最近、きちんと自分と向き合って幸せに生きるためにその軌道にのせてあげたいなと覚悟した。
そうすると、過去から癒さないと根本が変わらないと思い、十代のときに無自覚で押しやっていた自分の意思や気持ちを掘り返す必要があった。
私のトラウマはあのとき思い切り悲しんで悔しんだりして感情を広げてなかったことが苦しめてると気づけて、心で再現して表出したら少し癒された。あとは必要だったのは、私も知らぬ間に切り離してた夢を拾い上げることだった。希望や夢はトラウマと付随して抑圧されてました。
そういう過程の中で、自分の欲求ややりたいことに声を傾けることに集中してたら、だいぶ頭と心は乖離していることに気づいた。
心は自由に感情表現したいし、自己効力感も欲しいし、割と承認欲求もっていたことに驚いた。私もみんなと変わらず、誰かに認められたい、肯定されたい、私のそのものを必要として欲しい、感じてなかった諸々の気持ちが溢れてもやもやする。職場の人にそれを求めてしまいそうになるから、気軽に寄りかかれる友達が必要だとも確信しました。子供のまま動き回っているもう1人の私がいることに気づいた。日常では自由な心を頭で制御するのに慣れすぎて、気づかなかった。
普段の日常ではほとんど消化されない感情があったので、これがストレスの原因かもしれないと思った。
仕事していてもペルソナみたいで、仮面をかぶった私だなあーと思ってたのがくっきり認識するようになってしまい、精神的にしんどさが増してしまった。好きなことでそうなる分にはいいんだけど、もう体はとうの昔に拒否反応起こしてたし、今度は精神的に根底的なところから揺れ始めてる。昨日、初めて仕事中に虚無感と鬱の影に襲われ泣きそうになった。本気でやめないと自分が潰れると思った。本格的にこの仕事を辞めないと同じサイクルでぐるぐるしそうだと思った。
学生の時から、この職種は向いてないなぁと思ってたし、やっぱり合わないから仕事辞めたいとぼんやりと思ってたのが、心理状態が具現化したみたいだ。やっぱり心の感覚は間違えることないなぁ。「正しいことより楽しいことを選ぶ」という私の敬愛してやまないYUKIさんのお言葉が身に染みるのだ。
大きな決断するときに頭で判断するとろくなことないわと身をもって経験している最中だ。人生で結構大きな勉強になりました。
11月から妙に精神的なエネルギー消耗がすごくて眠たい。
もっとしあわせで自分本意でいいのだ。そう決めないと、私は自由に遊べない心なのだ。遊ぶことは少し不得意なのです。