世界観episode100 ~「母の日」に思う母の旅立ちと深い愛情のありがたさ

 

  

  

  前回は、

  HSS型HSPの

  TikTokで紹介した

  人との交流を楽しむが

  HSS型HSEと異なり

  人との交流自体を楽しむのとは

  違うこと、

  傷つきやすく繊細で

  負けず嫌いで

  自分を正当に評価できず

  劣等感をバネに頑張ること

  などについてお話ししました。

    

 

   HSS型HSPの日常・繊細で少しポンコツ「健気でちょっと拗れた」愛すべき人々

  

   

 

  今回は母の日にちなみ、

  ようやく気持ちの上で整理が

  ついてきたので

  母との別れについて

  お話ししたいと思います。

 

  去る4月に母が亡くなりました。

  色々ありましたが、

  私が年齢を重ね

  母由来の価値観の呪縛に気づくこともあり、  

  母への深い思いはありながらも

  とても複雑な思いを

  抱えて生きてきたように思います。

 

  

  HSS型HSPの私は  

  今はともかく

  子供の頃は

  気象の激しい父型の祖母の血を

  濃く受けついだのか

  気性も激し目。

  

  繊細でプライドが高く、

  意地っ張りなくせに

  負けず嫌い。

 

  しかも

  「キャッキャうふふの女子特有の

  女の子社会」が苦手。 

   

  団体行動が苦手で

  欺瞞が嫌いで妙に道徳意識や

  正義感が強い

  控えめに言っても

  世の中一般に不適合。

 

  幼少期から始まる

  数々のいじめや

  職場でのいじめやパワハラ、

  姉への学歴や容姿のコンプレックスによる

  拒食症や過食症に悩みながらも

  それを乗り切ることができたのも

  母のおかげ。

 

  もちろん周りの人に

  恵まれたことはあります。

  

  職場で辛い時には

  いつも周りに誰かしら

  気にかけてくれる人がいて

  救われてきました。

 

  でもその人からの好意を

  受け取ることができたのは

  母から「信じられる人がいる」

  ということを教えられたからです。

  

  HSS型HSPは

  気質的に不安を感じやすく

  悲観的になりやすいと

  言われています。

 

  クーパー博士の著書の中の

  HSS型HSPの子育てについて

  書かれているところを読んだ時、

  非HSS型HSPである母が、

  こんな複雑な自己矛盾を常に悩む

  私を育てられたなと

  驚き母のありがたさに

  胸がいっぱいになったのを

  思い出します。

 

  コーチングの授業で先日

  子育てにおいて「味方」であること

  の大切さを学びました。

  

  非HSS型HSPの姉も

  母から

  「心の絶対的な安心感」をもらったと 

  先日の葬儀の際に母に送る

  メッセージでそのことを

  書いていました。

 

  母からもらった「絶対的な安心感」は

  幼少期ー中学の間に

  いじめられることが多く

  辛かった時間を過ごした

  姉にとっては

  絶対的な救いだったようです。

 

  ちなみに姉、

  今でこそ容姿はほっそり華やかで、

  頭も優秀でそつなく行動する人ですが、

  子供もころは真逆。

 

  ぽっちゃり目で

  おっとり、丁寧でゆっくりな

  そこまで頭の良い子供では

  ありませんでした。

 

  おかげで、

  小学1・2年生の時は担任の先生から

  姉は目の敵にされ、

  ことあるごとにみんなの前で

  馬鹿にされるという

  かなり過酷な時を過ごしていました。

 

  ・・・今なら確実にアウトレベルですが、

  当時は昭和50年代。

  先生が圧倒的に強いので

  ひたすら生徒は忍・忍・忍です。

 

  姉が潰れないよう

  母がちゃんと心のケアを

  していたのです。

 

  小・中学校も

  姉もまた

  女子社会に苦労したようです。

  

  私のみならず姉も

  台所で夕食を作る母に

  その日あった出来事を

  手伝いを一切するわけでなく

  延々話しながら、

  できたおかずを「味見」と称し

  つまみ食いするのが

  楽しみだったそうです。

 

  姉も母からもらった

  「絶対的安心感」を子育てする際に

  大切にしていたと

  初めて知りました。

 

  お通夜の際に

  昔の母の話を集まってくれた

  伯父・叔父や叔母等から

  聞いて驚きました。

 

  結構母、

  人格が丸くなかったのです。

  

  聞いて衝撃的な無神経レベル。。。

  私が知る母とは

  似ても似つかぬかつての母の話に

  思わず耳を疑いました。

 

  胎内記憶の話の関係で

  「子供が母親を幸せにするために

  選んで産まれる」ということを

  聞いたことがあるのですが、

  その時は半信半疑。

  というか、認めたくありませんでした。

 

  自分が生まれたこと自体を

  呪っていたので・・・。

 

  誰が好き好んでこんな難易度高めな

  環境に生まれるものか、ケッ

  とさえ思っていました。

 

  ですが、

  私自身コーチングを学んだおかげで

  母から当たり前のようにもらっていた

  深い愛情に気づくことができ、

  人との出会いにも恵まれ、

  自分の中の傲慢さに気づき

  母の元に生まれてきて良かったなと

  思えるようになりました。

 

  そして、

  私が生まれたことで

  母もまた人格が丸くなり、

  母も兄妹と仲良く

  大好きだった山登りや身内での宴会を

  楽しむことができたようです。

 

  ちなみに

  母は6人姉兄妹弟の真ん中でした。

  終戦の食糧がない中、

  農地改革で

  土地を失った没落地主の家で

  労働意欲のない祖父、

  元お嬢様で仕事慣れしきれない祖母

  という環境で育った母は

  色々苦労や

  我慢することも多かったようです。

  

  そうでなければ、

  お世辞でも

  超絶キツめな姑と小姑つきの

  優良物件とは言い難い父と

  母が結婚するわけもなく。。。。

 

  もっとも、

  父と母、それなりに

  幸せだったのだと思います。

 

  母が亡くなる前  

  辛くなるより前に色々片付けを

  していたのですが、

  その際に

  楽しそうに旅行した写真を発見して

  ほっとしました。

 

  というのも、

  私にとってずっと心にのしかかる

  暗い疑問があったのです。

 

  それは、

  「私の両親は幸せだったのだろうか」疑惑。

 

  こんなめんどくさい私がいて

  (途中は楽しかったと思うのですよ)

  それでも

  ずっと申し訳なく思っていたのですが、

  幸せだったのだと気づき

  ほっとしました。

  

  大学受験の際にも

  高校の先生の

  「第一志望は無理だから変えたほうが」を

  ガンとしてはねつけ。

  私の大阪外語大学で中国語を学びたい

  という希望を第一優先してくれた母。

  

  不安に潰されそうな時の私を

  「これだけやってきたんだから大丈夫」

  「自信を持って」と

  安心させてくれた母。

 

  そして

  親族や周りから

  姉との比較で私が落ち込む時も

  「ゆうちゃんはゆうちゃん。

  お姉ちゃんとは別だから。

  別の良さがあるんだから

  比べる必要もないんだから」

  と一生懸命私に言い聞かせて

  私に自分の良い面に目を向けるように

  努めてくれた母。

 

  ・・・もっとも

  当時は自分の良さの話なんて

  「お母さん、何気休め言ってるの。

  どうせ気休めでしょ。。。」と

  素直に受け止められませんでしたが…。

 

  それでも

  そう言われていたことは

  私の中で救いでした。

 

  というのも

  母が「私を肯定」してくれて

  「世の中には私を肯定してくれる

  人がいる」ということを

  教え続けてくれたからです。

 

  5月5日の

  UNVEILに参加することを

  決めた時は

  ちょうど母が少し持ち直した時でした。

 

  そこから一気に

  容体が悪化し旅立ちました。

 

  たくさんのギフトをもらい

  本当の意味での

  「ありのままの自分でいても

  大丈夫だよ、

  孤立しようとしないで。

  大丈夫だから人は受け入れてくれる」と

  最後に母から教えられました。

  

  怒涛のように色々あり、

  ようやく落ち着いたここ数日

  流石に疲れが

  出てきました。

 

  母の永遠の不在に

  一抹の寂しさを感じますし、

  今年の母の日を

  母と迎えることが

  できなかったことに

  残念さはあります。

 

  ですが、

  母のおかげで気づくことができた

  周りの人のありがたさ、

  何より自分を否定しないで良いこと

  を大切にしたいと

  思っています。

 

  (最近の世界観93〜98参照)

  世界観episode93~苦手な人ずっと気付けなかった心の呪縛

  から

  世界観episode98~自分に向き合うタイミングの大切さ(epi92-97の総括)

 

  

  

  

 

  

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「傷つきやすいのに刺激を求める人たち」

    ~フォレスト出版

   トレイシー・クーパー著

     (カリフォルニア

     統合学研究所の統合学哲学博士。

     HSPのアーロン博士の

     ドキュメンタリー映画にも

     出演、自信もHSS型HSPと公表)

   時田ひさ子監訳

    (HSS型HSP専門心理カウンセラー)

   長沼睦雄監修

    (精神科医)

 

 

 

     

  明日は、  

  HSS型HSPの日常のあるあるを

  お伝えしたいと思います。