相変わらず重箱の隅をつつくようなマスコミの取り上げ方にため息が出てしまいます。小泉防衛大臣が、豪州海軍トップと海上自衛隊トップとの友好関係を「軍人同士の友情」とSNSのXで表現したことを、自衛官は「軍人」か?と疑問を呈し、小泉大臣の失言だとして追及していますが、わが国ではスポーツやゲームの世界でも、自軍とか敵軍とか、味方側か敵側かというような対戦式ゲームやスポーツ試合の際の簡略表現が多用されています。


 またわが国では、野球でも監督のことを当のマスコミ自身が"指揮官"と表現したり、"巨人軍"などという表現もあり、また次の記事のようにドジャースのことを"ド軍"と表現しています。


   「軍」という漢字に過剰反応し、言葉尻を捉えて揚げ足を取るために、すぐに憲法論議に持ち込んで「敵失」を追及しようとすることが、真に教養や常識のある言論機関としての矜持と言えるのでしょうか。本当に自衛隊と軍隊という問題を真摯に議論するのであれば、現在のわが国の法制上の問題点をきちんと取り上げ、自衛隊を軍隊と位置付けないことで生じる不利益をも均等に扱ってこそ、正当な論議になるのではないでしょうか。

 また、そこまで「軍」や「指揮官」という軍事用語の一般的応用に過剰反応するのなら、同じく軍事用語である「戦略」や「戦術」や「作戦」という用語までも使用制限するのでしょうか。最近は「軍艦(warship)」のことを「戦艦(battleship)」と訳したり表現したりする誤用が蔓延していますが、これも本当は「軍」という言葉を忌避したい気分が生んだ意図的誤用ではないか、と私は疑っています。

   昨今の「平和学習」ではありませんが、「侵略戦争」と「防衛戦争」の違いも何も無視をして、子供たちに「戦争の悪」だけを刷り込んでも、ウクライナの軍人たちが、自国に侵略してきたロシアの軍人と戦うことまで否定するのでしょうか。つまりは「敵軍」に自国が侵略されても一切無抵抗で降伏し、侵略国の意のままになることが「平和」なのでしょうか。日本国憲法にいう「戦争をしない」という意味は、「自分たちの国は、他国を侵略する戦争をしない」ということであって、「他国軍の侵略に対しては自国を防衛するために戦う」ことまでは否定していないのです。これが国際法で自衛権を認めている意味です。

   防衛省の次の説明をまずはよく読んでみて戴きたいと存じます。

https://www.mod.go.jp/j/policy/agenda/kihon02.html

   その上で、わが国自衛のための実力組織である海上自衛隊のトップと豪州海軍のトップとの友好的関係を「軍人同士の友情」と表現したことが、そこまで問題視されるようなことなのか、という問題を考えるとき、その根底には軍人に対する否定感や拒否感が先に立っているのではないでしょうか。軍人を「悪の存在」、軍隊を「悪の組織」として捉えることを大前提に置いているのではありませんか。他国の軍隊が攻めてきたときに、わたくしたち国民を守ろうとして戦ってくれる組織や人は、果たして「平和に反する悪人」なのでしょうか。そうした根本的なことから、まずは国民一人一人が、自分の問題として考えることが肝要であり、言論機関もそうした根本問題を論ずることをせずに、皮相な「敵失」の揚げ足を取ろうとするような低レベルの記事を書いていてよいのでしょうか。根本的な疑問です。

   もちろん私も侵略戦争には反対です。しかし侵略を受けた場合の自衛戦争は支持します。上記の小泉防衛相に質問された記者の方は、どのような立場なのでしょうか。マックス・ウェーバーの客観性を支える価値自由(Weltfreiheit)の概念を勉強された方であるならば、まずはご自分の立ち位置と価値観を読者に提示されてから、持論展開や批判をされるべきなのではないでしょうか。それが知識人としての最低限の矜恃ではなかろうかと、わたくしは思いますが、如何でしょうか。

ご参考:


   また、実は自衛隊員が不幸にも防衛戦闘中に人事不省などで敵軍の捕虜になってしまった場合に、敵国軍がこの自衛隊員を軍人だと見なさず、武装テロリストだと強弁した場合は、国際法上の戦争捕虜としての保護を受けられず、軍法会議で即刻処刑されてしまうリスクもあるのです。その際、敵国側はわが国の憲法を逆手に取り、「日本には軍隊もなければ軍人もいないはずだ」と主張し、従ってこの捕らえた武装テロリストは処刑してもかまわないということになるかもしれないのです。もちろん欧米諸国をはじめほとんどの国は自衛隊を国際法上の軍隊と見なしているので、こういうことにはならないはずですが、北の国などどういう勝手な論理で主張するかわからない国の軍隊がわが国に侵略してきた場合には、このような悲劇も起こり得ると考えた方がいいでしょう。詳しくは、次の記事の後半部分をお読みください。

   ご参考:意味への意志(prologue)「人間観」の基礎と「史観」における価値判断 | 裕鴻のブログ


    普通の日本国民は関知していませんが、軍隊・軍人であるが故に国際法上守られている権利もあるのです。マスコミの皆さんも、「軍人」という用語に過剰反応するのであれば、こうした様々な視角から捉えた自衛隊と軍隊の相違に伴う深刻な諸問題にも言及し、真摯な調査研究をされ、同じく日本国民でもある自衛隊員の皆さんの権利や保護についても、真剣に考究された上での、真に知的な記事を書いて戴きたいと心より願っています。