました。しかし、当時の殆どの海軍士官(英米海軍も含む)にとっての「主力」である米戦艦部隊を真珠湾で撃沈破したことで、戦艦主力派の将官・将校たちには「完勝ムード」が漂いました。
しかし肝心の米空母部隊は、偶々出航していて真珠湾に不在だったために撃ち漏らしていました。山本長官とその幕僚は、もはや空母部隊が主力であるとの認識のもと、これを確実に誘い出して撃滅するために、ミッドウェー作戦を企図しましたが、海軍中央の軍令部は学校秀才のエリート将校が集められていたことも作用し、真珠湾後であっても頭を切り替えられず、依然空母部隊は補助部隊である(当時の福留繁軍令部作戦部長ほか)との観念から、同作戦の主な重点をミッドウェー島とアリューシャン列島のキスカ・アッツなどの攻略に置いていました。それは直前のドゥーリトル空襲によって、本土東方海域の哨戒を強化するための、航空基地攻略に重点を置いたものであったからです。
その結果、第一航空艦隊は、陸軍部隊が上陸する前に、ミッドウェー基地を空襲・破壊しておくことに注力します。そしてニミッツ米太平洋艦隊司令部が暗号解読などのインテリジェンスの努力により、事前に計画の概要を掴んで空母三隻で待ち伏せしているとは知らずに、さまざまな情報や判断のミスも重なって、敵空母への攻撃準備中に奇襲的攻撃を受け、空母三隻が炎上してしまいました。空母機動部隊司令部の草鹿龍之介参謀長は、同敗戦を振り返って「油断」だったと反省の弁を残しています。
もっとも当初一隻だけ生き延びた空母飛龍は、闘将山口多聞司令官の指揮のもと、二度に亙る決死の反撃を行い、空母ヨークタウンに致命傷を与え、後日イ号168潜水艦が魚雷攻撃でトドメを刺して駆逐艦ハムマンと共に撃沈しました。しかし飛龍もまた、米空母攻撃隊によって致命傷を受け、味方駆逐艦の魚雷で沈没処分となり、山口司令官と加来止男艦長は敗戦の責任を執って飛龍と一緒に沈んでゆきました。
日本海軍が、明治建軍以来「驕り」のような雰囲気となったのは、山本長官が懸念していた通り、真珠湾の大戦果からこのミッドウェー海戦の敗北までの半年のみであったと言われています。
このように、日本人は「大勝利のあとの油断や、思考パターンの柔軟性の喪失」を警戒しなければならないことを、帝國海軍の「勝利の歴史の戦訓」は教えています。
一方で、中道なんとかを含む野党の皆さんも、今回の大敗北に「何を学ぶか」が重要です。それは高市首相の「奇襲」選挙に破れたとか、準備時間不足だったなどの言い訳ではなく、根本的に、今回の日本国民の「民意」が何を望んでいるか、という最も大切な点を学ばなければならないのではないでしょうか。それは、既成のいわゆる左翼的な「オールド・メディア」の言論人の皆さんも同様です。
S N Sという訳のわからない、また信憑性を欠く「フェイク情報満載の」インターネット情報に、無知な大衆が惑わされたのだ、などという理解では、「ことの本質」を捉え切れていないのでは、ということでもあります。
恐らくではありますが、国民は、もはやかつての「野党スタイル」に辟易としている、というのが本質ではないかと思います。
「なんでも反対野党」や「揚げ足取りやスキャンダル追及にしか精力を傾けない国会質疑」という、既存の「野党スタイル」では、飽き足りないのです。
同じ野党でも、国民民主や維新などは、政策を前面に打ち出し、国会の質疑応答でも、より内実のある政策論争に注力しているように見受けられます。
聖徳太子の「和をもって貴しとなす」ではありませんが、元来日本人は、金切り声を挙げて相手を口汚く罵倒し、貶めて批判非難に終始するような姿を好みません。もとより論戦は結構ですが、それにしてもお互いに礼節と敬意を持って、真摯に論点の議論に取り組む姿勢が大切です。
仮にその主張には反対の立場や価値観を持っていても、その論証や論理的展開には、なるほどそういう面もあると、相手の党派にも一部は評価されるような内容と質を持つものでなければなりません。
具体的には、昨年の国会に於いても、国民民主党の榛葉賀津也幹事長などの質問には、そうした内容と姿勢が感じられました。今般落選した旧立憲民主党の岡田克也氏や、参議院でご健在の蓮舫氏などの質問内容と追及姿勢とは、そうした点が明らかに異なっていたのではないでしょうか。
一般国民も馬鹿ではないので、そうした国会中継を視聴していて、感じるところが多かったのではないかとわたくしは思います。
一昨年の弊記事ですが、「対決より解決を」という国民民主の姿勢は、これからの野党の基本姿勢として、より多くの国民が望む「政治の姿」を表しているように思います。
ご参考:「対決から解決へ」国民民主躍進に見る与野党対立のAufheben
https://ameblo.jp/yukohwa/entry-12874070315.html?frm=theme
健全な民主主義のためには、必ずしも一党が強大に過ぎることが良いわけではありませんが、一方で全員が完璧に一致することはあり得ないという現実のなかで、可能な限り具体的な政策の実現を、しかもスピーディーに進めて欲しいという国民の要望も、今般の衆議院選挙には作用しているのだと思います。
今回大敗北を喫した野党の皆さんも、そうした「民意」を真摯かつ謙虚に受け止め、各党の価値観や政治思想を否定するものではありませんが、その「表出のスタイル」を、こうした国民の感性に適応して、もっと「実務的な政治スタイル」に変換させてゆくことに努めない限り、結局は民意に沿った野党としての復活には、つながらないのではないでしょうか。敗北直後の今こそ、そうした本質的政治課題にも、真剣に意識を向けてほしいと、与党支持者ではありますが一人の国民として、心からのエールをお送りしたいと存じます。
