Story

クリスマスチェ・ヨン

Very Merry Christmas!お久私ぶりです・・。クリスマスですが順調に会社で残業中。毎年恒例な感じですが今、一つのセッションが終わったのでデータをフォルダにまとめようとFinderをみたら「このような物語が・・💧」2016年に明洞教会の前のCoffee Beansで書いたと、ト書きに書いてありました笑。で、せっかく電子・・・というところで社内に動きがあり激論を戦わせてきました・・笑・・・元に戻りせっかく電子版になってましたので中身どういう話だったかほぼ忘れましたがアップ！↑タップ↑どうかまともな話でありますように・・ぱんっぱんっPS.///そもそもそれがムリなような・・笑「お、お、お前っ」「いい加減に、しろっ」by チェ・ヨン暇があったら物語ヨンで手入れするかも・・・いや、そのような時間は...ない...な....

One more kiss3　ー永遠の幻ー

ウンスの脳に静かに流れるあの音。あの、声。何度も何度も繰り返し流れる。一瞬で、あの刻に戻らせる_____いや、戻らせてくれる、音。本当は、その音が自ら流れているのではなくその音が消えてしまわないようにずっとその場にいられるようにウンスは、すがっていた。少し目を離した隙にまたもやその姿を、気配すらも消してしまったあの男についさきほどまで憤りまかせに荒々しい声で怒鳴っていたのに今はペタンペタンペタン_________ペタン、ペタン_________と、なぜか心落ち着く縁側の板を一歩、また一歩踏み続けるウンス。行ったり来たりを繰り返す。前を向き、高麗という場所の空を見上げまた板を見てゆっくり、歩く。白く指の長い足を、あの男の瞳と同じ色の板に載せる。そのうち、縁側の板と自分の足との間に「パンっ」「パンっ」という、それまでとは違う音が足音とは別に響き始めた。今や、まるで一つかのような、足裏と黒い板。離れるはずのないものがどうしようもなく離れてしまい慌ててまた引き戻そうとするかのような吸引力。その吸引力、いや、粘着力はどんどん増し「だめです」「行っては、ならぬ」「離れるな」「ここにいろ」「そばに」「俺の______そばに_____」あの刻の想像だにしなかったあの男の言葉がウンスの脳の全てを支配するかのように渦巻き始めた。それまで、男からそのような言葉を、それも腹のそこからの叫びのようでありながら注意深く聞かないと何を言っているのか分からないほどの低い声で言われたことなどウンスの人生の中で一度もなく喚き泣き叫び髪をくしゃくしゃにしていたその刻の自分の動きが一瞬、止まった。いや、固まった。自分の心臓まで止まってしまいそうになり慌ててて我に返りすぐに「どうやったらそんな言葉がこの場で出てくるのっ！」そんな言葉を吐き出し下を向き絞り出すような声でそう言った男とは反対を向きまっすぐ、遠くへと、歩いていくしかなかった。その刻のチェ・ヨンの表情をウンスは、知らない。この男がこれまでそんな言葉を男にもましてや女に吐き出したことなど一度もないことも分かっていなかった。虚の姿で生き続けてきた男の初めての真の言葉だったたことも知らない。ウンスにとっても全てが初めてでどうしたらいいのか分からなかったとはいえその男をそこに置き去りにしてその場からあてもなく離れていくしかなくなった自分を悔やんでも、悔やみきれなかった。「追いかけてきてよ」「それがだめなら、せめても止まれっ、と言ってよ」「命令してよ、いつもみたいに」「私を止めてよ」「今すぐに」「今っ」___________________________________ウンスは、縁側を行ったり来たりしながら「あの刻も、まっすぐな道じゃなく行っても、戻ることができる道だったらよかったのに」「そうしたら、あんな風にならなくてすんだかもしれないのに」そう、呟きいつのまにか頬から溢れ出していた滴を拭うことなくそのままにさせながらあの男の来るのを、待った。「来て」「ねえ」「来て」「お願い」「来て_____________」呟きは胸の中でいつしか叫びに変わっていた。だが唇からは、微かな嗚咽しか出てこない。言葉にしたいのに、言えない女。言葉にしたいのに、できない男。二人の唇から出るのはため息、だけ。震えるような想いをどう、表し、どう、伝えたらいいのかその術を全く知らない。掴んだら、全てが壊れてしまいそうでだから、できないチェ・ヨンとウンス。だが、『永遠の幻は______いやだ_______』その想いが、二人の胸の内に芽生え始めていたのは確かだった。

アメンバー限定記事こんにちは

One more kiss 2 ー突き動かす鼓動ー

「ヨンっ」「ヨンア」「ねえヨン、どこにいるの〜？」朝からウンスがけたたましい声でチェ・ヨンを呼んでいる。チェ・ヨンの瞳の色と同じくらいまでに丁寧に磨き上げられた縁側。黒々と鈍くだが、よく見ると一つ一つがそれぞれの表情を持ち静かで美しい輝きを放っている。痛めつけるような風雨も突き刺してしまいそうな太陽の光もそこを行き来するどんな人も事もそれらすべてを受け止めるそんな構えを見せているかのような板が丁寧に設えられ一分の隙もなく中庭へとせり出している。縁側の冷えきった廊下をペタペタと音を立てながら裸足で歩くウンス。白く細い足首の先は次第に板に囚われ吸い付かれ離さないと言われているかのようなそんな音を立て始めた。その感覚にウンスは何かを思い出し「もっと・・・・・・」そんな言葉を漏らしながら行ったり来たりを繰り返している。そうしているうちに胸の中では熱くてならないまでに感じている足が現実には心底冷え切って真っ赤になっていた。なのにウンスはやめない。ペタンペタンペタンペタンペタン・・・感覚と音を確かめるかのようにそう歩き時に止まり足を震わせてはまた歩くそんなことを繰り返している。女の寝顔を陰から覗きまだ起きないだろうと思ったチェ・ヨンはその女には秘密にしている薄暗い小部屋で黄色い花を見つめていた。あの時のように。その花の生を奪い取ってしまうかのような視線で、じっと見つめる。微動だにせずに息すらもしていないようなそんな姿で。いつものように誰にも邪魔をされない自分だけの世界にいてすべての音も光も遮断できていたはずなのに縁側を歩く微かな音が、その男の特徴的な耳をぴくんとさせた。こうしている時はどんな騒ぎが起ころうが王が来ようが敵が攻めようが気のすむまで自分だけの中にいて外の世界を遮断できる男だったのに最近はいつもの自分を乱す女がいて「やっかいだ」そうチェ・ヨンは思っていた。いや、自分にそう言い聞かせるようにしていた。やっかいな女を連れて来た。やっかいな事を背追い込んだ。このやっかいなものからは早く離れなくては。そのためにこの部屋にきたはずなのにその不規則な調子のペタンペタンという音がどんどん自分の胸に迫り突き刺さってくる。振り払おうとしても逆に、鼓動が大きく動く。そんな自分に、驚くチェ・ヨン。胸を掴み止まらせようとするのにどんどんその動きは大きくなり自分の体をどこかに突き動かそうするまでになりたまらなくなり立ち上がった。「はあっ」という、いつものチェ・ヨンの振りをさせながら。

One more kiss 1 ー声にならない言葉ー

One more kiss.....more...more..more..more.....One more kiss to me.....インジャ…もう一度俺にヨンに…………もう一度………も…う……い……ち………ど……チェ・ヨンはあの湖畔に佇みただひたすら煌めくしかないあの蒼白い月のように優しい言葉をかけてくるはずのない凍るような夜空を見上げながらその強固さに抗うように何度も………何度も何度も何度も反芻はんすうしていた。あの刻の己の溢あふれでも掠かすれ単語にすらならないその言葉をーーーーー。伝えたくてならないあの言葉を。言葉にしてしまいたかった自分の本当の想いを。今も、あの刻のようにオトとしてそのぷるんとした唇から吐き出してしまいたいのにそうすることができない。どうしてもできない。頑なまでに………できない。それまでかろうじて余裕の一分を見せていた端正な顔がみるみるうちに崩れていく。つい落としてしまいそうになる膝。自分の唯一の自慢の隆々としてる腕すらもついに震えはじめ白い砂浜に突き刺し埋もれてしまいそうになっている。このまま消えてしまいたい。このまま跡形もなく消えてしまいたい。もう、このまま我慢することなどなく耐えることもなく押し殺すこともなく歯をくいしばることもなく沈黙を続けることもなく顔を歪めることもなく瞳を閉じることもなくため息を吐くこともなくすべてなくあの刻の記憶を連れその下へあの下へもっと下へ自分のすべてとともに埋もれてしまいたい。また、その想いに駆られてならないチェ・ヨン。だからそうならないように声に出してしまいたいのに約束したから逃げないともうどこにもいかないとあれほど自分の女と約束したのだからだから声に出さないとだめなのにそれができない。幼いころ母の姿が自分の視界から消えてしまうそんな恐怖に打ち震え泣き叫びたいのに声を張り上げ張り裂け自分を表したかったのに示したかったのにできなかったあの時のように出そうとすればするほどその男の喉は締め付けられ歪められでも必死に抗いそのすえにようやく出たオトは「ぁぁっ」という、単語にもならないオト。気づいて欲しいのにこの自分にここにいることを。誰かに護って欲しいのに早く気づいて「どうした」と言って欲しいのに誰も、幼きチェ・ヨンのその姿に気づいてくれない。自分はここだとここにいるのだと辛すぎるから怖いから恐ろしいから救って欲しいとだから来てとそう、言葉にしたいのにどうしてもでないその男のその言葉。　　　　◇「One more kiss....」「kiss................」あのドイツに一人言った時に覚えた英語ではにかんだ声でようやく伝えたその言葉。二人抱き締め合いようやく恐る恐る口づけを交わしそして女の唇にようやく熱い息で吐き伝えられたその言葉_______。それはウンスの締め付けられてならない喉を落ちその先の心の中へ染み渡っていったはずなのに初めてのチェ・ヨンのその言葉にウンスは驚き「どうしたの？ ヨン＿」「その言葉＿＿＿」と、つい言ってしまった。本当は、初めて聞いたその男の意外すぎるその言葉が飛び上がるほど倒れそうなほど嬉しくてならなかったのにあまりに驚きつい、想いとは裏腹に突発的にそんなつっけんどんな言葉を発してしまった。悔やんだ時にはもう後の祭り。案の定、チェ・ヨンは瞬間、ウンスからはっと身を引き草むらに瞳を落としてしまった。「ああ………」悔やみの声をまたしても畳み掛けるように発してしまったウンス。せっかく、せっかくあのチェ・ヨンが初めて自分の気持ちを正直に言ってくれたのにそれも恥ずかしすぎるから覚えたての英語を使ってようやく言葉にしてくれたのになのにその女はチェ・ヨンの体にしがみつくでもなく嬉しさの涙を流すでもなくその厚い胸に埋もれるでもなくあろうことか「どうしたの？」などという言葉を不躾に言ってしまった。この表情にどれほど悩まされてきたか。どれだけこの我慢し押し殺すだけの表情を繰り返す男にじれたのか。自分の髪をかきむしりたいほど悔やむウンス。唇を噛みしめる。血がにじむほど。拳を握る。力で真っ白になるほど。ようやく二人しかいない場所を訪れることができようやくチェ・ヨンが自分の想いを解放し伝えてくれたというのに私はなぜまたこの顔をこの男にさせてしまうのか_____沈黙がその湖を覆った。ウンスを背中にして湖畔に向き合う幻チェ・ヨンがウンスには見えていた。だが、それは幻であの男はここにはいない。我に帰り再び星を見上げるチェ・ヨン。思い描くウンスは同じくここにはいない。one more kiss................one moreOne moreどうかどうかどうか........俺を............抱きしめて永遠の幻はもう無理だ。無理なのだ............................。

イムジャ、どうしたのです

インジャ・・・どうしたのです。ヨン・・ちょっとね・・あのね・・・だからどうしたのです。早く、何がどうしてどうなったのか言ってはくださらぬか。先ほどから腹をさすっているがどうされたのか？・・・・・・・・ま・・ま・・・ま・・・・・・まさか・・・インジャっつ＿＿つい・・に・・・いや、いやいやいやいやいやそのようなことはないはず仕損じてはおらぬはずそうだ絶対にそのようなことはないはず俺の休暇はまだ先だから今そのようなことになってはならぬと肝に固く命じてお、お、俺は・・ちゃんと自制をしていたはず。そうだチュンソクのいう通りに俺は・・・それに１、２、４、５、８、９、１２、１９、４４・・・・・ねえ、ヨンヨン？ヨンア？？？ねえっねえったら！はっ何か言ったか？インジャだからヨンこそ何をブツブツ言ってるの？私にどうしたのかって聞いていたんじゃなかったの？ねえヨンったらヨン？？？？あ・・あああすまぬインジャ今宵はここで二人過ごす予定だったが俺は行くところがあったのだすぐに戻るゆえしばし待っていてくれるか？少し所用がありすぐに行って戻るゆえそう・・だ・・な・・・そう30分ほど待っていただければ戻る。あの者を見張りにつけて行くから心配はしなくても大丈夫だそうだインジャこれだけは言っておくがその腹決して冷やさぬように暑いからといっていつものようにそ・・そ・・その・・・は・・ら・・を出して月に見せながらあおぐというようなことは絶対にせぬようによいな分かったなそれは俺が・・・す・・・る・・・こと・・・ううううんっとにかくインジャすぐに戻るゆえしばし待たれよっ・・・・・・・・・・。ねえヨンっヨンったら！ああ・・また行っちゃった。なぜいつもああなのかしら。なぜ私がお腹をさするとああなるのかしら。おかしな人。今日はこんなに月が綺麗なのに満月なのに二人で見ようって言ったのにあの明るい月を見ながら二人でしようって言ったのに・・・・・・・・・・・・・・。やば私ったらつい・・・月のせいねきっとあんなに月が綺麗だからつい・・・・それにしても、ヨンは慌てていつもどこに行ってるんだろう。あれは・・まさかどこかに行ったふりして私が何をするかまたどこかの木の影から見ているとか？？？まさか一人で浴槽に行っちゃってるとか？二人で入ろうって言ったのに・・・それともまさか・・・まさ・・・か・・・一人で花火を見にいっちゃったとか？？全く彼の方はやはり一人でぶつぶつ言っておられる何を言っておられるのか・・・聞き耳を立てたいところだが本当に早く帰らぬと月も雲に隠れてしまいそうだし早く帰らぬとああ、行きたくないが行かねばならぬ聞かねばならぬ絶対に突き止めねばならぬ！・・・・・・。ま、いいや今度ヨンのあとをつけてみよっと。それにしても・・はあっく・・る・・し・・い・・・・くるし・・すぎ・・・る・・・湖にでも飛び込んでひと泳ぎしようかしら・・でも、ヨンにバレたらまずいか・・あ、でもまだ帰って来ないから30分といいつついつもすぐには帰って来ないから大丈夫か行っちゃおうかな〜最近なんだかお腹周りがだぶついてきたしこんな姿じゃ恥ずかしいしあれが・・・・・・・・・・・・。インジャついに俺たちの・・・俺・・たち・・の・・・そうなの・・ですね・・・きっと！そうなの・・・です・・ね・・・。待っていてくだされすぐに戻りますゆえあそこに行きあの者に聞けばそのようなことすぐに解決しますゆえ・・しばしお待ちを。それにしても....あそこに行くまでに10分話をして確認するのに5分腹に良いものを買うのに10分帰るのに・・・10・・・だめだっ30分では戻れぬっ！涙・・・。・・・・・・・。残念。当分来ないらしい・・・。汗むしろこみ上げるのは怒りかはたまた・・震慄か。それにしても相変わらず可愛いヨンったら。笑笑

崔家の湖「俺は、決めた」

　ぞっとするような冷たさに身震いし、瞬間、凍ってしまいそうになる、あの視線。　くっきりとした二重を持つ大きな瞳なのに、穿うがったように細めて見ることしかできなくなっていた、あの瞳。　自分を慕おうとしてくれるそんな人をも、心を持たぬ無機質なモノとしてしか見ることができなくなっていた、チェ・ヨンの瞳。　ウンスと出会う前の、その男の瞳と視線は、そうだった。　だが、今、その瞳、どうなっている。　あの瞳はーーーー。どうなった。　小刻みに躰を揺らす戦慄わななきを抑えきれず、ただ、ヨン・クォンのするとおり、その男の胸に包まれるしかなくなっていたチェ・ヨンの躰。　だが、今ようやく、初めて、すべての想いを断ち切り、自分の想いだけ、それ一つだけになり、鬼のような形相で向かってくる二人に正面から向き合い、自らもまた、凄まじい勢いで挑んでいこうとしている。　今のその男の、その瞳。　振り向きざまに、怒号で二人を吹き飛ばしたチェ・ヨンの瞳からは、大粒の透明な雫が、大きすぎる涙ぼくろの堰をいとも軽々と超えてあふれ出し、止めることなど、できなくなっていた。　歪む。みるみるうちに、ひどい顔になっていく。　なんとか冷静を装おうとしていたその頬は、これ以上無理なまでに歪み、その男自身がこぼしている雫でまみれ、見たことのないような顔をさせている。　そのようなこと、これまでのチェ・ヨンでは、考えられないことだった。　自分の感情をこれほどまでに露わにし、隠そうとしない。　自分の想いをしまい込まず、むしろぶつけようとしている。　　避けて丸まるのでなく、向きあって反る。　　「俺を見ろっ」　　まるで、そう言うかのように。　自分の雫を拭おうとしないその男。もはや、衣で拭ってどうにかなるような、そのような雫の量ではなかった。　そうなっていることに気づいていないのか。みるみるうちに、瞳の中で大きくなってくる男たちのことで、頭がいっぱいなのか。その男の視界は、もはや滲み切り、周りの様子が分からないまでになっているのに、それでもその男、チェ・ヨンは、信念を持ち、突進していく。　まっすぐに。　正面突破。　我が道を行くのみ。　自分がそう決めた。　自分が。　決めた。　もう、後戻りしない。　そう、決めた。　　チェ・ヨンは、「決めた」というその言葉を、ただそれだけを、胸の中で繰り返し、スリバン街の滑ぬめる石畳の上を音もなくすっと走る。あの鬼剣も持たずに。自分の心。そのようになっている剣を打ち捨てて。　三人を見ていた周囲の者たちは、どうにかしなければ、なんとか止めなければと、固まり動かない躰に心の底からそう念じ、男たちの間に割って入るためのその一歩を、踏み出そうと必死になっている。　　だが、なぜか、どの者たちの躰は、どうやっても動くことができない。まるで三人の男の気にがっちりと抑え込まれているかのように、動きたくとも動くことができない。こんなにも近くにいるのに、何もできず、ただ、瞳で追うことしかできない。　　そのような場所を、動く一つの影。三人の男しか動けないはずのその場所を、すっと動く。スリバン街の屋根の上をmチェ・ヨンと同じように移動する黒い影。　チュホンの嘶きが、戦の合図のように知らせる。　　「危ないっ」　　　そう、チェ・ヨンに叫んでる。　同時に、マンボ兄妹の悲鳴のような罵声が、スリバン街に響き渡った。　「ヨンっ」　それまでの静寂を切り裂くように、チュホンと同時に響いた音。　その音と同時に、どさっという音が、石畳の上を覆った。　自分の涙で見えなくなっていた周囲の様子。だが、その場所を勝手知ったるチェ・ヨンは、動きのすべてを、自分の心で見ていた。　瞳で見えなくても、心がしっかりと見ている。　ヨン・クォンの哀しく捨て身の動き、チャン・ビンの僅かにまだ遠慮しつつも向かう動き。テマン、マンボ兄妹、チュホン、女主人たちの動き。　そしてーー。もう一人。　チェ・ヨンには分かっていた。徹底した安全が保たれいているはずのここに、一人。かなり腕の立つ間者が紛れ込んでいることを。最初から、分かっていた。今、その男が、チェ・ヨンと同じように屋根の上を伝い走っていることも。すべて、知っていた。　　弓矢を忍ばせている影。その腕が背中に回ろうとしている。　　瞬時の動きも、心の目で見抜くチェ・ヨンは、もっと早く始末しておけばよかったと、今さらながらに悔やんだ。自分の大事にかまけ、見くびっていた、と。大したことないと思い放置していたその影はことのほか俊敏で、想像以上に腕の立つ者だということを、今ごろになり、把握したのだ。　瞬間、上に心を向けたチェ・ヨンが、すっと再び前を向く。　伸びる。　　今まさに自分の襟首をつかもうとしている、ヨン・クォンとチャン・ビンの腕が。４つの逞しい腕が今まさにチェ・ヨンの襟首つかみ、「俺のものだっ」「お前にわたさぬっ」そのように言おうと、そんな唇を作ったその時、　見えた。　チェ・ヨンには。　ヨン・クォンの、瞳を覆った透明な膜が。鬼の形相のはずのその瞳が、瞬間、あの優しい兄の色を見せ、だが、すぐにそれをなかったものに消し去ると、チェ・ヨンの胸ぐらをチャン・ビンとともに鷲掴み、再び、自分の胸へ、ねじ伏せるように抱き込もうとしたーーー。が、それよりも僅かに先に、チェ・ヨンが二人の躰を石畳へ叩きつけるようになぎ倒し、それまでの速さとは打って変わり、まるでその上の宙を緩やかに舞うかのように、ヨン・クォンとチャン・ビンの躰に、覆いかぶさった。　どさっ、という、鈍く重すぎる音とともに。　屋根を這っていた影が、石畳のその道へと落下するのと、まるで同じように。イムジャ俺に力を

崔家の湖10　「来てみろ、俺のところへ」

ずっと小刻みに震えていたチェ・ヨンの拳。　 びりびりと音のする稲光を伴いながら、青い血筋がぷつんと切れそうになるほど、固く握り締められていたその手は、チェ・ヨンの無理やりの力で強引に開かれ、今まさに、酒屋の扉に細く長い指がかけられようとしている。 店の中ですっと動く小さな黒影。扉が僅かに、空いている。真っ直ぐな黒髪の隙間から、濡れた光がその影を追うように、微かに動く。　思い出のその場所。　ウンスを背負い、ここまでたどりついたあの夜。　大陸の元まで四方手を尽くし、やっとの想いで入手した幻の美酒を、自分の女にようやく呑ませることができた、そんな場所。　あの時、自分の女は、それまでに見たことのないような表情で微笑んだ。　「うれしい」　いつもはなかなか口にしない素直な言葉を、弾ける笑顔でそう言った。想像以上の喜びようを目の当たりにして、思わずとろけそうになるチェ・ヨン。　一見細身に見えながら、実のところ、神々しいまでの逞しい上腕筋を備えているその躰。一瞬でその躯体が、首筋から腰へと崩れ落ちそうになる。だがすぐに沸き起こった歓び。男の歓びというよりは、もっと幼く甘い歓び。増殖しながらチェ・ヨンの躰を駆け巡る。今にもへなへなと腰から砕けそうになっていたその躰は、自身の髄から湧き出した感情により、ようやくそこに止まることができた。　　美青年であるのに無粋な表情にいつも押し隠し、年齢よりはるか下に見える可愛らしい表情を持っているのに、さらにその下に隠して生きてきたチェ・ヨン。その右頬に、一瞬であのえくぼが自然と作られてしまったあの時。　恥ずかしくて隠したいのに、喜びの方が強すぎて、表情を元に戻すことができない。えくぼとともにはにかんだその顔は、どうにも隠すことができずそのままでいるしかなく、酔っ払って上機嫌のウンスに、すぐに見つかった。　「ヨン…えくぼ」　「ヨンのえくぼ」　「えくぼができてるっ」　えくぼえくぼと、子供のようにはしゃぐ自分の女。そのことがまた、嬉しくてならない。　この高麗へ連れてきてからというもの、自分なりに落とし所をなんとかつけ、必死に生きてきたユ・ウンス。　チェ・ヨンはそれを理解しているつもりでいたが、チャン・ビンから典医寺での様子を仔細に聞くまで、本当はまるで分かっていなかった。　自分がどれだけ無理難題を押し付けているのか。自分のエゴで、どれほど苦労をかけているのか。その想いで、チェ・ヨンの心もまた、深く傷ついていた。　だからこそ、なんとか自分の愛している女を喜ばせたい。その心を癒してやりたい。その一心で、用意した幻の美酒。　それを呑ませた時の、想像した以上のウンスの反応に、チェ・ヨンはいいようのない満足感で酔いしれた。男としての満足に。　　「これが、男の醍醐味なのか」　「自分の女に、自分の甲斐性で好きなものを与えてやる」　「これこそが、男にしか味わえない歓びなのか」と……。　　父からの教えで、清廉潔白を己に戒めてきたチェ・ヨンは、財はあってもそれを自分のために使うことをしない男だった。物欲がないと言った方がよいのか、とにかく必要最小限のものさえあればよく、幼い頃からそういった欲というものがなかった。　だが、この時だけは違った。　もちろん、心で、いやその心を持った躰で満たしてやるのが一番、そうは思っていたが、自分の愛して止まない女の喜ぶ顔を見てみたい。そう想うのも本心だった。　だが、欲しいものは何かと、何度聞いても答えを言わないウンス。　市中に二人で出かけたくとも、その機会を得ることができず、ゆえに、店で好きなものを存分に買ってやりたいと思っても、それが叶わない。　あの時はそうだった。　衣が好きなのか、髪飾りが好きなのか、それとも書物が読みたいのか、それまでずっと無骨で無粋をとおしてきた男には、さっぱり分からなかった。　恥ずかしさを堪え、チュンソクだけにそれとなく聞いてみたが、その男もさっぱり分からないと言う。しょうがなく、迂達赤隊員たちの話をそれとなく盗み聞きしていると、口を揃えて言うことが一つだけあった。　「お酒が飲みたい」　「おいしいおつまみと一緒に」　医仙は必ず、日替わりで警護にあたっている隊員たちに、そう声をかけるのだと。夕方近くなり医院もひと段落してくると、必ずそう言うのだと。　自分以外の男に、酒を飲みたいということなど言語道断、とそのこと自体に激しい憤りを覚え、　「そのような言葉。決して言ってはならぬ」と、珍しくチェ・ヨンは顔を真っ赤にして命令したが、それと同時に、影では美酒探しを開始していた。　ウンスと出会った時のことを思い出し、ははん、と納得したチェ・ヨン。自分の好きな女は、思った通り、花より団子なのだと。そして、必死で最上級の酒を探し求めた。高麗では手に入らぬような幻の美酒を。　驚いたのは酒屋の女店主。チェ・ヨンがそのようなものを欲しいということなど、それまで一度もなかったから。底なし沼の大酒のみではあっても、特段うまい酒でなくてよかった。その男は。　「民が飲む酒でよいから」　いつもそう言い、女店主が進める高価な酒は、密かに金を払い、隊員たちに回していた。それを知っているのは、女店主だけ。誰も知らない。チェ・ヨンがそのような細かい気遣いができるような男だということを。　そんな場所。ようやく手に入れた酒をともに酌み交わし、だが、ありえないほどの勘違いで二人断絶のどん底を経験し、ようやく初めての愛を交わした、絶対に忘れられぬ思い出の場所。　チェ・ヨンは、激しくーーーー。　嗚咽した。　　ヨン・クォンがその男の襟元に手を伸ばすと同時に、翻ったその顔は、みるみるうちに大粒の雫でぐちゃぐちゃに歪み、雷のような怒号とともに、自分の兄と慕うクォンと、自分の無二の旧友であるチャン・ビンを、その声一つで吹き飛ばした。 怒りと哀しみと謝罪でぐちゃぐちゃになってしまった感情。雷功を伴う左手ではなく、鬼剣を持つ右手でもなく、その感情にあふれてしまった声で、屈強な躰の男二人を遠くへ追いやった。　「来い」　「来れるものなら来い」　「来てみろ。俺のところへ」　「来いっ」　その声とともに、向かっていくチェ・ヨン。鬼剣を打ち捨て、雷功も力で必死に消し去り、無になった躰一つで、二人へ飛び込んでいく。　チェ・ヨンの怒号に吹き飛ばされ、尻もちをついたヨン・クォンとチャン・ビン。一瞬の出来事に驚いたものの、すぐ我に帰り飛び起きると、この男たちも一心不乱に向かっていった。　「俺のものだったんだ」　「私といればこそ生きるのだ」　そう叫びながら、向かっていく。火花が飛散る目まなこで。理性など、一切かなぐりすて、ただの男になった三人が、今まさにぶつかり合おうとしているこのスリバン街。　雲に隠れていた蒼白い月。嫌々ながらも慌ててそこから現れ、その場を、その三人が立ち向かおうとしているその石畳を、円状に照らした。　　艶やかに光る真っ黒な選び抜かれた石。　いや、滑ぬめるように照る。　一つ一つが。　蒼白い月によって。　もはや行き場などなく、捨て身を覚悟した二人の男の愛と、戦いの場から戻って以来、なぜか自戒の念に駆られ続け、それゆえ、このような事態を引き起こしてしまっているチェ・ヨンの愛が、錯綜し、激しくぶつかりあおうとしている。　誰も止められるものはいない。泡を吹いて見ているしかないテマン。頼みの綱のチュンソクはまだ王宮へ戻っていない。影から覗いていた女店主たちは、腰が抜けて動くことすらできない。　屋根伝いに走る黒い影。　嘶くチュホンの声。　「何をしている、ヨンっ」　クッパの店から慌てて走り出ながら、怒声を浴びせるマンボ兄妹。　だが、それらの音も声も姿も、この三人の男の耳、そして目に、一切入らない。その頭に描かれているのは、ただ一人。　　あの女の姿だけ。　「イムジャっ」　「ウンスっ」　「医仙っ」　同時に発したそれぞの言葉に、再びそれぞれが激しく怒り、ついに突っ込んだ。　同時に。　　チェ・ヨンへ。　ヨン・クォンとチャン・ビンへ。肌身離したことないこの鬼剣打ち捨て俺は行くいざっ来いっ　

崔家の湖9「動いたら、知らぬ」

自分の前にある行かねばならぬ道をただ真っ直ぐに進む、一人の男。　薄曇りに隠れた蒼白い月。それでも僅かな光を精一杯注ぎその道を照らしている。それまで、ヨン・クォンの中に隠れ小刻みの震えを抑えられず我慢しきれずに膝を折り曲げ崩れ落ちそうになっていたチェ・ヨン。だが、今は、そのチェ・ヨンを必死に護ろうとしていた二人の男の動きを完全に封じ込めまるで別人のような姿で、進むと決めた道を迷うことなく歩いている。あの時、天界から戻ったチェ・ヨンの命により高麗では初めて石畳にされていたその道。あの店へと続くその真っ直ぐな道を、男は、迷わず歩く。右手に持つ鬼剣の端、鐺こじりが今のチェ・ヨンを誇示するかのように力強く反り返り、天を仰ぐ。剣鞘に結ばれたチェ・ヨンの下げ緒の先が、揺れる。漆黒の瞳を隠している真っ直ぐな黒髪が、揺れる。ふわりと。真夏の夜には珍しく、その道を何度もざぁぁぁぁっと通り抜ける風。その度に、隠されているチェ・ヨンの瞳が明らかになる。あの真っ白な曇り一つなき瞳の周りが、真っ赤なことを。そこからあの白い瞳に、赤い稲妻を落としそうになっていることを。ふと見れば、固く握りしめた左手が細かく震えている。その手を巡る太い青筋は、はちきれんばかりに盛り上がり、今にも破裂してしまいそうになっている。充填される、チェ・ヨンの気。みるみるうちに、その握りこぶしに満たされていく。左手だからまだ満ちるだけであったがもしそれが、鬼剣を持つ右手であったらすでにその剣を通し、天から地を稲妻が貫いていただろう。ふつふつと沸き起こるチェ・ヨンの怒り。あふれて止やまぬ、どこにももっていきようのない怒り。待ちに待った希望と歓びから、急転直下。深すぎる谷底へと一気に突き落とされた哀しみと絶望が、行き先のない怒りへととめどなく変わっていく。分かっているのに、止められない。その男の行き場のない気を。その男のどうしようもない怒りを。想いを。果てない愛を。我に帰り、先を争うようにチェ・ヨンへと駆けるヨン・クォンとチャン・ビン。チェ・ヨンの声は聞こえていた。「そこを動くな。一歩たりとも」「動いたら……」「知らぬ」「知らぬ」という言葉に隠された「討つ」という意味。いや、それ以上の意味。　「俺のことばかり…考えるな」「向かってこい」「俺に」「一度で良いから、俺に」「向かって……」「こ……い……」そしてまた、チェ・ヨンの本気も、二人には十分、分かっていた。だからこそ、想う。あふれそうになる雫を瞳のなかへ押し戻しながら。「流してはならぬ」「決して」と。そう、固く誓い、そして「ようやくきたこの時」「これで、楽に……なれる……」　そう胸に刻み込んだ、二人の男の言葉。　誰の目にも止まらぬほどの一瞬の刻。ヨン・クォンとチャン・ビンは同時に互いへ視線を遣った。互いの顔は見ず、僅かに頷く二人。　チェ・ヨンの歩幅が広がる。　決して走らない。だが、あの店のその扉に先に手をかけ、その中に消えるのだとそのような主張をして急ぐ、細く長い脚。びりびりと稲妻を伴ったチェ・ヨンの手が空を切った。あの酒屋の扉へと手をかけるために。長い時間をかけ、スリバン街の女主人たちと緻密に立てていたチェ・ヨンの初でえと計画。だがそれは、正面突破チェ・ヨンの急な決断で執り行われた仮祝言のあと、ようやく初めて、実現した。それも、これから向かう戦いの後方支援部隊となっているチェ・ヨンの別宅への道すがらでしかない僅かな刻に。　王宮からチェ・ヨンの別宅までは一日などでは着かぬ距離。策士チェ・ヨンは、急遽ウンスを、後方支援部隊まで伴う策を思いつき、二人で王宮を離れる許しを王からもらった。チェ・ヨンはその時からここ、第一スリバン街で一夜を過ごすつもりでいた。女主人たちが首を長くして待っている。多分、クッパの店では、マンボ兄弟も待っているだろう。「会わせたい」「自慢したい」その想い一つだった。その時のチェ・ヨンには。それと同時に一度で良いから二人きりの場所で、二人の愛も育んでみたかった。すれ違いばかりで、王宮では満足に会話すらもできなかったチェ・ヨンとウンス。　だが、その男の瞳はどうしようもないほどウンスを追い、たったそれだけのことでこれ以上の幸せがあるのかと生まれて初めての男の歓びを感じていた。　いや、男というよりは青年、少年のような歓びを。だが、その男にとっては、この上ない歓びを。だからこそ、王から命じられた戦いの前にどうしても仮祝言を挙げたかったチェ・ヨン。挙げねばならなかった。ウンスを中途半端な状況で一人王宮に残すなど、到底考えられずだからこそ、先に既成事実を作ってしまいたかったのだ。そんな男の絶対に作らねばならぬという信念を誰も止めることなどできなかった。そんな男が、二人の愛を少しでも育もうと立ち寄ったこのスリバン街。なのに、ここでもまた、大いなるすれ違いを何度も繰り返したチェ・ヨンとウンス。だが、その度にそれぞれの想いを互いにぶつけ、少しずつではあるが解放し、想いを言葉で伝えることで徐々に分かり合ってきた。中でも、最後に訪れたこの酒屋。もはや修復不可能かとさえ想ったこの酒屋。時にウンスを護り、時に二人の愛を育むために特別に作られたあの秘密部屋。それは、一旦は二人の愛を断絶したが、その後に訪れたのは、障子に映る二人の愛し合う姿だった。震える手でウンスの衣を剥いでいくチェ・ヨン。恐る恐る震えながら、瞳から唇へ、唇から首筋へ、そして胸へと這わせていく。その男の真っ赤になった厚く潤んだ唇で。障子に写り込んでいた二人の姿。ウンスの髪が乱れ飛び、しなやかな胸が仰け反ったまさにその時、揺れていた暖かな炎がふっと消え、二人の声だけがこだました。　だが、その歓びの声は、分厚い扉に護られ、外には伝え漏れない。ただ、二人の躰と扉の間を飛び交いどんどん増幅していくだけ。鞭のように二人の躰を打つ、二人だけの愛の音。これからようやく育まれていく二人の愛の始まり。その音がその部屋を、その秘密部屋の中を飛び交い、二人の躰に降り注ぎそして、チェ・ヨンとウンスの初めての二人きりの時が躰に、心に、刻まれていった。そんな場所。その酒屋の扉に、チェ・ヨンがまさに手をかけ引き開けようとした時、その襟首をつかみ飛びかかろうとする者がいた。「開けるなっ」「行くなっ」「その前に」「勝負しろっ」待っていてください今行きますからイムジャをウンスを……お前を迎えに俺が行くから俺が行きますから懐かしの第一スリバン街mapこの話・・昔昔（2016年くらい）の私の物語を読んでないとさっぱりわからない話でして・・。どうしよう。過去物語を・・・。汗これはその時書いていた物語を当時、map化したもの。デス・・・。過去歴物語どうしようか大いに迷い中・・・。

崔家の湖7 「謝らねばならぬのです。俺は」

揺れる。チェ・ヨンの瞳をまるで隠すように覆いかぶさっている真っ直ぐな黒髪が揺れている。その男の躰の、小刻みな震え。抑えようとすればするほどその震えは止めようがなく、その黒髪の一本一本を細かく震わせていく。その時。ガクガクと膝から堕ちそうになったチェ・ヨンをどこからか急に姿を表したヨン・クォンが必死に抱きとめた。見てはいけぬ者はそこにはいないがどこに間者が潜んでいるか分からない。ここ、第一スリバン街は、チェ・ヨンの密かな命により、高麗で最も安全な場所と民にまで知れ渡るほどだったが、それでもわからなかった。迂達赤隊員たちよりも一足先に戻り単独行動をとっている迂達赤隊長チェ・ヨンの動向を、敵が追わないわけがない。そのような者に、万が一、このような姿を見られてしまったらーー。影からずっと追ってきたヨン・クォンの背筋が凍りそのようにせずにはいられなかった。チェ・ヨンの身を案じるというよりはウンスの事が心配でならなかったクォン。それでなくても、あの頑なで無骨であったはずの迂達赤隊長が「愛している」「俺の女」「俺がお護りするのだ」と、しつこいまでにきっぱりと公言している女人。ゆえに、この女こそ、こちらのものにすればチェ・ヨンなど軽い者と、敵の格好の標的になっている。「あの女さえ人質にとれば、チェ・ヨンなど赤子のようなもの」そうとまで密かに言われていることをヨン・クォンは、十分に把握していた。だからこそ日々の厳重な監視を怠るわけにはいかなかったクォン。チェ・ヨンのこのような姿を晒してはならぬのだと、ヨン・クォンはその屈強すぎるチェ・ヨンよりも大柄な躰で自分の弟分をすっぽりと包み込んでいた。その男の全てを隠すように。「クォン……」自分が力の限りで抱きとめているその男の声が、胸の下から立ち上ってくる。「なんだ……」「……ヨン…」言葉はぶっきらぼうだが、その声は昔のあの子供の時のように優しく包み込むそんな音色を伴っている。「俺のこと・は・良い…から」「ウン・スを」「イム・ジャ・を……」「あの方は…いった……いどこへ……」「どこへ行かれて…しまったの…で…す……」「クォン…兄上……」「知っているのでしょう？」「そうなの…でしょ…う…？」「まさ…か……」「いや、またミョン・ノサムと一芝居、打たれているのでしょう…？」「そうなのでしょう？」「いいから」「早く、戻して」「俺の、元へ」「はや…く……」「俺は……謝らねばならぬことがあるのです」「あの方に……」「だから…はや…く……」お願いです……俺のイムジャを俺の元へ戻して……PS.　忙しくて間があいてしまいました。突然登場の私のシンイ2次だけに登場するヨン・クォン。きっとこの男のことを知る読者様はそう多くはないと思うのですが説明的物語をいれるべきかどうか迷うところ・・・。

閑話休題ー愛の樹@2018

Storyサイトですが閑話休題Story関連ロケ地ネタを。急に書いたりまた長期休止したりな気まぐれサイトでスミマセン・・。そんなサイトをご訪問いただきありがとうとざいます。さて、今休憩中でまだ帰宅してはないのですが今日のStoryはどうしようかな・・と見ていたところで珍しくライブでもスマホでもなくPC（フォトショ）でちゃんと処理したデータがあったので再UPします。2018年4月2日UP Ver.いつの時の愛の樹たちなのかそこらへん、よくわからず。何度も行きすぎてる場所にて・・。笑では↓↓↓↓こんばんわ。もう１回「愛の樹」個人的趣向（訳すと個人の趣向w）にて。スマホからではなく愛を込めて？？photoshpで一応処理してみました。今回はyoutubeライブばっかりでほとんど写真を撮ってなく余韻に浸る暇もなくせっかく周辺に泊まっていたのにまた慌ただしい訪問となりました。でも、玄米チャレンジ10日間をしてから行ったからかなんだか登る体が軽くww１ターンの急坂階段登りきるまで一気に息切れがなかかったのが驚きでした。そのあとドッときましたけれど///で・・愛の樹はライブにもあげてますしブログもたくさん書いたのでこの辺でその日は珍しくソウルまであと2時間ちょっとなのにプヨ泊。ゴンジュの韓屋にするかロッテプヨリゾートにするか２択でしたが今回はロッテにゴンジュの韓屋は2016年に泊まりましたがなかなかよかったです管理人のおっちゃんになぜか気に入られ炸醤麺をごちそうになりましたww世界のホテル紹介記事は別口で書く予定なのでロッテプヨリゾートはまた別記事で。こちら趣のある外通路。私たちが泊まったのは一人8000円弱のスイートタイプだったのでゴルフ場側の棟でした。初日で結構やりたいことはやり尽くしもうロケ地も散々回っていくとこなんてないよね・・的な話をしながら翌日のスケジュールもたてずに就寝。かなり遅い時間になってからユンソンdayと急遽なったのですが・・その前に目の前にある百済文化団に行こうと私がゴリ推ししていくことに。ここも私は2016年に訪問済みでしたがすごく広大でセット場とは全然違う本格派。ケベクの撮影もしてます。しかし、まるでヨンがいるようでウダルチ戦いのロケ地でもあったのでやっぱいきたくて行くことに。YouTubeインスタこちも双方でライブしてます。よければ〜。ホントは月夜の愛の樹と早朝愛の樹にいきたかったけど・・<追記：今となってはどっちも制覇済みw＞ブログはほぼオンタイムであげてるのでこれ、なんだか２回同じこと書いてるような・・・あ、時間切れ。これから仕事ミーティングからの飲みなのでこの辺でまた！中途半端ですみませぬ・・こんなに広大なのに実はここに私一人。またまたヤバスギル体験をしてしまいました。ああ堕ちていくヨンの世界へ・・・・

崔家の湖6「俺の言うこと、聞いてはくれぬのか」

「俺の言う通り」「従うのです」そう言い、典医寺のあの樹の影でチュホンへ強引にウンスの躰を押し上げ、ひらりとその背にまたがるといつにも増した屈強な胸に自分の女をしまい込み疾風の如くここまで駆け抜けてきたチェ・ヨン。その途中、ウンスから萌え立つ匂いの中にあの香りのキオクを手繰り寄せてしまったその一瞬ウンスの小さな手の上から手綱を握る大きく熱い手がまたもや僅かに小さく、そして冷たくなってしまった。その瞬間、その男の頭は不自然に左右に振られ「だめだっ」という言葉を吐き出そうとしたがすぐ我に帰りその唇を左の甲でねじ伏せた。チェ・ヨンの大きく真っ白な前歯がその手に突き刺さり鮮血がじわりと滲む。甲から流れる真っ赤な血が滴り落ちそうになり慌ててちろりと舐める。その男の真っ赤な舌の先で。前にも同じようなことがあった。声を封じるために。決して聞かれてはいけないその場所でどうしようもなく我慢できずウンスを自分のものにしていたその男は思わず歓びの感嘆の息を大きく漏らしそうになりその音、封じるために慌てて自分の甲を噛み堪こらえた。そうせずにはいられなかった。そうするしか……。その男の声をそれまでに感じたことのなかった初めての歓びをそうすることでしか封じることができなかったのだ。だが、今は………。「俺は、いったい何を」「何をしているのだ」と、空くうを見上げたチェ・ヨンの頬からは一筋の懺悔の雫がこぼれ落ちていた。それを白指でとっさにすくったウンスのあの瞳からも自然と大粒の雫がこぼれ落ちる。二人のそれは同時にチュホンのたてがみへとはらはらと弧を描くように落ちていく。典医寺のあの樹の影でチュホンの背中に荒々しく放り投げられ、その先の温かく優しい背中にまたがった瞬間、それとはまったく正反対の強引で無謀で性急な愛の始まりを空想しどうしようもなく熱くなってしまっていたウンスのあの場所。チェ・ヨンに不意に触れられつい満たし落としてしまったあの滴。だが、今はその滴ではなく瞳から落ちる頬を伝う雫がチュホンのたて髪の間を縫うように滴っていく。典医寺の自分の部屋でチェ・ヨンの手に久しぶりに触れたその瞬間からウンスの躰は何かもやもやとした気持ちの悪い黒い不安に纏われ、いつものように右の小指のあの痺れを感じていた。それでも、そんなことあるはずないとその気持ちを押し殺しチェ・ヨンの愛を信じその男に身を任せようとしていたのに。本当はその真実は年下の甘えん坊のだが意地っ張りのどうしようもないほど愛しく若いその男が「俺のいうとおりに」「するのです」そう、むきになって男然として命令するとおりその男の急ぎ貪る愛に呑まれようとしていたのに。「やっぱり、だめだった」「逃げたい」「もう知らない」「投げ出したい」「一人になりたい」「一人で布団にくるまり一人で思う存分……」「一人で………」「お願い、一人にっ」チュホンに乗っていることも愛しすぎてしまった高麗の武士、チェ・ヨンに抱かれてることもすべて頭から消え真っ白になりただ、一人になりたいという気持ち一つでそう叫び身を荒げ滑り地面へ落ちようとしたウンス。慌てて身を反らすチュホン。盛り上がる上腕をしなやかにだが、荒々しく伸ばし強引に厚すぎる胸へ叩きつけるチェ・ヨン。抱きしめる。ぐっと。一つになるように。チェ・ヨンの胸の鼓動がウンスのその男から逃げようと争う鼓動と一心同体になるよう捕まえ捉えて自分のものにするよう合わせる。ぴたりと。一分の隙もなく。張り付くように。その中に潜り込み手で鷲掴み自分の心臓にそれを置き換えるように離すまいとするチェ・ヨン。だが、第一スリバン街の通りには「離してっ」「離してったら」「やめてよっ」というウンスの泣き叫ぶ声が響き渡った。慌ててその唇を冷たく小さな手で塞ぐチェ・ヨン。見つめる。その瞳を。そこに、自分の瞳がくっきりと映り込むまで。「自分の胸の音を」「聞いて」と改めてその唇をその中に抱いてやる。ぎゅっと。荒々しくしていた腕を少し緩め幼子の背中を優しくさするようになでる。すぅぅぅぅぅすぅぅぅぅぅ………と。だが、それでもウンスは「やめてっ」「だからその手」「触らないでっ」そう、言ってしまった。分かったのに。一瞬聞こえたチェ・ヨンの音が。自分の音と合わさろうとしている音。重なろうとしている音。一つになろうとしている音が。チェ・ヨンの温かくも熱い鼓動にはっと気づいた時にはその言葉が口をついて出てしまっていた。「もう一度」「その腕で、なでて」「その腕で、抱いて」「この胸の音、聞かせて」その想いが頭を渦巻く。「もういい」「そんなこと、どうでもいい」「ヨンがそうと言うなら」「信じる」そう、ようやく思おうとしたのに。この男の胸の鼓動がそう言ってるのに。だが、ウンスの口から再び飛び出したその言葉にチェ・ヨンの腕は再びウンスを抱くのではなくぱたりと力なく落ちた。「俺の言うこと」「聞いてはくださらぬのか」あの瞳で、微かなその言葉を落としながら。イムジャ……。俺の鼓動に合わせてはくださらぬのか。俺の言うこと言おうとしていること聞くことができぬのか。だめなのか。俺を、拒絶するのか。俺のこと信じてはくださらぬのか。イムジャ……。俺のこと、それまでにしか思っていなかったのか…。イムジャ……。

崔家の湖5 「その瞳に俺が映るまで」

一気に、あそこまで駆け抜けるはずだったチェ・ヨン。一刻も早くたどり着きたかった。あの場所へ。時間がない。全くない。明日の昼までには戻らねばならぬ。王宮へ。たった一晩。いや、その一晩もすでに時僅かでウンスを抱きかかえての道程を考えると無謀をはるかに超える行為であった。だが、そうせずにはいられぬチェ・ヨン。だからこそ、チュホンだけが頼み。チェ・ヨンの愛馬、チュホンあらずになし得ないこの迂達赤隊長チェ・ヨンの飽くなき愛。「早く」「イムジャを」「早く」「早く」「早く…………」だが、そのチェ・ヨンの想いとは裏腹に自分の胸の中で自分の愛いとしいこの世で無二の女ひとが争あらがっている。「離して」と。「ここから下ろして」「止めて」と………。勢い余るように初でえとを成し遂げた第一スリバン街のあの店の前でチュホンを止めたチェ・ヨン。いや、それより先にチュホンの脚が止まっていた。そうしないとウンスが落ちそうで。自身から。ウンスを愛しているチュホンは、自分の上でチェ・ヨンに争うウンスが落ちやしないかと先ほどチェ・ヨンが思わず流した一滴の雫を感じてからというものはらはらのし通しでその後こぼれ落ちてきたウンスの大粒の涙を感じた時などは躰がぴくんと震えそれまで軽やかだったその脚が思わずもつれそうになるほどだった。つい先ほど、典医寺のあの樹の影であれほどに愛し合ったはずの二人が今は、このようになっているこの二人の想い。この世の誰一人として永遠に感じることなどできぬほどの激しさなのになぜか、いつもすれ違ってばかりいるチェ・ヨンとウンス。「どうしてか」「どうしていつも」「こうなのか」「この男とウンスは」チュホンは自慢のたてがみをシュンっと振り一声いななくともうこれが限界だという表情でわざとあの二人の初めての店の前でその脚を止めた。典医寺でウンスの部屋へ駆け込む前のチェ・ヨンに艶々に輝く栗色のたてがみをすぅ〜、すぅ〜っとあの滑らかな指で撫でられ「チュホン……」「頼むぞ」「今日も」「あそこまで」「止まらず一気に」「お願いだ」「チュホン」「いつものように」「お願い…だ……」そう、切願されたのに。そっと一ついつものようにいや、まるでウンスとするはずのそれを、練習するかのようにあのぷるんとした下唇と幾分細い上唇を僅かに開けながら這うように口づけされ男と男の約束を交わしたのにチュホンは初めてそれを破った。チェ・ヨンは幼い頃からの主人であり、友でありそれこそ唯一無二の相棒だった。だからこそ、その男の言うことは絶対であったが、チェ・ヨンが自分の意にそぐわぬ願いをする時はチュホンから断ってきた。それをしては、ならぬ。それは、お前のためにならぬ。それでは、お前が危ない。と……。チェ・ヨンを戒めるように断ってきた。そもそもそのような願い、ほとんどなかったが。それに、一度交わした約束を途中で反故にすることもなかったが。この時ばかりは、いや、ウンスがこの高麗に現れてからというものこのようなことが頻発するようになっていた。そして今も「ならぬ」と……。これ以上、あそこまでは「無理だ」と……。本当は、戦いへ行くと言ってここを去ったあの瞬間から早く戻ってきたかった一刻も早く来たかったチェ・ヨン。チュホンは、「ここで一度、頭を冷やせ」とまるでそういうようにチェ・ヨンを振り返り目配せをした。その隙に自ら滑り落ちるようにチュホンから降りようとするウンス。落馬しそうになる。「危ないっ」チェ・ヨンはそう言いうと同時にウンスの腕だけでなくその躰すべてを赤いあざができるほどに強引に掴むとまた、その女を自分の胸へと叩きつけるように抱きしめた。「イムジャ……」「ウン……ス………」「行く……な………」「おね…がい…だか…ら……」そう、掠れた声でやっとの言葉を言うとウンスの瞳を食い入るようにその瞳の中にまるで入り込むかのようにじっと見つめた。ウンスの瞳に自分の情けないまでのその表情がはっきりと映るまで………。イムジャ………。話が…ある…ので……す。いいから俺の言うことを聞い…て………。お願い…です…か…ら…。障子の部屋がある店へと再びやてきたチェ・ヨン。このシンイヨン物語。「チェ・ヨンの想い」の中では二度目です。あの時は…。戦いへ行く途中で戦いから戻ったらここへまた戻ってくることにしてチェ・ヨンは後ろ髪引かれる想いで次のステージへと旅立って行きました。そのお話はこちら。と、リンクを張りたいところですがそのブログを消してしまったのでまた今度。

崔家の湖4「存在感のない手」

駆ける。蒼白い月が照らすその先に矢のような視線を放ちながら迷うことなく一心不乱に駆けていく。いつもより緊張してヨン・クォンのように隆々と盛り上がるその胸に自分の女をすっぽりしまい込み誰にも決して見せまいとそんな強い意思を周囲に放ちながら駆け抜ける。幾千もの星瞬く空へまっすぐに幹を伸ばす檜の樹々。その間を貫くように細く、だがまっすぐにあの場所へと続く道。チュホンの跳ねるように駆けるその脚先から舞い上がる砂埃を檜の香りの粒たちがざっと包み込んでいく。二人の甘く清廉な匂い共々二人の行き先を消し去るかのように。その清い香りで包み込む。まだ二十四の若きテジャンは長い遠征の間自分の女をその女ひとのことだけを夢想しずっと我慢し続けてきた。迂達赤隊員たちがしばしの休息をとどんなに誘っても頑なに、どこにも出かけぬその男。そのような言葉を投げかけた瞬間、あの形のはっきりした眉を弓のように釣り上げ鬼剣に手をかけるのが常。用がなければいや、用があったとしてもチュンソクがどうしてもと必死に懇願するまでは狭く薄暗い自分の部屋に閉じこもっていた。迂達赤隊長の指示のほとんどはチュンソクの口から伝えられる。今の今、そのような時だけ薄暗い自分の部屋から出てすっとすべてを解決し再び戻るチェ・ヨン。果たして、このような男がこの地にいる意味があるのかと、よくチェ・ヨンを知らぬその地では、疑問を唱える声も多かった。だが、チェ・ヨンの部下、迂達赤隊員たちは、そこにチェ・ヨンがいることの重要性を身を持って感じていた。ありがたくも思っていた。後ろ盾のあることがいや、チェ・ヨンがそこにいることがどれほどの勇気になるのか、彼らにはそれがよくわかっていたから。だからこそ、チェ・ヨンの顔がたまには見たくできることならばこのうえない笑顔が、医仙にだけ時に見せる若き男そのもののはにかみ恥ずかしそうにするその微笑みが、見たく……。いろんなことを試してみるもすべてがことごとくだめだった。だからこそ、必死でその地を一刻も早く収めようと力の限りを振り絞る迂達赤隊員たち。だが、相手の抵抗もしぶとくことのほか時間がかかってしまった。焦れるチェ・ヨン。自分が出て行けばすぐに解決することは分かっていても必死に我慢し苦しい躰をその部屋に閉じ込めて隊員たちの成長を待ち続けた。早く、二人きりになるために。永遠の二人の時を勝ち得るために。あの天界へウンスとともに行きそこでこれからの自分たちの人生を生きていくために。一刻も早く迂達赤隊員たちを育てあげるのが今のチェ・ヨンの至上命題だった。今の我慢が永遠の愛の時に変わる。そのことだけがチェ・ヨンの生きる糧だった。そうとも知らず自分たちの元へ戻ってきてくれたと喜ぶ迂達赤隊員たち。今後もこのようなことの連続で医仙様とともにいれぬことも多いからと、隊員たちは、チェ・ヨンの食事や身の回りの世話をする女人を方々から探し見つけては連れてきた。だが、それもすべて頑なに拒否するその男。首を縦に振らぬ。決して。自分の部屋に入れることなど言語道断と誰一人としてその部屋に入れぬ。そこに入ることが許されているのはどうしようもなく必要に迫られたチュンソクとウンスの様子を日々伝えにくるテマンだけだった。だが、ある日。迂達赤隊員たちの世話をしていた小柄な、笑うと十代の頃のウンスに少し似た女人が誤ってチェ・ヨンの部屋に入り、珍しく主人のいない部屋を迂達赤隊員たちの部屋と想い片付け、その部屋を後にした。チュンソクと戻るチェ・ヨン。すぐさま部屋に漂う微かな匂いに反応し、思わずその躰は駆け出していた。「イムジャっ」急な薄暗い階段を駆けおりる。まるで王宮の迂達赤兵舎と同じような作りの階下に降り円形状に作られたその場に腰をおろしている隊員たちをざっと見る。入り口の光の先に見えたミョン・ノサムの丸い背中。笑っている。はるか下の方にいる者に珍しく、微笑みながら何かを話している。「まさかっ」そう思うや否やチェ・ヨンはつかつかとミョン・ノサムの元へ大股歩きで歩いて行きその肩をむんずと掴むと自分の方へと強引に引き寄せた。「お前、誰と話してるっ」鬼のような形相でつっかかりその視線の元を見る。だが、そこにいたのは思い描いた自分の女ではなくまるで見たことのない一人の若い女人だった。その先は………。分厚い皮の手綱を繰りながら頭を激しく左右に振るチェ・ヨン。「だめだっ」そのような言葉の形をしようとした自分の唇をはっと片手で押さえ自分の胸の内にいるウンスをひしと抱き寄せる。今にも爆発しそうなチェ・ヨンの想い。だが、一瞬、あの時のように冷たく、存在感のなくなったその手。いつものように温かく大きくウンスの全てを包み込むその手ではなく離せば記憶からするりと抜け落ちそうなそんな手を一瞬してしまったチェ・ヨン。見逃さないウンス。だが、チェ・ヨンはその気をすぐに消し去り、チュホンの手綱を繰りながら自分の胸にしまい込んだ自分の女の躰を逆に、強引に確かめた。「はあっ」チュホンへの掛け声とは明らかに違うチェ・ヨンのぷるんとした唇から大きく零こぼれ落ちる熱すぎる吐息がその男の中にしまい込まれた女の躰を伝い落ちていく。「俺の…イムジャ…」「俺の…本当の…女……」「イムジャ……」「ウン…ス………」頬を伝う。チェ・ヨンの乾いた頬を。蒼白い月が隠そうと必死の想いで夜の帳を再び深くしたのに間に合わず。一瞬、間に合わず。チェ・ヨンの頬を流れる一筋の雫をウンスの透明な指がすっと、なでてしまった。ミョン・ノサムが零した雫とまるで同じその雫。「ヨン………」ウンスの瞳からぽろぽろと零れ落ちる大粒の涙。「ヨンっ」ウンスの声がチュホンの駆ける音しかしない静寂を掻き破る。チェ・ヨンはただ……。蒼白い月が隠れた暗闇の中をチュホンに身を任せたまま駆ける抜けるしか……なかった。ウンス……。今に来るはずです。あの者たちが。きっと必ず来るでしょう。このように俺たちの匂い消し去ってもあの者たち俺たちを放っておいてはくれまい。なぜなら……。いや、俺は……。でも俺は………。お前と。イムジャと。ウンス…と…。二人でいたいのです。いいでしょう？あそこへ行けば俺たち……。きっと……。大丈夫…です…よ…ね……。

崔家の湖3 「頬を伝う一筋の雫」

典医寺のあの樹の影で密かに休ませていたチュホンに荒々しくウンスの躰を載せたチェ・ヨン。そんな風にしたくはなかったがウンスに触れれば触れるほどその躰は熱くなり、久しぶりにまたどうしようもなくなっていくそんな自分が恥ずかしく、どうしたらよいのかわからず思わず手荒くしてしまっていた。すっと離れるウンスの手。細く白い指が宙を舞う。求めてる。チェ・ヨンの手を。いつもと違う不確かな自分の男の手を。だからこそ、強く求める。チェ・ヨンはすぐそれに気づきひらりとチュホンに跨るとほんの一瞬、ウンスの小さく丸まっているその背中を自分の胸の中にすべてしまい込み抱擁した。頬でウンスの茶色い髪を弄まさぐり熱すぎる息をその髪の間に埋め込んでいく。「俺の手」「握って」そうささやきながら。そのチェ・ヨンの手はウンスの今にも溢れそうになっている所にある。みるみるうちに顔を真っ赤にするウンス。一瞬のはずの抱擁が背後からウンスを羽交い締めにするチェ・ヨン。だが、そのチェ・ヨンから逃れ必死に前を向いたままでいようとするウンス。その顔を自分の女の頬を自分の方へ向けようと余計むきになるチェ・ヨン。背けるウンス。恥ずかしすぎて。乱れた髪の隙間からこれでもかと弄ってくるチェ・ヨンの頬を必死に退けようと、背ける。だが、チェ・ヨンはそれを決して許さず鋭角な顎でウンスの頬を自分の方へとしゃくりあげると「唇を」そう一言、命令するように告げた。一瞬、固まるウンス。その隙に、乾いた自分の唇で勢い余るようにウンスのそれを覆いそして、割り挿し入れる。激しくぶつかる二人の唇。鳴り響く、あの、チェ・ヨンの音。まっかに腫れ上がるまでにチェ・ヨンの厚い下唇がウンスのそれを食みこれでもかというほどに吸い上げていく。静かにあの場所へ急ぎ向かうはずが典医寺のあの樹の影で今にもチュホンから落ちそうなまでに反り返り躍動する二人の躰。それまで二人の行く道を明るく照らそうとしていたあの蒼白い月が周りにいた厚い雲にすっと隠れる。ほのかな明かりがすべて消え辺りすべてを、漆黒の暗闇に変える。ぽたぽたと、落ちていく雫。チュホンのたてがみから足元へと。鳴り止まない音。その時ーー。「うんんんっ」先ほどチェ・ヨンが察したあのよく知っている呼吸を伴う一つの咳払いのような唸り声がその音を遮断した。はっとするチェ・ヨン。名残惜しそうにウンスの素直に閉じられた瞳を見つめすっと唇を離す。だが、まだ、一筋の糸が二人の唇をつないでる。「離れたくない」二人の強すぎるその想いがその糸を切らずにいる。「イムジャ……」「ウンス……」「しっかり」「入って」「俺の胸に」「ほら、ここへ」幾分、いつものチェ・ヨンに戻ったかのようなそのような甘く低い声でウンスに囁く。だが、それでもまだ躊躇しているウンス。そんな自分の女をチェ・ヨンは戦い直後でいつもより筋肉隆々としているその腕で自分の胸へ叩きつけるように強引に引き寄せると「参ります」そう言い、チュホンの鎧を蹴り勢いよく駆け出した。「はっ」「はっ」チュホンに頼むぞという気持ちを込めありえないほどの勢いで駆けていくチェ・ヨン。胸の中にいるウンスを気にかけながら。その躰になるべく衝撃を与えないよう必死に自分の躰の中へしまい込むように。止められぬチェ・ヨンの思い。あふれ出すウンスの愛。辛いチュホン。だが、しょうがないと諦めせめてもウンスの躰が楽であるようにそう気遣いながらもチェ・ヨンの思う通り以上の速度で駆けていく。後ろに流れる二人の香り。いや、チェ・ヨンとウンスが交わったあの甘く清廉な匂い。残されたヨン・クォンは顔を再び出した蒼白い月をふり仰ぎそして後ろにいるチャン・ビンの顔を覗き込んだ。「泣くな」そう一言、囁くようなだが怒りのわずかに混じった声でつぶやくとチャン・ビンの肩をぽんと二度叩きその男の部屋へと入っていった。迂達赤兵舎の門前で仁王立になっているミョン・ノサム。チュホンの駆け抜ける音に身を硬くする。その足音でそこにチェ・ヨンとその女ユ・ウンスがいることを瞬時に理解しそしてまたその男もわずかに星がまたたく夜空を見上げた。じっと見上げたままなかなか元に戻らぬミョン・ノサム。そのまま元に瞳戻したら落ちるものがあること知ってかそばにいた迂達赤隊員は「ちと所用に行って参ります」と静かに言いその男を一人にした。瞬間、頬を伝う一筋の雫。夜空にまたたく星たちの薄白い光で悲しいかな、その男の雫はきらりと美しいまでに輝いている。柱の影からその姿をじっと見つめる若い女の姿。だが、ミョン・ノサムはその姿をかき消すように遮断して一人濃紺の空を見上げ続けていた。イムジャどうしてその顔俺から背けるのですどうして俺の何が嫌なのです俺の何が違うと言うのです我慢できぬ俺の女……なのにどうして俺を俺から背けるのだその頬を

崔家の湖2　ー跳ねる躰ー

　王の目を盗み、王宮に残っていた迂達赤隊員たちの見張りをかい潜り、チェ・ヨンは足音を立てぬように、だが大股歩きで急ぎウンスの部屋にやってくると、寝ていたウンスの手を鷲掴みにした。　跳ねる躰。　チェ・ヨンのあの胸に、激しくぶつかる。　自分のそれへと強引に引き寄せたチェ・ヨンは、辺りをすっと見回すと、急ぎ薄暗い典医寺の廊下へと向かった。　寝ぼけ眼のふりをして突然のことに驚く様子をわざと見せるウンス。だが、その手は正直で、とっさに、必死に、チェ・ヨンの手を握り返していた。　今度こそ、離さぬように。　絶対に。　逃さぬように。「待ってた……」「あなたを…………」「ずっと…………」「待ってた……」　その強すぎる想いとともに、真っ赤な矢のようなものがウンスを貫く。胸打つ鼓動のあまりの強さで、引きちぎれそうになったその胸が、激しく波を打つ。「この音、聞かれたくない」「この男ひとに」　勝気なウンスが衣を強く手繰り寄せその音をかき消そうとしたその時、先を急ぐチェ・ヨンの顔に突如覆われ、ウンスの視界は暗闇へと、堕ちていった。　先を急いでいた足をはたと止め、ウンスをかき抱くチェ・ヨン。　あの場所へ着くまで我慢すると心に決めたはずが、ウンスの激しすぎる胸打つ心音、止まらぬ震え、自分を離すまいと必死になっている小さな手を感じ、その手が、愛おしく………。どうしても、愛おしく。　たまらずに薄暗い廊下で、自分の女を抱きしめた。「はぁっ」　大きな息を一つ吐ききるチェ・ヨン。　じりじりと壁へ寄る。知らぬうちに、ウンスの躰を押している。あそこへ。あの、二人の、壁へ。　あまりのその男の熱に、躰のすべてが焼け焦げそうになるウンス。耐えきれず、腰から砕け折れそうになったその時。「かたん」と微かな物音が、二人しかいない廊下に小さく響き、チェ・ヨンは瞬時に身を硬くした。　引きようのない熱が、わずかに下がる。鋭角に尖った氷ような冷たい視線を周りに向ける。　そこには確かに、誰もいない。二人だけ。だが、微かな吐息をチェ・ヨンは感じていた。「この呼吸……」　一旦は壁に一押し付けたウンスの躰をすっと離すと、チェ・ヨンは一瞬の優しい眼差しでウンスを覆い「俺のする通り」「従うのです」そう、言葉を自分の女の耳に流し込み、再びその手を強引につかむと、外に用意していたチュホンにウンスの躰を強引にのせた。　　　◇　このようなことは今に始まったことではなく、遠方への遠征からチェ・ヨンが戻る度に繰り返されていることだった。　王への報告よりも先にウンスの部屋へと急ぐチェ・ヨン。　暗闇に溶けこむように、ウンスの部屋へと向かう男。　チェ・ヨンを心待ちにしている王の心を十分、分かりながらも、ウンスの元へ先にいかずにはいられぬ青年、チェ・ヨン。　王の心など、この時ばかりはどうでもよかった。　いつも。　待ちきれぬ、あそこでの、あの時。あの瞬間。あの、愛。　二人だけの、いや、二人と一つの月だけが知るチェ・ヨンとウンスの愛。　それも、七夕の夜。　それは二人には一年の中でもっとも大切な夜で、遠征に出ている時であってもその一晩だけは、何が何でもウンスの元へと戻りたかったチェ・ヨン。　だが、今年は、それがどうしても叶わなかった。どうしても、どうやりくりしても、今目の前で繰り広げられている戦いが収束せず、遅れた。七夕の夜に。「すまぬ……」　その男の怒りが、空を貫き舞い上がり、暗雲を呼び雷を轟かせ、終わらせた。　ようやく王宮へ戻れるようになったその時、チェ・ヨンの王への忠誠心などどこかに消え、自分の女のことしか頭になくなっていた高麗の迂達赤隊長。「昼の報告までに戻れば、なんの問題もないだろう？」　その言葉を自分に言い聞かせ、迂達赤隊員たちには何も告げず、ただ、チュンソクとテマンだけに一言「先に戻る」そう言い、いつものように有無を言わせず、一人馬を駆り、夜通し走りに走り、ウンスの元へと戻った。ここから先は、いつもと同じ。　その先の道へは、どうしてもチュホンとともに行きたいチェ・ヨン。いつも、テマンに申しつけ、チュホンを典医寺へと先に返し食と休養を与えるのが、慣例となっていた。　だから、チュホンが音もなく戻るのを、ウンスは毎晩待ち焦がれた。　眠れぬ日々を過ごすウンス。　寝苦しく、なんども寝返りを打っては壁にあの男の姿を描き、涙する、そんな夜。　まんじりともせず今日も夜を明かそうとしていたその時、微かないななきがウンスの寝台に届いた。　身を硬くし、息をこらし、その時を待つ。　来る。　あの男の足音が。　近づいて来る。　この、自分の部屋へ。　静かに扉の開く音。　軋む床。　近づく熱。　ざっと布団をはぎ、掴むチェ・ヨンの手。　いつもの、チェ・ヨンの、大きく頼り甲斐のある手で……。その瞬間、「違う……」ウンスはつぶやいていた。　いつものチェ・ヨンの手と違うことに、ウンスは一瞬で気づいた。温かく、その大きさが分かりすぎるほど自分の手を包み込むはずのその大きく力強いその手が、なぜか小さく、存在感のない冷たい手になっている。　掴まれてるのに、記憶に、感覚に残らないその手。　ぎゅっと握ってくれてるのに、すり抜けてどこかにいってしまいそうな手。「どうしたの」「ヨン………」　そう言いたいその言葉を喉に流し込み、ウンスはチェ・ヨンのいつもと同じ厚い胸の熱い躰だけを信じ、その男の「俺に、従うのです」その言葉に身を任せた。きっと、間違え。そう、想いながら。俺の言うことに従うのですいいですね。あそこに着くまで俺の言う通りに……。What about us?俺たちどこへ・・・。©️yuki

崔家の湖１「濡れた躰」

「イムジャ・・・」「一つ・・・」「数えます」「そしたら一つ目の俺が・・・」「いや、二つ目の・・・」「いや・・・三つ目の・・」　高麗で迂達赤隊長を務めるチェ・ヨンは、その男の家が先祖代々所有してきた「崔家の湖」からようやく目をそらし、少し後ろに、ほんのわずかに後ろに首をやった。　迂達赤に稽古をつけている時からは想像できない表情。迂達赤隊員たちの誰も見たことのない瞳をしながら、後ろを振り返ったその時、先ほどまで確かにわずかに動かしていた真っ赤な唇を、閉じた。　　崔家の湖ーーー。　その湖は、チェ・ヨンとチェ・ヨンの愛馬チュホンしか、足を踏み入れることが許されていない場所であった。　チェ・ヨンの父と母が生存していた頃は、わずかな刻を見つけては父が二人を伴い訪れ、思う存分、幼いチェ・ヨンを遊ばせ甘えさせてやり、束の間の幸せな刻を親子水入らずで過ごすーーーーそんな場所だったが、それもチェ・ヨンが物心つくかつかないかまでの話で、その先はずっと、ほんのつい最近まで、チェ・ヨンの”逃げ場”となっていた。　そんな幼きチェ・ヨンの友は、崔家の月と、崔家の草むら、樹々、水面をそよがせる風。チェ・ヨンの躰をいつも受け止めてやる湖。チェ・ヨンを幼い頃から見守り続けて来た桜の老木。そして、足を踏み入れると、キュッキュッと鳴く、白い砂。すべて人ではなく、その湖を包み込む自然だけ、いや、それだけが、チェ・ヨンの真の友であった。　湖底の一部からこんこんと湧き出す湯。ありえないほどの滑らかさでわずかな匂いを持つその場所。透明な泡がひっきりなしに湖底から生まれては水面で消えるその場所に、決まってざばんっと飛び込む幼きチェ・ヨン。　ざわついた水面が、波の輪を向こうの岸へと繰り渡しながら、また再び静寂を造り、何事もなかったかのように覆っていく。潜ったきりで長いこと現れることのないチェ・ヨン。いつものように、月が心配そうにな顔をして、風を呼ぶ。すると、それを感じたかのように、まるで風と競争するかのように、チェ・ヨンは再び、ざばんっと透明な水面から頬を膨らませ勢いよく顔を突き出し、再び水面に肩を落として、ぶるぶるっと髪を振るう。　いつもは少しウェーブのかかった黒髪が、まっすぐに濡れ落ち、肩へと水を滴らせる。青みがかっていた幼きチェ・ヨンの唇が、蒼白い月の光を受け、すぐに真っ赤に変わっていく。　見上げるチェ・ヨン。　だが、湖を覆う樹々が遮るようにして、なかなか全てを見せてくれない。チェ・ヨンは少し泳いで探す。だが、このように広々とした湖なのに、その日はなぜか、全てを見せてはくれなかった。その月は。　「なんだ」　つまらなさそうに、呟く。「久しぶりに会ったというのに、見せてはくれぬのか」「俺のこと、嫌いになったのか？」「戻ってこないから、怒ったのか？　そうなのか？」　ちらちらと上を見上げながら、その白さに目を眩しそうに細め、矢継ぎ早に問いかける。幼子なのに、大人びたことを言う。その間も、濡れた躰で風を引かぬようにと、螺旋を描くようにチェ・ヨンの躰の周りをそよぎ温めようとしている風。だが、首を空へと伸ばすようにして顎を突き上げる幼き子に月は、意地悪そうな顔をして、その姿を流れる雲に隠し、見せることはなかった。　　振り返ったチェ・ヨンは、濡れたウンスの躰を見てて、そんな昔を一瞬のうちに思い出していた。　　走ってきたのか、濡れた躰に衣を張り付かせながら息を弾ませているウンス。　　遠くから来る足音に気づき、ついに我慢できず振り返ったチェ・ヨンだったが、ふと昔の自分を思い出すと同時に、それまで何やらぶつぶつと、一つ、二つ、三つ・・と数を数えているようにしていた真っ赤な唇を真一文字に固く閉じ、みるみるうちに太く立派な、だが一部古傷で擦れている眉を、あからさまに釣り上げた。「イムジャ」。　

幻ヨン　彷徨い彷徨い続け

イムジャ・・・お久しぶりですね。と言うか、お久しぶりすぎてなにを伝えればいいのかわからないほどです。すみませぬ・・・。少し俺の・・俺の・・・・・俺の・・・・・・・。言いのよ。ヨン。何も言わなくても。分かってるから。・・・・・・・・・・。イムジャは何を分かっているというのです。俺の何を何を・・・何を分かっているといつも言うのです。俺の・・俺の・・・俺の・・・・・。・・・・・・・。だって・・・。さっきここにすっと本当に本当に本当に本当にすっと久しぶりに・・・。ううん。久しぶりなんて言えるものじゃないほど久しぶりにもう、忘れなきゃなのかなって思うほど久しぶりに現れたばっかりなのに。私が部屋を久しぶりに暗くして久しぶりにイヤホンじゃなくてヘッドホンして久しぶりにカーテンを開けて久しぶりに・・ぼおっとしようかなと思ったら急に・・現れ・・・て・・・まだ曲をかけたばっかりなのにイントロだけなのにそれでその一つのオトでたったそれだけでこんな・・・・・・・・・。イムジャ・・・。すみませぬ・・・・。本当にすみませぬ・・本当に本当に・・本当に・・・。俺はそれをすくってあげたいができぬのです。俺の人差し指でそれをすっと拭ってあげたいができないのです。俺には結局何もできないのです。俺には・・・何も・・結局・・・・。何にもできやしない。俺になんか・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・。少し時間がなさすぎたのでしょうか。それとも避けていたのでしょうか。それとも・・・。俺はあの時を思い出していました。何かわかりますか？あの時です。ここにはまだあるのです。そのあの時が。あるといっても少しですがまったくないあそこよりはましで確かにあるのです。少しですが・・・。あの大事で大切で本当に大事でなくてはならなかったあの刻が消し去ってはいけなかったものがほんの少しですがここにはあるのです。確かに・・・・。だからそこを思い出していました。ここではないのですが・・・。ここでもありませぬが思い出していました・・。でも、イムジャが思い出しているのは違う場所ですよね？俺たちあの一つのオトだけで雫を零しましたが思ったものが違う。違うのです・・・・。俺の求めているものとイムジャの求めているものが・・・。イムジャ・・。どうしましょう。どうしますか？どうしたいですか？イムジャ・・・・イムジャ・・・・・・・・・。イムジャ。

アメンバー限定記事「しまい込む想い」本・プラン＃１

幻ヨン　「イムジャ、聞いてくれますか？」

インジャ、お願いがあります。何？　ヨン。どうしたの？今日はやたら・・というかいきなり、単刀直入ね。一体どうしたの？いつもはその言葉を言うまでに散々回り回って結局言えずに去るのがお決まりのパターンなのに。はあっインジャ。もう、よい。さらば。出た。出た出た。その言葉。すぐ都合が悪くなると「もう、よい」「さらば」って・・・。さらばって言えばすべて片がつくと思ってるところない？ねえ、あるでしょ？ねえヨン。あるでしょ！お〜いヨンっ聞いてるの〜ヨン〜チェ・ヨン〜〜〜あ〜あまた行っちゃった。今日はようやく単刀直入に何かを言うかと思えばいつもよりあっさりいつもよりもっと早くたったの二行で行っちゃった・・・。何が、言いたかったのかな。ヨンは・・チェ・ヨンは・・・何が・・言いたかった・・の・・か・・・な・・・ヨ・・ン・・・なぜ・・・行っちゃうの？ねえ、なぜ？どうして？いつもどうして何も言わずに重要なことを言わずにいつも置き去りにして去っていってしまうの？一度くらい言ってくれてもいいじゃない。はっきりと言いたいことしたいこと言ってもしても・・いいじゃな・・い・・・・。インジャ・・・俺は・・・した・・かったの・・です・・一度、してみかったのです。天界の男がしているようなことをインジャにしてみたかったのです。だから勢いをつけて言ってみたのに・・ダメ・・でしたムリ・・でした今日もまた・・終わってしまった・・・。俺は、幾晩こうして過ごせばよいのでしょう。俺は、何度想えばよいのでしょう。俺は、いつまでうつむいていればよいのでしょう・・・・。俺は・・・・俺は・・・・・・・インジャ・・・待っております。インジャがしてくれることを待っております。インジャ・・・元気ですか？泣いていませんか？唇を噛み締めてませんか？無理やりに笑ってませんか？ため息をついていませんか？その大きな瞳を見開くことだけはしないで・・・・お願いだ。その瞳は俺だけを映しておればよいのだ。俺だけを・・・・。せめても今宵インジャが微笑んで眠れるようにいつものように眉間にしわを寄せて寝ないように体に力を入れずに眠れるようにあの月を蒼白い月を遣りますからその月明かりを月光を浴びてぐっすりとお眠りください。俺の夢はまた今度・・・今度こそはお願いしますゆえですから今宵は涙など見せずに枕に顔を埋めずにお休みください・・・・いつまでも俺がここから想っておりますゆえインジャのその顔を俺の瞳に写したままにしているその顔そのままに想っておりますゆえ・・・・・・・。インジャ・・俺の女・・・・・・・・。