夢を見た。亡くなった友人の、葬儀の夢である。
 
私は20代前半の頃に大事な友人を亡くしている。私は彼女のことを親友だと思っていたが、彼女の方はどうだったろうか。
彼女が望んだかは分からないが、友人代表としての弔辞は私が読んだ。
 
 
 
葬儀中の出来事を、いくつか強く記憶している。その中の一つは、彼女のお母様が、喪主挨拶の途中に膝から崩れ落ちたことだった。
 
亡くなった友人は三姉妹だった。深い悲しみで立つこともできないお母様の両脇を、残された二人の姉妹が支えていた。
こんな状態でも人前に立たねばならないというのが残酷で仕方なく、見ていられなかった。
 
 

 

 
葬儀の当時、たしか私は23歳だった。
私も私で、プライベートでさまざまなトラブルに見舞われていた時期だったため、感情移入するとすれば残されたお母様ではなく、亡くなった本人である友人の方だった。
 
彼女は死んでしまったから、もう苦しくないのかな。
 
良いなあ、という気持ちが無かったとは言わない。わたしたちを残してなぜ死んだかと思いながらも私には、羨ましいという気持ちがわずかにあったような気がする。

 

 

 

 

 
友人の死については、当時私は「娘」の立場で、自分が死んだら親はこんなに悲しむのかという思いで葬儀の時間を過ごしていた。
 
しかしあれから15年が経った昨夜の、夢の中では違った。
 
38歳になった私は、我が子を突然に亡くしたお母様に感情移入した状態で、葬儀の様子を眺めていた。
 
 
娘を亡くした母親の泣き崩れる姿が自分と重なった。
もし私が息子を亡くしたらもう、生きてはいられないだろうと、夢の中であるのに息をするのも苦しいような気持ちがして飛び起きると、8歳の息子が隣でスヤスヤと眠っていた。
 
ホッとした私ももう一度眠ることにした。
 
 
 
誰がいつ死ぬかということは、本当は誰にも分からないことだが、日々を平和に過ごしていると歳を取った順から死ぬものだと当たり前に思っている。
 
しかしそんなことはない、私が妊娠した一人目の子はまだ本人が腹の中にいる時に亡くなってしまったし、私の祖母は、自分が死ぬ前に老いた息子を見送った。
 
 
 
誰も彼も、明日生きているかは分からないけど、私の大事な息子が今生きているのはとりあえず間違いないので良かった、と思いながら布団の中で目を閉じた。
 
彼が明日、ねえねえお母さん、と声をかけてきたらちょっと待ってね、あとでね、ではなく、どうしたのかと今聞かねばならない。
 
ちょっとあとでね、の「あとで」が必ずやってくると、私たちは何故思うんだろう。
 

 

 

 

亡き父の借財を抱えた大学生、井領哲之。大阪にあるホテルでのアルバイトに勤しむ彼の部屋には…

 

 
 

 

★ランキング参加中★

にほんブログ村 その他生活ブログ 家計管理・貯蓄(30代)へ
にほんブログ村

※リブログ欄閉じていますが、リンクはフリーです。ご自由にどうぞヽ(^。^)ノ