今日はパソコンの専門店へ
駅まではいつものようにてくてく
箱根山もくっきり
雲が真一文字
薄っすら雲
お店に着いて
店員さんに中継器が欲しいと伝え売り場に案内してもらったら
あまりにもいろんな種類があってビックリ
金額もピンキリ
店員さんに今まで使っていたのを持って行ったので見てもらったら
「これが良いでしょう」と教えてもらって
金額も安価
その後、思うことがあってUSB売り場に
色々迷ったけど一応
個数はそれぞれ違うのでカードを一枚ずつ個数を言いながら渡したら
「ありがとうございます
こんな風にしてもらえると有難いです」
「この方が間違いないと思って…」と私
「大半の人は
カードを全部置いて個数を言われるので間違いがあったり手間取ったり大変なんです
だからこうしてもらえると有難いんです」
そうなんだ
「袋持ってます」
「はい」
「こういう人は袋もちゃんと持ってますよね」
「こんなに褒められて今日は何か良いことあるかも」と店員さんに
このお店のある地域は私にとって懐かしい思い出があるところ
帰りは駅へ行かず、家まで歩いて帰ることに
歩いていて気が付いた
この道は東日本大震災の次の日から息子んちへ通ったこと
息子んちは共働き
東日本大震災後、仕事も帰りが何時になるか分からない
電車も1時間に1本あるかどうかだったし計画停電も
2011年2月
私は仕事を辞めた
左手のばね指を手術するため
手術後1ヶ月近くは仕事ができない
職場の人たち、患者さん達にも迷惑をかける
そんな理由
後になって思うのは仕事を辞めて良かったという事
どれぐらいの期間だった
息子に「ありがとうもういいよ」と言われるまで
毎日のように息子んちへお料理を作って往復の道を歩いて
夫に車でと言われたけど計画停電で息子んちが住んでる地域と私たちが住んでる地域
時間が違う
信号も消えてる
そんな中息子んちまでの運転は怖くて
何度か、交差点で事故とを見たし
この道を歩いたよね~
歩道も狭い
そうそう
大きなミモザの木がある家
もうミモザは終盤だったけど見ることができた
河津桜も同じころに咲いて綺麗だったけど河津桜も少し残ってた
道沿いに旧東海道の看板
歩道も車道も狭い
息子んちへ行くとき、夫の運転でどれぐらい通ったことか
お姉ちゃん孫が生まれてからも週に2回届けてた
道沿いに咲く水仙
大きな通りに出て
リュックと大きなバッグにおかずを入れたタッパーを入れて
往復2時間半
ラッパ水仙も咲き始め
華やかな色のマーガレット
ボケの花
ローズマリー
ローズマリーに負けじと背伸びしてる水仙
2年前
この沈丁花を撮っていたら「沈丁花あげるよ」と切ってくれたオジサン
今日見たら手入れされてないのかちょっ寂しい
今日
この道を歩いたのは偶然
中継器が壊れなかったら歩くことなかった
13年前の3月11日
いろんなことが思い出される
午前中
息子んちに行き、本棚が届くのを待って片づけ
何だかせかされている感じで午前中の電車に乗り家に
夫に「片づけをしてたら早く帰れと言われているような気がしてね…」なんて話していたら
地震
震源地からは離れているのにけっこう長い時間揺れた
TVから流れてきた大惨事
夫と言葉もなくTVを観ていたことを思い出す
今日歩いて来た道
13年前の今日を思い出し
13年経った今を思い
13年前は夫がいた
13年後の今、夫はもういないけど孫ちゃん2人がいる…