先週セロトニンを摂取してから霧が晴れたみたいになった。したいことはあるのに、なぜか動けなかったのがなくなった。ただ薬が効きすぎてハイな状態のようで若干疲れた。副作用かなんかで倦怠感があって、背中も痛かったし、一度しか薬は服用しなかったけど、割とロウにならずに過ごせてる。なんか元に戻った感覚で嬉しい。

薬を服用して思ったのは感覚が鈍るから、些細な感動や気分の浮き沈みが感じにくいなぁと思った。それはなんか能力失ったみたいだから、私は極力そういうのはいいかな。泣きたい時に泣けないのも辛いから。本当に床から這い上がれないくらいに沈み込んで鬱々として困ったらお薬に頼ってもいいかな。

感情が剥き出しすぎだったのがちょっとずつ制御でき始めてる。抑制かけすぎは良くないけど、人を不快にさせるような反応が出るのが嫌だから良かったー。


ここまで休んで思ったのは、社会との関わりがなくなって、経済的にもやや苦しくて、今までの生活が多方面で恵まれていたこともっと感じられたのは素晴らしい機会を与えてもらったと思えている。まあまあピンチの生活なのに好きなこと諦めないでいる自分がいるのが笑える。そういうとこ好きだな。


精神壊れたのは、私の人生これじゃないっていうのがもう限界だったんだろうな。どこかで自分の人生諦めてたから、そんな寂しい生き方したくないって、自分の幸せを覚悟したのがこういう結果を生み出したと思ってて、やっぱり私は間違ってなかった。これまでたくさん自分を苦しめてたから、もう十分負の感情はやりきったので、これから私の人生は嬉しいこと、楽しいこと、ワクワクすることしかないのだ。


こういう出来事に対して全く悪いことだとはおもってないし、自己否定もしてないのに鬱っぽくなるのは不思議。ただ自分の精神をうまくバランス取れなくなってたのが悔しかった。まだ自分に厳しいみたい。

自分を他人に思えたらものすごく優しくできるのにな。


色々考えるけど、相変わらずまとまりのない文章ですな。

虚しいと感じると底まで落ちてしまう。いつも。急に。

まだ自分の心の中、混沌としている。

無に近いかもしれない。


10代の頃傷つかないように、落ちないように感情に蓋をして生きていた。気づかなかったけど。

今感情が揺れるとすぐ涙が出る。正の感情も負の感情も。だから、極力小さくなるように制御してるのかな。

現実が遠かったけど、まだフィルターかかってる気分。


穏やかでいたい。いつも。たまに転げても起き上がれる力が欲しい。ダメな時は誰かの手を借りながら。

地球に生きてると本当に孤独に感じることがある。

誰かといたとて個体である以上物理的に繋がりを感じることは難しい。

1人で過ごしても、自分のために何かをするということが面倒だ。前みたいに自分のご機嫌取りすることが激減した。人のためなら割と動けるのになんで自分のためにできないんだろう。誰かの手助けするのが仕事だったし、私は人の役に立つことを望んでしてたのに、キャパオーバーしてて忘れてた。何もなくなったら誰かに必要とされたくなるものだ。かつてのニート時代に思った。


理想の自分ってなんだっけ。今は決めなくても決めてもいいけど。強くしなかやで、寛容的でおおらかで朗らかに笑いながら生きていたかったんじゃない?

どんな自分でも愛してるけど、今はどうなんだろう。

どうしたいのだろう。

理由もなくずーんと落ち込むことがある。

慣れてるけど、何もできなくて焦る。

前は生活の安定があったから、感情に身を任せられたけど、休職中の今焦る。

社会と繋がれてないだけで不安になるなぁ。

自分と寄り添うのは難しいな。


でも誰かを頼ろうとしている自分がいるからちょっと安心。

心の拠り所は今自分しかないけど、本当の孤独になったら心が荒みすぎると思った。