自分の前にある行かねばならぬ道を
ただ真っ直ぐに進む、一人の男。
薄曇りに隠れた蒼白い月。
それでも僅かな光を精一杯注ぎ
その道を照らしている。
それまで、ヨン・クォンの中に隠れ
小刻みの震えを抑えられず
我慢しきれずに膝を折り曲げ
崩れ落ちそうになっていた
チェ・ヨン。
だが、今は、
そのチェ・ヨンを必死に護ろうとしていた
二人の男の動きを完全に封じ込め
まるで別人のような姿で、
進むと決めた道を
迷うことなく歩いている。
あの時、天界から戻ったチェ・ヨンの命により
高麗では初めて石畳にされていたその道。
あの店へと続くその真っ直ぐな道を、
男は、迷わず歩く。
右手に持つ鬼剣の端、鐺が
今のチェ・ヨンを誇示するかのように
力強く反り返り、天を仰ぐ。
剣鞘に結ばれたチェ・ヨンの下げ緒の先が、揺れる。
漆黒の瞳を隠している真っ直ぐな黒髪が、揺れる。
ふわりと。
真夏の夜には珍しく、その道を何度も
ざぁぁぁぁっと通り抜ける風。
その度に、隠されているチェ・ヨンの瞳が
明らかになる。
あの真っ白な曇り一つなき瞳の周りが、
真っ赤なことを。
そこからあの白い瞳に、赤い稲妻を
落としそうになっていることを。
ふと見れば、固く握りしめた左手が
細かく震えている。
その手を巡る太い青筋は、
はちきれんばかりに盛り上がり、
今にも破裂してしまいそうになっている。
充填される、チェ・ヨンの気。
みるみるうちに、その握りこぶしに満たされていく。
左手だからまだ満ちるだけであったが
もしそれが、鬼剣を持つ右手であったら
すでにその剣を通し、
天から地を稲妻が貫いていただろう。
ふつふつと沸き起こるチェ・ヨンの怒り。
あふれて止まぬ、
どこにももっていきようのない怒り。
待ちに待った希望と歓びから、急転直下。
深すぎる谷底へと一気に突き落とされた
哀しみと絶望が、行き先のない怒りへと
とめどなく変わっていく。
分かっているのに、止められない。
その男の行き場のない気を。
その男のどうしようもない怒りを。
想いを。
果てない愛を。
我に帰り、先を争うように
チェ・ヨンへと駆ける
ヨン・クォンとチャン・ビン。
チェ・ヨンの声は聞こえていた。
「そこを動くな。一歩たりとも」
「動いたら……」
「知らぬ」
「知らぬ」という言葉に隠された
「討つ」という意味。
いや、それ以上の意味。
「俺のことばかり…考えるな」
「向かってこい」
「俺に」
「一度で良いから、俺に」
「向かって……」
「こ……い……」
そしてまた、チェ・ヨンの本気も、
二人には十分、分かっていた。
だからこそ、想う。
あふれそうになる雫を瞳のなかへ押し戻しながら。
「流してはならぬ」
「決して」
と。
そう、固く誓い、そして
「ようやくきたこの時」
「これで、楽に……なれる……」
そう胸に刻み込んだ、二人の男の言葉。
誰の目にも止まらぬほどの一瞬の刻。
ヨン・クォンとチャン・ビンは同時に
互いへ視線を遣った。
互いの顔は見ず、僅かに頷く二人。
チェ・ヨンの歩幅が広がる。
決して走らない。
だが、あの店のその扉に先に手をかけ、
その中に消えるのだと
そのような主張をして急ぐ、細く長い脚。
びりびりと稲妻を伴ったチェ・ヨンの手が
空を切った。
あの酒屋の扉へと手をかけるために。
長い時間をかけ、
スリバン街の女主人たちと緻密に立てていた
チェ・ヨンの初でえと計画。
だがそれは、正面突破チェ・ヨンの
急な決断で執り行われた仮祝言のあと、
ようやく初めて、実現した。
それも、これから向かう戦いの
後方支援部隊となっている
チェ・ヨンの別宅への道すがらでしかない
僅かな刻に。
王宮からチェ・ヨンの別宅までは
一日などでは着かぬ距離。
策士チェ・ヨンは、急遽ウンスを、
後方支援部隊まで伴う策を思いつき、
二人で王宮を離れる許しを
王からもらった。
チェ・ヨンはその時から
ここ、第一スリバン街で一夜を
過ごすつもりでいた。
女主人たちが首を長くして待っている。
多分、クッパの店では、マンボ兄弟も待っているだろう。
「会わせたい」
「自慢したい」
その想い一つだった。その時のチェ・ヨンには。
それと同時に一度で良いから二人きりの場所で、
二人の愛も育んでみたかった。
すれ違いばかりで、王宮では満足に会話すらもできなかったチェ・ヨンとウンス。
だが、その男の瞳はどうしようもないほどウンスを追い、
たったそれだけのことで
これ以上の幸せがあるのかと
生まれて初めての男の歓びを感じていた。
いや、男というよりは青年、少年のような歓びを。
だが、その男にとっては、この上ない歓びを。
だからこそ、王から命じられた戦いの前に
どうしても仮祝言を挙げたかったチェ・ヨン。
挙げねばならなかった。
ウンスを中途半端な状況で
一人王宮に残すなど、到底考えられず
だからこそ、先に既成事実を作って
しまいたかったのだ。
そんな男の絶対に作らねばならぬという信念を
誰も止めることなどできなかった。
そんな男が、二人の愛を少しでも育もうと
立ち寄ったこのスリバン街。
なのに、ここでもまた、大いなるすれ違いを
何度も繰り返したチェ・ヨンとウンス。
だが、その度にそれぞれの想いを
互いにぶつけ、少しずつではあるが解放し、
想いを言葉で伝えることで
徐々に分かり合ってきた。
中でも、最後に訪れたこの酒屋。
もはや修復不可能かとさえ想ったこの酒屋。
時にウンスを護り、時に二人の愛を
育むために特別に作られたあの秘密部屋。
それは、一旦は二人の愛を断絶したが、
その後に訪れたのは、障子に映る
二人の愛し合う姿だった。
震える手でウンスの衣を剥いでいく
チェ・ヨン。
恐る恐る震えながら、瞳から唇へ、
唇から首筋へ、そして胸へと這わせていく。
その男の真っ赤になった厚く潤んだ唇で。
障子に写り込んでいた二人の姿。
ウンスの髪が乱れ飛び、
しなやかな胸が仰け反ったまさにその時、
揺れていた暖かな炎がふっと消え、
二人の声だけがこだました。
だが、その歓びの声は、
分厚い扉に護られ、外には伝え漏れない。
ただ、二人の躰と扉の間を飛び交い
どんどん増幅していくだけ。
鞭のように二人の躰を打つ、
二人だけの愛の音。
これからようやく育まれていく
二人の愛の始まり。
その音がその部屋を、
その秘密部屋の中を飛び交い、
二人の躰に降り注ぎ
そして、チェ・ヨンとウンスの初めての
二人きりの時が躰に、心に、
刻まれていった。
そんな場所。
その酒屋の扉に、チェ・ヨンがまさに
手をかけ引き開けようとした時、
その襟首をつかみ飛びかかろうとする者がいた。
「開けるなっ」
「行くなっ」
「その前に」
「勝負しろっ」
待っていてください
今行きますから
イムジャを
ウンスを……
お前を
迎えに
俺が行くから
俺が
行きますから
懐かしの第一スリバン街map
この話・・昔昔(2016年くらい)の
私の物語を読んでないとさっぱりわからない話でして・・。
どうしよう。
過去物語を・・・。汗
これはその時書いていた物語を
当時、map化したもの。デス・・・。
過去歴物語
どうしようか
大いに迷い中・・・。