阪神淡路大震災から28年 | yukkyの自由気まま趣味ブログ

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2018年2月で一旦休止していましたブログを2022年11月に新装開店で再開いたしました!

2023年1月17日(火)防災とボランティアの日

 

本日も無事に終えることができました!

今日の28年前は、阪神淡路大震災が起きた歴史的な日です。

少し当時のことを振り返りたいと思います。

 

28年前、当時私は13歳、中学1年生でした。

朝5時46分人生最大の激震を味わいます。

朝方、ふと目が覚めて、何気に布団を見ると、暑かったのか布団を蹴ってしまって、

下半身丸出しの状態でした。流石に寒かったので布団を敷き直しました。

その直後、下から「どん」と突き上げられ、間髪を入れず大きな横揺れが起きました。

咄嗟に、布団の中に潜ったことを覚えています。

そして、まだ暗かったベランダの外が一瞬ピカっと明るくなるシーンを見ました。

当時、熱帯魚を飼っていたんですが、水槽の水が揺れに伴い、溢れて私の枕の上に降り注いで

びちゃびちゃでした。

大きい揺れが一回、その後も間隔は覚えていませんが、何度も何度も大きく揺れました。

しばらく動けず蹲っていたんですが、しばらくしてライターを片手に親父がゆっくりと無事を確認しにきます。

幸い、私含め家族4人、無事でしたが、明るくなって気づきました。

親父は頭から血を流し顔面血だらけだったことを‥大きな怪我ではなかったので本当に良かった。

家のベランダから南東の方を見ると、黒煙が上がっていて、

テレビをつけて愕然とします。地震の恐ろしさ、大きい人揺れでたくさんの人が犠牲になりました。

 

私も、この揺れで今後の生活が一転します。

幸い、自宅は半壊、引き続き問題なく住むことはできましたが、

貯水槽が地震の影響で壊れ、1ヶ月断水になりました。当面の間、学校も休校だったので、ずっと水汲みの生活でした。

また、私の祖母、叔父さん、従兄弟はみんな神戸市長田区在住でしたので、私の家に避難してきます。

後日、私も祖母の家を見に行く機会があり、長田区まで歩いて行ったことがあります。

とても、小さい頃見た懐かしい景色ではなく、傾いた家・全壊した家ばかりでした。

 

その後、年月が経ち、高校・大学と進学し、兵庫県内の学校だったので、

どこを見ても震災の爪痕が残っていました。

 

28年という年月が経ちましたが、今でも当時のことは心に残っています。

死ぬまで忘れることのない出来事でした。

 

やっぱり地震は怖いです。

2011年3月東日本大震災の時、大阪にいましたが、揺れを体感しましたし、

2012年に淡路で大きい地震があり、飛び起きました。

2018年大阪北部地震では、大阪環状線の中に閉じ込められました。

地震は切ってもきれない関係です。日本に住んでいる以上‥

南海トラフ地震もいつ起きてもおかしくない状況です。

 

当時の震災の経験を忘れることなく、受け継いでいかなくてはならいのだなと

年を追うごとに感じています。

 

今回は、少し暗い話になりましたが、私自身、阪神淡路大震災の記憶を絶やさぬために

敢えてブログに残しました。

 

さて、本日はこの辺で♪